エピ059「反抗」

次の日の午後は「早美都」が家を訪ねて来た、


宗次朗:「何だか入れ替わり立ち替わり見舞いに来てもらってるミタイだが、別に俺は病人じゃないぞ、」


早美都:「しっかり病人だよ、気付いてないの?」

早美都:「それに博美先輩からもくれぐれも宜しく頼むって、言われてるんだ。」


「早美都」はお見舞い?の一寸高級そうなプリンをテーブルに並べて、…一人で勝手に食べ始める。



早美都:「其処のスイーツ屋さん、フランス帰りのパティシエがやってるんだってね、」


当然「相田」がいなくなった件について、俺は一切口を割ってはいない、それは「相田」自身が敢えて皆に伝えなかった事なのだから、軽々しく俺が口にするべきではないのだ、


けれども「相田」が学校に来なくなった事、

その日を境に俺の様子がおかしくなった事、

絶対に俺が白状しない事、


それだけ揃えば、一体何が起こっているのかを推測する事は、周りの皆にとってはそれ程難しい事ではなかったらしい、…



宗次朗:「全く、」


早美都:「元気出して、…って言うのはイケナイんだよね、こういう時、まあ何時かは傷も癒えるだろうし、もしも駄目なら、代わりに僕が慰めてあげようか?」


嘘か本当か、「早美都」は生クリームの掛かったプリンを頬張りながら、にんまりと笑う。



宗次朗:「お前、最近、冗談キツくなったな、」


早美都:「でも、二人はきっと良いカップルになると思ってたのにな、」


「早美都」には、俺が「相田」の事が好きだった事を白状していたのだった、



宗次朗:「別に、俺が一方的に好きだっただけで、アイツがそう思っていたとは限らないさ、」


恋愛は、誰かが考えている程、自由では無い。

誰もが、望み通りに選ばれる訳では無いと、…そういう事だ。


それに所詮「結婚」は費用対効果で打算的に決定される経済活動であって、恋愛とは全く別のものなのだ、


また純粋に生物学的に見ても、

生き物は、少しでも条件の良い「異性」を手に入れようとする、どの動物だって、鳥だって、魚だって、きっと虫だってやってる事だ。 スペックの高い「物件」を見つけたら、誘い込んで、逃さない、その為には、なりふり構わない。 それは、生命力の強い子孫を残す為の、ごく普通の行動なのだ。 いや、生物的には最優先な行動なのだ。


