第4章 *5*
追われているシェルスをリルカの店の奥で
セオがリゼオスという名を
これを知った王妃リリシアはすぐさま、セオが王家に反逆を
その内容にしばし呆然としていたサミルだったが、店の方をフィラナに任せて奥へと様子を見に来たリルカは、なぜか納得げな表情を浮かべている。
「リルカさん、セオが王子だったって聞いても驚かないんですね?」
「まあね、あたしはなるほどなぁと思ってさ。彼が王子だっていうなら、城で開催された料理コンテストの内容を知っていて当然だもの……」
リルカの言葉に、シェルスはかすかに苦笑を返す。
「セオ様は、コンテストなどの公式行事への参加を許されておりませんでしたので、その噂だけを耳にされ、とても興味をもってらしたんです」
「公式行事に参加を許されていないってどういうこと? そもそもさ、この一か月近く、城下を歩き回ってたのに、誰もセオが王子だって気付かないのは変じゃない?」
サミルの指摘に、リルカも同意を示す。
「それは確かに! というか、ヴァンゼス様以外に王子がいたなんて初耳よ」
二人の疑問に、シェルスは暗い表情になり
「それは、セオ様の特殊な生い立ちが原因なのです」
「生い立ちって……もしかして、
数日前、サミルが獣人であることを知っている、とセオが言った時、彼は同時に、自分にも獣人の血が半分流れていると告白していた。
隠したくなる気持ちはわからないでもない、と。
シェルスは「ご
「そうです、セオ様の母君は、城仕えをしていた
しかし、その事実に怒った正妃リリシアは、妾妃と生まれた子の存在を認めなかった。
ラエルが出産後まもなく流行り病で亡くなると、残されたセオはまるで
王家主催の公式行事に参加することは当然許されず、実父であるダグラス王に会うこともなく、また城の外へ出ることも禁じられていた。時には、機嫌の悪いリリシアにひどい暴力を受けていたこともあったらしい。
そんな彼は、
「ずっと一人で……?」
シェルスは悲しげに目を伏せる。
「少なくとも、私が八歳の時初めて、母に連れられて城へ行き、彼に出会ったその時まで、彼は乳母である私の母と、ラエル様を知る
しかし、彼が五歳の誕生日を迎えた頃、その状況を案じたシェルスの母親が、年の近い自分の息子、シェルスに引き合わせた。せめて、同年代の友を得られれば、と考えたのだろう。けれど、既に彼は誰にも気を許さず、人に与えられた友人の存在を受け入れることを良しとしなかった。
「寂しそうな瞳をしながら、セオ様はいつも『平気だ』と強がっておられました……」
それでも、セオとシェルスは二人で一緒に、近衛のガイアに剣術や学問を教わるようになり、少しずつ成長していった。
「じゃあ、セオのお兄さん……ヴァンゼス王子はどんな方なの? 小さい頃、セオを創生の大詩樹が見える丘に連れ出してくれたことがあるって聞いたけど……」
「ヴァンゼス様は弟思いのとても優しい
サミルはその話を聞いて、セオが丘の上で見せた寂しげな表情の意味に気付いた。
(きっと、お兄さんとの外出が嬉しくて、でもその時が長く続かないことを知ってたんだね……)
短い時間ながらも、初めて見る創生の大詩樹や城の外の景色に目を輝かせ、初めて兄に貰った果実の酸っぱさに驚きながらも、とても楽しい時を過ごしたのだろう。
彼にとって、あの丘は会えない兄との大切な思い出の場所で、もしかしたら、逢えない寂しさを紛らわすための場所でもあったのかもしれない。
「そんなお兄さんのことを暗殺するだなんて、セオが考えるわけないじゃない!」
「当然です。今回の件は、間違いなくリリシア様が仕組んだことなのですが……問題は、セオ様がその罪を受け入れようとしていることです」
罪――王家への
その事実に、サミルは
「あいつ……人には散々バカバカ言っておいて、一番バカなのは自分の方じゃないの!」
「さ、サミルさん?」
「バカはどっちよ、諦めるの早過ぎなのはどっちよ! そんなに簡単に自分の死を受け入れてんじゃないわよっ!」
怒鳴ったサミルの目の端には、うっすらと涙が
「ずっと一人で無理してたのは……セオの方じゃない……」
(ううん、きっと、自分と同じだったから、私のことにも気付いて、気にかけてくれていたんだ……)
「サミルちゃん……」
