第8話

 失神した玲子は武也の必死の抵抗むなしくツタに絡めとられてしまった。ツタは次はお前だとばかりに武也に襲い掛かる。体育館の外までは定められた空間に侵入したときや危害を加えたときのみ襲い掛かってきたが今は能力者が目の前で操作している。武也は残り少ない除草剤で対抗する。


「女の子一人守れないのかこのデブ!アーッハッハッハ!!愉快だ!もっと逃げろよデブ!」


キバヤシは頭のネジが外れたように高笑いを繰り返し武也を罵倒する。


(怒りに身を任せてはいけない。感情に流されては、いけない。考えろ、考えろ……)


武也はツタを退けながら必死で考える。ふと横に目をやると、捕まった玲子がさながら磔のようにされていた。武也にみせしめる為だろう。また心の奥で怒りが沸いてきた。でも流されてはいけないと強く思い、そしてついに思いついた。


(せっかく設定したのに今の今まで思い出さないなんて、僕も相当焦っていたな。)


「エマージェンシー!」


武也は叫んだ。これは体育館に突入する前に設定したもので、叫ぶと地域防衛部の情報ターミナルに通報するように連絡が入り、また、武也の側からの一方的ではあるが通信を入れることができるようになる。


「こちら蔵馬、東武高校での事案は暴走生物によるものではなく人為的なものだと判明、警察に通報されたし、犯人は、同校の生徒でキバヤシと名乗っている!」


 

 通報の入った部室では騒然としていた。武也が逃げながら連絡しているということ、玲子がすでに捕まっていることなどを告げられたためである。晴奈は即座に動き警察へと通報した。そして、自分たちも現場に向かうことに決めた。


「今すぐ行けばおそらく警察よりも早く着くわ。急ぎましょう!」


「武也ズルいぞ!ヒーローのピンチみたいないい状況になりやがって!」


「おいのんきなこと言ってんじゃないよ!」


三人は現場へ急いだ。



 場面戻って東武高校。武也は最大のピンチを迎えていた。

「クソ!薬剤が切れた!!」


除草剤のタンクがついに空となってしまったのだ。こうなると能力者でない武也の抵抗は無駄なものとなってしまう。ツタを手で振り払うも逆に鞭のようにぶつけられ、ほかの人のように捕まるだけでなく体を拘束されたまま床にたたきつけられたりした。


「おいおい、もうギブアップかよ?つまんねぇなぁ……ヒヒヒ、女の子を助けるどころか自分の方がボロボロじゃないかぁハッハッハ。もっと愉しませてくれよぉ!このクソデブ野郎がよぉ!!」


キバヤシは何が楽しいのかというほどに笑い続けている。武也は


(玲子ちゃんだけでも逃がせれば……いや最初から突入なんてしなければ……こんな危険な行為は女の子にさせるべきでは……クソッ!なんて僕は軽薄なんだ!)


というようにキバヤシの罵倒よりもむしろ自分の浅はかさに怒りがこみあげてきていた。しかも先ほどとは違い抑えるほどの精神力も残っていない。身動きができなくなり、抵抗もしなくなった武也を見たキバヤシはまるで王にでもなったかのように


「我がプランツ達よ!我々の勝利だ!ハーッハッハッハ!!」


と自分の生やしたツタに話しかけていた。そして


「私を散々バカにした罪で、この男を処刑する!」


こう叫んだ。すると壁際で捕まっていた男子生徒数人を自分の前に運んできた。


「離しやがれ化け物!」


「てめぇ、みたいな能力者は死んじまえ!!」

彼らにはまだ抵抗する気力が残っているのかそう口々に叫んだ。


「貴様らの戯言を聞くのもこれが最後だ。」


キバヤシは前のように激昂することもなくそう言い放ち、ツタの拘束を徐々に強めていった。最初は暴れていた男子生徒たちも段々と苦痛に顔を歪めはじめ、そして白目を剥き口から泡を噴き始めた。


「それ…以上……やめろぉ!!」


武也が力を振り絞って叫んだ。しかし、そんなことは聞こえてないとでもいうように、メキメキ!バキバキ!と骨の折れる音が聞こえた。そして、グチャッという音と共に生徒達は拘束を解かれ床に落ちてきた。


 武也は自分の無力さを心底嘆いた。そしてマグマのような怒りと、強い熱量を孕んだ悔しさが体内をグルグルしているのを感じた。キバヤシを睨むとキバヤシが次に玲子をターゲットにしたのを見た。


「へぇ、前髪で顔を隠してるから気づかなかったけどすっごくかわいい顔してるねぇ。ヒヒッまだ起きないということはこのお姫様は王子様のキスで目覚めるのかなぁ?じゃあ、起こしてあげないとねぇ……ヒヒヒヒッ」


キバヤシは下卑た笑みを浮かべてまだ目覚めぬ玲子の唇に顔を近づけていた。

 

 その時、武也の怒りはピークに達した。武也は感情に飲まれまいと必死に抑え込んだが、怒りに理性が耐えきれず、体内で渦巻いていた感情の熱量は体外へと放たれた。


 玲子で遊ぼうとしていたキバヤシは動揺した。目の前で虫の息だったはずの武也がからだ。しかもそれだけではない。全身が燃えているにもかからわず武也は平然と立ち上がり、こちらに向かってきているのだ。


「玲子を……離せ……!」

ドスのきいた低い声で、武也は言う。そこにいつもの落ち着きや知性はない。自動反応で襲い掛かるツタを鬱陶しそうに手で振り払う。そうするとツタは一気に炭化して力を失った。そこまでして初めて、武也は自分の体の異変に気が付いた。


(手が、足が、体が、燃えている……?どうなっているんだ?)


感情の熱が外に出たことによって、武也は徐々に理性を取り戻してきた。そして、じぶんが「特殊行為能力者」となったことを理解した。


「まずは、人質を解放しよう」


武也はそう言うと体育館中に張り巡らされたツタを一瞬で真っ黒な炭へと変えた。人質となった生徒たちに炎が及んでないのを見ると


「ほう、能力はかなり都合よく制御できるようだな。」


と呟いた。武也はさながら能力のテストをしているようだった。


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