第4章 *6*

 シェルスがセオ救出の作戦を立てて、リルカの家へ戻ってきた半刻後はんときご

 サミルはウェール城へ繋がっている秘密の地下道を、セオたちの剣の師匠であり近衛このえであるガイアという壮年の男に案内され、シェルスと共に歩いていた。

 ガイアはいかにも剣士然とした強面こわもての男だったが、彼が帽子を取った瞬間、その頭に自分と同じような獣耳がついていることに、サミルは驚き、同時に親近感を覚えた。

 一方、ガイアもまた、サミルの姿を見た瞬間、唖然あぜんとした。

「お前さん、両親の名はなんと申す?」

「ガレスとシエル……ですけど?」

 突然の問いに戸惑いながら答えたサミルは、次の瞬間ガイアに強く抱きしめられた。

「えっ、あ、あの、ガイアさん?」

「あのバカ息子め……! こんなに可愛かわいい娘の存在をワシにまで隠しておくとは!」

「へっ……?」

 これには、傍で聞いていたシェルスも目をみはった。

 抱きしめられたまま困惑しているサミルに代わり、その言葉の意味を尋ねる。

「あの……ガイア師匠、それはどういうことです?」

「どうもこうもないわ! ガレス=シルヴァニアはワシが昔、勘当かんどしたバカ息子じゃ! つまり、このは、ワシの孫っちゅーことだろうが!」

 サミルのことを調べた時、両親のことまでしか辿れなかったシェルスは、目をまたたかせた。サミルも驚いて、思わず叫びそうになり、ガイアにその口をふさがれた。

「……っ!?」

 こんな地下道で叫んだら、声が反響して誰かに発見されかねない。

「あなたが私の……おじいちゃん?」

「おお、『おじいちゃん』……なんと心地良い響きじゃ! バカ息子じゃったが、ちょっとは認めてやらんでもないなぁ。ああ、それにしても、シエルさんに面立おもだちがよく似ておる」

 サミルが恐そうだと思ったガイアの印象は、ここにいたって一気に吹き飛んだ。

 目尻にしわを寄せ、にこにこと優しそうな笑みを浮かべている目の前の男性が、さっきまでの怖そうな男と同一人物だとは到底思えなかった。

 サミルは母親に似ていると言われ、くすぐったい気分になって微笑んだ。

「ふぅむ、笑った感じはラエルさんにも似ておるかの?」

「え? ラエルさんって、もしかして、セオのお母さん?」

「そうじゃ、お前の伯母おばさんじゃろう。なんだ、知らなかったのか?」

 つまりそれは、セオが従兄いとこであるということで――サミルは何がなんだかわからなくなる。

 が、そんな祖父と孫娘の感動の再会に、いつまでもひたっていられる時間の余裕はなかった。

「ガイア師匠、今はそれどころじゃないです。急ぎませんと」

「お前なんぞに言われんでも、わかっとるわ!」

 結局、シェルスとガイアはぶつぶつと言い合いながら、地下道を突き進み、やがて城の地下牢ちかろうへ繋がる道と、ヴァンゼスの部屋へと繋がる道の分岐点ぶんきてんへと辿り着いた。

「ワシはセオのバカを拾ってから、そちらに向かうぞ。シェルスよ、もし孫娘に傷一つでもついてみろ、どうなるかわかっとるな?」

「……はい、師匠」

 その時、サミルは祖父から発せられた殺気のようなものを感じ、青ざめたシェルスに少しだけ同情した。

「あの、ガイアさん、セオをよろしくお願いします」

「任せときな! じゃが、次は『ガイアさん』じゃなくて、『おじいちゃん』と呼んでおくれよ!」

 白い歯を輝かせながらそう言ったガイアは、あっという間に暗闇の奥へと消えていった。

「あれが私のおじいちゃん……」

「師匠……」

 サミルとシェルスはその言動に色々と思うところがあったのだが、気を取り直すとヴァンゼスの部屋へと向かった。

 事前に想いの種を使い、深夜に部屋を訪れることをヴァンゼスには伝えてある。その時間には必ず人払いをしておくという返事も既にもらってあった。

 シェルスが使ったその連絡方法は、この一か月余りで幾度いくども繰り返されていたからこそなせる技だった。

 サミルに言わせれば、そんな犯罪めいた種の使い方は邪道だったが、なりふり構ってなどいられなかった。

 豪勢なその部屋に――いつも報告を行っていたヴァンゼスの執務室の隣にある寝室――に滑り込むように入ったシェルスは、もう、いつものように深くこうべを垂れ、ひざまずいたりはしなかった。