しかし、サミルが肩を落としたのは一瞬のことだった。何かを覚悟したように顔を上げると、まっすぐにシェルスを見つめた。
「ねぇ、シェルスさん、セオを助ける方法って何かないの? 例えば、ええっと何だっけ……何とかの種っていうのを、私が
サミルの口から飛び出したその案に、シェルスとリルカは息をのんだ。
「そんなのダメよ! そんなことしたら、今度はサミルちゃんの方がお城から出られなくなっちゃうじゃない!」
「え? なんでです? 彩逢使の仕事って、年に一度、特別な種を芽吹かせて、王様に内容を伝えればいいだけなんでしょ? 違うの?」
リルカには即座に答えることができず、シェルスに助けを求めるような視線を向けたが、彼は何を考えているのか、床を
「ねぇ、違うの?」
「……違うのよ。でも、これはあくまでも噂なんだけどね――」
彩逢使は、年に一度、託宣の種を芽吹かせる仕事以外にも、その
それゆえ、彩逢使の能力を持っていても、今や名乗り出るものはいないといわれている。
十数年前に駆け落ちしたと噂された彩逢使も、単にそんな過酷な運命が嫌になって逃げ出したのではとも、一部では冷ややかに語られている。
「……でも、アエスタ国の彩逢使は、自国の城を出てこの国に来るって」
「それは、託宣の種を通じて
「ただの噂じゃなくて、本当に?」
「わからないけれど、もし本当だったら、どうするのよ。想伝局員にもなれなくなっちゃうわよ?」
「……でも、じゃあ、他に何か良い方法はないの?」
と、さっきから黙りこんでいるシェルスに、サミルとリルカの視線が集まる。
しかし、その問いにゆっくりと顔を上げた彼は、なぜか
「シェルスさん?」
「……私は
ふとその時、サミルはシェルスがその手に何かを強く握りしめていることに気がついた。
それはもしかすると、サミルだから気付けたのかもしれない。
「シェルスさん、その手に持ってるもの、なんですか?」
「――っ! こ、これは……その……」
諦めたように開かれたその手の中には、薄紫色の小さな種が一粒。
「それは……『
が、シェルスは観念したように、小さく頷いた。
「これは……ヴァンゼス様が本来あるべきところから持ち去ったもので、
その話に、サミルはピンとくるものがあった。
「もしかして、想伝局に種の取り扱いをやめるように
シェルスは瞬時に察したサミルに、内心で驚くと同時に、敬意に似た感情を抱き始めている自分に気がついた。しかし、それを顔には出さず、話を続ける。
「ええ。種がニセモノとすり替えられたことに気付いたリリシア様は、城下街に流れてしまったかもしれない種を
「まぁ、どっかの誰かさんが頑張っちゃったからねぇ……」
サミルは自分がしでかしたことを
「そこでリリシア様は、ある男を使って、余計なことをしてくれた想伝局員を排除しようとも考えたようですが――それも、あっけなく
「……えっ、あの人も関係があったの?」
エロハゲ親父の一件まで
「そもそも、リリシア様はこの『託宣の種』の内容を自分の思い通りにしたい――
そこで彼は、運よく自分の陣地に飛び込んできたサミルに、種を託そうと考えたのだ。
「なんだ、そういうことなら、早い話、私がその種を持ってヴァンゼス王子のとこへ乗り込んで、本当の内容を伝えちゃえばいいんでしょ?」
「ですから、それだとサミルさんが……」
「うん? 伝えた後に、とっとと逃げればいいだけじゃない。大丈夫、私、こう見えても足の速さには自信があるの!」
「……はっ?」
「あ、もちろん、逃げ出す時はセオも連れて、一緒にだよ!」
予想外の切り返しに、シェルスはポカンとあっけにとられ、黙って聞いていたリルカは吹き出した。
「なんか、それ、とってもサミルちゃんらしいわ!」
「でしょ? それにね、ヴァンゼス王子ならきっと見逃してくれるんじゃないかなぁって。私の考え、楽観的すぎる?」
ヴァンゼスという人が、セオやシェルスから聞いた通りの本当に優しい兄だというならば、きっと希望はある。
「……わかりました。どうやら、私も『諦めるのが早過ぎ』たようですね」
なんとかして、セオもサミルも無事でいられる方法を実現するため、シェルスは助っ人になってくれそうだという人物に会ってくるといい、リルカの家を飛び出していったのだった。
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