第9話
キバヤシは恐怖した。目の前に死神がいる。地獄から出てきて自分を葬りに来たのだと。死神とは無論燃え盛る武也のことである。だが、彼をすでに死ぬ間際だと思い込んでいたがゆえにそうとしか思えなかったのだ。
『特殊行為能力者はバケモノだ』
そんな言葉がキバヤシの脳裏に浮かんだ。両親や、学校でいつも言われてきた言葉だ。彼もそれを信じて疑わなかった。疑わなかったがゆえに、自分が特殊行為能力に目覚めてしまったことをひどく悩んだ。はじめは必死に隠し通そうとしたが、バレてしまった。校内には「健常人間至上主義」が蔓延している。キバヤシは恐怖の対象となり、同時に攻撃対象となった。先ほどキバヤシによって骨を折られ、地面に落とされていた少年はみな、彼をいじめた主犯格の男たちだった。
そう走馬灯のように考えながら、キバヤシは迫る武也の方を見やった。いままでキバヤシの能力によって武也は入り口付近での応戦していたため、まだ距離はある。しかし炎を扱えるようになった今、植物を生み出し、操作する程度の能力では全くの無力である。確実にゆっくりと近づいていく。全身に炎を纏い、迫りくるキバヤシのツタを退けながら。
武也は自分の体の変化を感じた。体が軽くなっている。体を覆っていた脂肪が消えていくのだ。武也は実感として自らの体をこの炎の燃料にしているのだと知った。
「ずっと痩せたいとは思ってたが、まさかこんな形とはな」
武也は自嘲気味にそうつぶやくと放つ炎の威力を高めた。拘束で進む導火線のようになったツタは、キバヤシの方へとかなりの速さで迫った。
「うわぁヤバい!」
キバヤシは危険を感じツタを切り離し、自分の前に分厚いツタの壁を展開した。しかし、これは武也の予想通りの動きだった。キバヤシはツタの壁を展開したことにより、自らの視界がゼロになった。武也はそれを狙い奇襲をかけた。
「玲子を離せ!!」
武也はそう叫び、自分の足から炎を出し、ロケットさながらにキバヤシのいる体育館舞台側へと飛び掛かった。
アンゴルニウムはかなり能力者の都合よく能力が使えるらしい。体中に炎を放ちながらも、武也の洋服に燃え移っていたりはしないからだ。武也はステージの下へと降り立ち、ついにキバヤシの目の前へとたどり着いた。
「何度も言うが、玲子を離せよクズ野郎。」
「う、うるさいバケモノ!それ以上近づくな!!」
「お前だって似たようなもんだろうが、なぁ?」
この時キバヤシの目の前にいたのは正に死神だっただろう。武也は脂肪を燃料に炎を出していたと思っていたが、実は違った。実際は自分の体を燃やしていたのだそこに具体的な例外はなかった。必要のない脂肪から順番に燃えて行ったが、強い炎を出し続けていたために顔の半分は皮膚や肉を失い、頭蓋骨がむき出しに、キバヤシを睨む目は暗い空洞であった。こんな状況でも平然と動けてしまうのは、アンゴルニウムのなせる業なのだろう。
「ま、まて!このまま俺を殺しても、俺には仲間がいる!それも本物の連続強盗犯だ。今も外で暴れている。俺ならそいつを止められる!あいつをほっといたら町の被害は甚大だ!嘘じゃない!」
「なるほど警察や消防が出払っていたのはそのためか。めんどうだな……」
「な?そうだろ?だからさぁ許してくれよ!この、玲子って言ったか?女の子も開放するからぁ!」
キバヤシは拘束していた玲子を解放した。まだ気絶したまま意識は戻らない。その時、体育館の扉が開き大男が入ってきた。
「間に合ったかリー!助かったぞ!こいつを叩き潰してくれぇ!!炎を使うがお前の極地適応身体強化なら問題ないだろう!!さあ!早く!!!」
キバヤシがまた態度を一変させて勝ち誇ったように叫んだ。しかしリーと呼ばれた大男はグラリと傾き、そして前のめりに倒れた。
「残念だが、援軍は援軍でも、お前の援軍じゃない。なんかカッコいいことになってんじゃねぇか武也!」
声の主は流星だった。
「あ、ああああううううわああああ許してくれ!今度こそ本気だ!反省してる!!」
頼みの綱もなくなり、キバヤシはいよいよ狂ったように悲鳴を上げた。
「救いようがねぇよ」
武也は体にまとった熱い炎とは裏腹に、冷たい声で言い放ち、拳を燃やしキバヤシを思い切り殴り飛ばした。
「火力は弱くした。火傷はするが死にはしねぇよ。」
泡を噴き倒れたキバヤシにそう言うと自らにも体力の限界が訪れ、意識を失った。
やはりアンゴルニウムとは不思議なもので、燃え尽きたはずの肌や眼球は元に戻っていたという。こうして武也は新たに特殊行為能力者の仲間入りすることになった。流星がとても羨ましがったことは、言うまでもない。
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