第4章 *6*
シェルスがセオ救出の作戦を立てて、リルカの家へ戻ってきた
サミルはウェール城へ繋がっている秘密の地下道を、セオたちの剣の師匠であり
ガイアはいかにも剣士然とした
一方、ガイアもまた、サミルの姿を見た瞬間、
「お前さん、両親の名はなんと申す?」
「ガレスとシエル……ですけど?」
突然の問いに戸惑いながら答えたサミルは、次の瞬間ガイアに強く抱きしめられた。
「えっ、あ、あの、ガイアさん?」
「あのバカ息子め……! こんなに
「へっ……?」
これには、傍で聞いていたシェルスも目を
抱きしめられたまま困惑しているサミルに代わり、その言葉の意味を尋ねる。
「あの……ガイア師匠、それはどういうことです?」
「どうもこうもないわ! ガレス=シルヴァニアはワシが昔、
サミルのことを調べた時、両親のことまでしか辿れなかったシェルスは、目を
「……っ!?」
こんな地下道で叫んだら、声が反響して誰かに発見されかねない。
「あなたが私の……おじいちゃん?」
「おお、『おじいちゃん』……なんと心地良い響きじゃ! バカ息子じゃったが、ちょっとは認めてやらんでもないなぁ。ああ、それにしても、シエルさんに
サミルが恐そうだと思ったガイアの印象は、ここに
目尻に
サミルは母親に似ていると言われ、くすぐったい気分になって微笑んだ。
「ふぅむ、笑った感じはラエルさんにも似ておるかの?」
「え? ラエルさんって、もしかして、セオのお母さん?」
「そうじゃ、お前の
つまりそれは、セオが
が、そんな祖父と孫娘の感動の再会に、いつまでも
「ガイア師匠、今はそれどころじゃないです。急ぎませんと」
「お前なんぞに言われんでも、わかっとるわ!」
結局、シェルスとガイアはぶつぶつと言い合いながら、地下道を突き進み、やがて城の
「ワシはセオのバカを拾ってから、そちらに向かうぞ。シェルスよ、もし孫娘に傷一つでもついてみろ、どうなるかわかっとるな?」
「……はい、師匠」
その時、サミルは祖父から発せられた殺気のようなものを感じ、青ざめたシェルスに少しだけ同情した。
「あの、ガイアさん、セオをよろしくお願いします」
「任せときな! じゃが、次は『ガイアさん』じゃなくて、『おじいちゃん』と呼んでおくれよ!」
白い歯を輝かせながらそう言ったガイアは、あっという間に暗闇の奥へと消えていった。
「あれが私のおじいちゃん……」
「師匠……」
サミルとシェルスはその言動に色々と思うところがあったのだが、気を取り直すとヴァンゼスの部屋へと向かった。
事前に想いの種を使い、深夜に部屋を訪れることをヴァンゼスには伝えてある。その時間には必ず人払いをしておくという返事も既にもらってあった。
シェルスが使ったその連絡方法は、この一か月余りで
サミルに言わせれば、そんな犯罪めいた種の使い方は邪道だったが、なりふり構ってなどいられなかった。
豪勢なその部屋に――いつも報告を行っていたヴァンゼスの執務室の隣にある寝室――に滑り込むように入ったシェルスは、もう、いつものように深く
「ヴァンゼス様、サミルさんをお連れ致しました」
毒入りの茶を飲んで倒れてから、ずっと横になっていたというヴァンゼスは、まだ少し顔色が良くないように見える。
しかし、サミルの姿を視界の端に
「……大丈夫ですか?」
「ああ、キミがサミル=シルヴァニアだね。正直言うと、シェルスは
「ヴァンゼス様! 彼女は……」
「本物なのは、見た瞬間すぐに分かったよ。ラエル様によく似ているから……」
つい先ほども似たような
「私、母さんだけじゃなくて、ラエル
「おや、シェルス、彼女には話してなかったのかい? リゼオスの母君であるラエル様と、キミの母君は顔のそっくりな双子の姉妹だよ。姉妹でこの城に仕えていたなんて、よほど仲が良かったんだろうけど……」
元々、身体の弱かった姉のラエルは王の
妹のシエルは城仕えの
悲運なところまで似てしまうとは――。
「それはともかく、『託宣の種』は持ってきたんだよね?」
「はい。ただし、これを芽吹かせるにあたって、条件を出してもいいですか?」
しっかりとヴァンゼスの目を見つめて話すサミルには、わずかな
「……どうしようかなぁ」
「えっ?」
当然頷いてくれるものだと思っていたサミルは、その返答に動揺した。サミルの隣で彼女を守るように立っていたシェルスも、
「だってさ、これじゃあ、あまりにもつまらないだろ?」
「つまらない?」
「キミの条件はそうだな……リゼオスを助けてほしい? それとも、彩逢使の能力を持っている自分のことを見逃してほしい、かな?」
まさにその両方を当てられたサミルが苦笑すると、ヴァンゼスは肩をすくめた。
「実を言えば、俺に毒入りの茶を贈ってきたのがリゼオスでないことは知ってるんだ。俺を嫌っているあいつが贈り物なんてするわけがないからな。あれは、俺がちょっと油断していただけで、ちょっと考えれば誰が犯人かはすぐにわかる」
でもまさか、実の母親に毒を盛られるとは思わなかったよ、ヴァンゼスは
「つまり、リゼオスのことは、俺が母上をうまく
「じゃあ、なんですぐに彼を助けないんです?」
「うーん、
「セオは
「そんなわけないだろ? 俺は、小さい頃からあいつにひどいことばかりしてきたんだ」
廊下で偶然会っても無視したり、わざと転ばせたり、自分がやったいたずらをリゼオスのせいにして、母上に告げ口したり、真っ暗な時計塔に閉じ込めたこともあった、とヴァンゼスは苦笑交じりに語った。
「それでも、セオは貴方が連れて行ってくれた丘のことや、貴方がくれた酸っぱい果実のこと、全部覚えていて、思い出として大切に持ち続けてます。そっか……貴方もセオも不器用なんですね。お互い、本当は仲良くしたいと思っているのに、それを伝えられずにいる……」
サミルはそこでわずかに
「はっきり言って、バカです、貴方もセオも。よく似たバカ兄弟です!」
サミルの、嘘や偽りのない本心からの言葉に、そして、初めて言われた「バカ」という暴言に、ヴァンゼスは目を
そこへ、タイミング良いのか悪いのか、ガイアに救出されたセオが飛び込んできた。
しかし必死で叫んでいたサミルは、それには気付かず、なおも続けた。
「伝えたい想いがあるなら、すぐ伝えなきゃダメです。言葉で伝えるのが恥ずかしいなら、『種』に込めて送ればいいじゃないですか。伝えたくても……伝えたい相手がいつまでもいてくれるとは限らないんですよ?」
サミルは悔しそうにそう言いながら、唇を
「つまり……お前にはあるんだな? 伝えたかったのに伝えられなかった想いが」
サミルは背後からかけられたその声に、驚いて振り返った。
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