どう転んだって、俺に勝ち目など、有る訳が無い。










取り留めも無い友人とのやり取りで、昼間は平静を装って過ごせたとしても、…


夜が更ける程に、

正体不明の焦燥感が、取り返しのつかなくなりそうな怖気と震えが、…俺の身体を蝕んでいく。


気が付くと、俺は、カレンダーの数字ばかりを見つめていた。


「俺は、本当に、狂ってしまったのだろうか?」

「俺は、一体、何に、何のつもりで怯えているのだろうか?」


2年前に「西野敦子」に告白をして、彼女を泣かせて、死ぬほど後悔して、それまで信じていた全てを失ったあの時でさえ、これほどの痛みは無かった。



何の根拠も無しに俺を支配する負の感情は、俺の理性などまるで無関心に際限なく増殖を続け、


「もう、全てを投げ出して、死んでしまっても、良いのだろうか、」


そんな風に思えるまで無軌道に、俺を追いつめていく、…



それがどんなに薄っぺらい情動かと言う事位、頭では分かっていても、


手負いの「心」は更に臆病になって、様々な変調で「身体」に脅しを掛ける。




眠れない侭に深夜2時を過ぎた頃、


俺は、とうとう、自演乙な絶望に耐えきれなくなって、…


一縷の望みを託すかの様に、…一人の女に、


メールを送った。





僅か数分後、返信が届く、




其処には、只、住所だけが書かれてあった。




俺は、家を抜け出して、熱帯夜の湿気の底を、只管ひたすらに自転車で疾走する、


息が切れようが、車とすれすれに接触しようが、そんな些細な事はどうでもよかった、


何もしないで壊れてしまうよりも、今は少しでも身体を、疲れきるまで身体を痛めつけていた方が良い、


何度か、地図を確認し、不慣れな景色を振り返り、


とうとう、太腿が悲鳴を上げて、肺が空っぽに張り付いた頃、


やがて俺は、一軒のアパートに辿り着く、




道端に、その女が立って、待っていた。




俺は、今にも死にそうな顔で、無様に息を切らして、その女に服従の姿勢を示し、


彼女の「諦め」の様な「蔑み」の様な、そんな優しげな視線が、俺に刹那の「癒し」をくれる。



アカリ:「入りなさい、」



「醍醐アカリ」の部屋は、思いの外に薄暗く、殺風景に、散らかった侭だった、


食べ残しの食器とグラスが置きっぱなしのテーブル、


無造作に、半分に折り畳まれた布団、


所狭しと散らばった画材道具、


キツイ、化粧品と、女の匂い、



俺の目の前で、ゆるいシャツを羽織っただけの女が、片膝を立てて艶かしく生足を晒している、


俺は、微動だにできずに、ずっと俯いた侭で、


彼女は、黙った侭、俺の事を、じっと待ち続けている、




宗次朗:「先生、…おかしいんだ、俺、…」


宗次朗:「先生、俺はどうしちゃったんだろう、どうなっちゃうんだろう、…」


宗次朗:「どうすれば、良いんだろう、」



アカリ:「宗次朗、…」


彼女は、乱れた長い髪の隙間から、じっと覗き込む様に、…俺の事を見つめる、



アカリ:「怖がらなくても良い、…」

アカリ:「だって、貴方はもう、分っているのだから…」


彼女は、立てた膝に美しい顎を乗せた格好で、俺の事を、…睨め付ける、



アカリ:「貴方は、何かを失った事に、気付いている、」


愛とは、…失いたくないと思う気持ち、…



アカリ:「貴方は、その正体を知りたいと、望んでいる、」


恋とは、…知りたいと思う気持ち、…



アカリ:「そして貴方は、その「鍵」が何なのかを、…ちゃんと知っている、」



俺の気持ちは、何時からか、何時の間にか、全部、「相田美咲」へと、繋がっていたのだ、


口では偉そうに「恋愛否定主義」を標榜しながら、…


情けない程完全に、「相田美咲」に依存し続けていたのだ、




アカリ:「貴方にはきっともう、その答えが解っている、」


宗次朗:「だけど、どんなに俺が知りたいと思ったって、望んだって、アイツがそれを望んでいるかなんて判らない。 アイツにとって、それが一番いい事かなんて分らない、…そんな筈がない、」


宗次朗:「もしかすれば、俺の望みは、アイツを今以上に悲しませてしまう、苦しませてしまうかも知れない、…」


恋愛とは、何時だって、独り善がりな好意の押し付けにすぎない、

「貴方」の事が好き、いつも「貴方」と一緒にいたい、「貴方」の為なら何でもしてあげたい、、

その強い思いの中には「貴方」が入り込む余地など、まるでない、



アカリ:「貴方がどんなに藻掻いた処で、…彼女の本当の気持ちを知る事なんて出来ないよ、」


アカリ:「貴方に解るのは、貴方の心だけ、」


所詮、自分と違う人間の心など、解らないのだ、

言葉で伝えられたって、果たしてそれが正しいのかなんて、証明できないのだ、



アカリ:「その貴方の気持ちをどうするかは、全て貴方次第、」


アカリ:「もしも貴方を妨げているモノが有るとしたら、それは、貴方自身、」


アカリ:「貴方がどうなるかは、貴方には決められない、けれど、」


アカリ:「貴方がどうするかは、貴方にしか、決められない。」



アカリ:「だから私が貴方にしてあげられるのは、こんな風に、尋ねる事だけ、…」


彼女の眼差しは、どこまでも深く遠く、慈悲を秘めて、…俺を抉る、



アカリ:「宗次朗、貴方は、どうしたいの?」





こんな俺にできる事など、高が知れている、…でも、まるっきり何も出来ない訳じゃ無い。


もしも俺と「アイツ」との出会いが「運命」なのだとしたら、


「運命」なんて、与えられた「デフォルト設定」ミタイなモノに過ぎない、…予め用意された「フラグ」でしかないのだ、


だから、運命を選択する事位なら、…俺にだって出来る。



どうしても知りたいなら、確かめれば良い、

そうでないのなら、此の侭、忘れてしまえば良い、







宗次朗:「俺は、…」










宗次朗:「確かめたい、」


仮令、それがまた、誰かを苦しめ、悲しませる事になったとしても、




宗次朗:「俺は、知りたい、」


仮令、此れが、煮え詰まった俺の勘違い故の暴走だったとしても、







宗次朗:「俺は、もう一度、アイツに、…会いたい。」




俺は震えながら懺悔し、…


彼女は少しだけ、…微笑んだ。




アカリ:「いってらっしゃい、」

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