第3章 *4*
翌朝、
「……よっし、頑張れ私!」
パンっと
まだ出勤してきている者が少ないのか、静かな廊下を歩き、二階の更衣室へ向かう。
更衣室で自分に
そこへ入ってきたピナスの姿に、サミルはわずかに動揺した。
「あら、サミルさん、おはよう。今日は
「お、おはようございます……」
「そういえば、サミルさん、
(もしかして、私が
ピナスの発言からそう推測したサミルは、戸惑いつつも頷き返す。
「あ……はい、大丈夫です。グランさんたちが来てくれたので……」
冷静になってみると、あの時、逃げ出してしまったのはマズかっただろうかという気がしてくる。
(何を言われるか、色々と覚悟しておかないと……)
サミルはぐるぐると考えながら、更衣室を出た。
と、その時ちょうど、男子更衣室から出てきたセオと鉢合わせてしまった。
一瞬驚いて足を止めたセオから、サミルは思わず視線を
「……おはようございます」
「おい、お前、なに平然と
「……色々とご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
すぐに深々と頭を下げて謝ると、セオは呆れたようにため息をつき、サミルの頭にポンと手を乗せた。
(え……?)
怒鳴られると思っていたサミルは、予想外の反応に困惑した。
「謝るなバカ。別に、昨日の件はお前が何か悪いことしたわけじゃないだろ? でも、なんであの時、逃げ出した?」
「だって、こんな
「まぁ、あの夜の野犬がお前だったことには、少し驚いたがな」
「そ……それだけ?」
「なんだよ、俺が獣人を
(そうは思いたくなかったけど、万が一バレて、もし嫌われてしまったらって考えたら、恐かったんだもの……)
とっさに反論しようとして、サミルはふと気づく。
(あれ? その言い方って、まるで私が獣人であることに……)
「もしかして、私が獣人だって……気付いてた?」
恐る恐る尋ねれば、セオはバツが悪そうな表情を浮かべながら、「まあな」と頷いた。
「隠したい気持ちは、わからないでもない。俺も、半分は獣人の血が流れてるからな」
「え? えええっ!?」
驚きの声を上げながら、ふと脳裏にセオの前髪が銀色に輝いていた様子が蘇った。
そういえば、昨夜、ロードン邸に駆けつけてくれた時は余裕がなくて気付かなかったけれど、その時も銀色に変わっていた気がする。
「バカ、あんまりデカい声出すな」
「って、さっきから何げに人のこと『バカバカ』言いすぎよ。バカって言う方が……」
そこへ声を聞きつけたのか、グランディがやってきた。
どこかホッとした様子にも見える彼は、言い合っている二人の頭を押さえつけるようにその大きな手を乗せた。
「おはようさん、二人とも朝から元気で何より! 準備できてんならちょっと来いや」
ぐりぐりと頭を撫でるようにすると、そう言って何ごともなかったかのように歩き出した。
サミルとセオは挨拶を返しつつ、自分たちが子ども扱いされたことに
やがて最初にこの想伝局に来た時に案内された応接室に入っていくと、グランディは二人に座るよう命じた。
「あの、グランさん。昨日はその、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。逃げ出したりもして……」
隣でセオが「だからお前は……」と言いかけたのを、正面に腰を下ろしたグランディが手で制した。
「そうだな、おかげでこっちは深夜まで後処理とか色々大変だったんだぞ。もしオレが寝不足で倒れでもしたら責任とってくれよ?」
「……すみま」
「というのは冗談だがな」
「え?」
「そんなことより、
(……変なもの……怪しい薬……ねぇ)
その問いに心当たりがありすぎるサミルは沈黙し、グランディとセオは顔を見合わせて
「……おい、まさか!」
「だ、大丈夫よっ! この通り、もうちゃんと動けるし、ちょっと苦くてまずいお茶……なんだっけ、えっと、飲むと胸が大きくなるとかいうアエスタ国の高級茶だか何だか飲んで眠くなっちゃったくらいで、今はもう全然、平気だから! ねっ?」
サミルは言いながら、大丈夫であることを示そうと、バタバタと手を動かしてみせた。
「……こりゃ、予定変更だな。セオ、お前、腕の良い医者に
「ええ。では、ちょっと行ってきます」
「おう、任せたぞ」
セオは真剣な表情を浮かべて頷くと、隣に座っていたサミルを軽々と抱き上げた。
「ちょ、ちょっと何よ、いきなり! 下ろしてよ!」
「バカが。
それからすぐに、
そうしてようやく、問題ないと判断されて帰宅を許されたのは、翌日の夕方のことだった――。
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