「ヴァンゼス様、サミルさんをお連れ致しました」

 毒入りの茶を飲んで倒れてから、ずっと横になっていたというヴァンゼスは、まだ少し顔色が良くないように見える。

 しかし、サミルの姿を視界の端にとらえた瞬間、驚いたように紅い瞳を見開き、起き上がろうとした。

「……大丈夫ですか?」

「ああ、キミがサミル=シルヴァニアだね。正直言うと、シェルスは偽者にせものでも用意してくるんじゃないかと思ってたんだけど……」

「ヴァンゼス様! 彼女は……」

「本物なのは、見た瞬間すぐに分かったよ。ラエル様によく似ているから……」

 つい先ほども似たような台詞せりふを聞いた気がする、とサミルは思いながら、しかし小首を傾げた。

「私、母さんだけじゃなくて、ラエル伯母おばさんにも似てるの?」

「おや、シェルス、彼女には話してなかったのかい? リゼオスの母君であるラエル様と、キミの母君は顔のそっくりな双子の姉妹だよ。姉妹でこの城に仕えていたなんて、よほど仲が良かったんだろうけど……」

 元々、身体の弱かった姉のラエルは王の妾妃しょうひとなってセオを生み、まもなく亡くなってしまった。

 妹のシエルは城仕えの彩逢使さいおうしと恋に落ちて駆け落ちし、やがて遠く離れた地で、悲惨ひさんな死を迎えた。

 悲運なところまで似てしまうとは――。

「それはともかく、『託宣の種』は持ってきたんだよね?」

「はい。ただし、これを芽吹かせるにあたって、条件を出してもいいですか?」

 しっかりとヴァンゼスの目を見つめて話すサミルには、わずかなおびえも揺らぎもない。

 いさぎよく覚悟を決めてきたというその姿に、ヴァンゼスはどこか嬉しそうに目を細めた。

「……どうしようかなぁ」

「えっ?」

 当然頷いてくれるものだと思っていたサミルは、その返答に動揺した。サミルの隣で彼女を守るように立っていたシェルスも、かすかに眉をひそめる。

「だってさ、これじゃあ、あまりにもつまらないだろ?」

「つまらない?」

「キミの条件はそうだな……リゼオスを助けてほしい? それとも、彩逢使の能力を持っている自分のことを見逃してほしい、かな?」

 まさにその両方を当てられたサミルが苦笑すると、ヴァンゼスは肩をすくめた。

「実を言えば、俺に毒入りの茶を贈ってきたのがリゼオスでないことは知ってるんだ。俺を嫌っているあいつが贈り物なんてするわけがないからな。あれは、俺がちょっと油断していただけで、ちょっと考えれば誰が犯人かはすぐにわかる」

 でもまさか、実の母親に毒を盛られるとは思わなかったよ、ヴァンゼスは自嘲気味じちょうぎみに笑う。

「つまり、リゼオスのことは、俺が母上をうまくなだめられれば済む話だから、どうにかしようと思えばできるんだ」

「じゃあ、なんですぐに彼を助けないんです?」

「うーん、嫉妬しっとかな。助けたらまたすぐに、リゼオスは城から出ていってしまうだろう? シェルスからの報告で、リゼオスがキミや外の人間たちと楽しそうにやってるって聞いた時、嬉しい反面、悔しかった。わざとあいつに嫌われような態度をとって突き放してきたのは俺の方なのに、いざ本当に離れていかれると……なんと言うか、複雑な兄心ってやつだ」

「セオは貴方あなたのこと、慕っていますよ」

「そんなわけないだろ? 俺は、小さい頃からあいつにひどいことばかりしてきたんだ」

 廊下で偶然会っても無視したり、わざと転ばせたり、自分がやったいたずらをリゼオスのせいにして、母上に告げ口したり、真っ暗な時計塔に閉じ込めたこともあった、とヴァンゼスは苦笑交じりに語った。

「それでも、セオは貴方が連れて行ってくれた丘のことや、貴方がくれた酸っぱい果実のこと、全部覚えていて、思い出として大切に持ち続けてます。そっか……貴方もセオも不器用なんですね。お互い、本当は仲良くしたいと思っているのに、それを伝えられずにいる……」

 サミルはそこでわずかに躊躇ためらってから、覚悟を決めたようにすぅっと息を大きく吸った。

「はっきり言って、バカです、貴方もセオも。よく似たバカ兄弟です!」

 サミルの、嘘や偽りのない本心からの言葉に、そして、初めて言われた「バカ」という暴言に、ヴァンゼスは目をみはった。

 そこへ、タイミング良いのか悪いのか、ガイアに救出されたセオが飛び込んできた。

 しかし必死で叫んでいたサミルは、それには気付かず、なおも続けた。

「伝えたい想いがあるなら、すぐ伝えなきゃダメです。言葉で伝えるのが恥ずかしいなら、『種』に込めて送ればいいじゃないですか。伝えたくても……伝えたい相手がいつまでもいてくれるとは限らないんですよ?」

 サミルは悔しそうにそう言いながら、唇をんだ。

「つまり……お前にはあるんだな? 伝えたかったのに伝えられなかった想いが」

 サミルは背後からかけられたその声に、驚いて振り返った。

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