エピ058「傷心」
「相田」が去って、数日が過ぎ、
滞りなく夏季休暇に突入した俺は、何だか正体不明な脱力感に囚われた侭、ずっとカレンダーの数字を眺め続けていた。
「相田」の結婚式まで後5日、
元気にしているだろうか、…
泣いてやしないだろうか、…
何でこんなにも、「アイツ」の事が、俺の中に引っかかった侭なのだろうか、…
「アイツ」の事が好きだったのは、偽らざる事実だ、
だからと言って、「アイツ」と恋人になるとか、更にその先が有り得ない事は、とっくに覚悟していた筈なのに、
いざ現実になってみると、
どうしてこんなにも、遣る瀬無いのだろうか、…
俺にとって「相田美咲」とは、一体何だったのだろう?
エアコン代わりの風鈴が、既に30℃を超えた蝉の声の中で、風に啼いている、
俺は、何をする気も起きないまま、ベットの上でダラダラと寝返りを打つ。
森口:「こんにちは、」
玄関先で、女の声がした。
昼間は母親もパートに出かけていて留守だから、家には俺しか残って居ない。
だからと言って動き出す気にもならず、
このまま諦めて帰ってくれるのを、待つか、…
森口:「先輩、居ますか? 森口です。」
鐘森:「そうじろぉ、」
って、…あの声は、
森口:「留守かな?」
鐘森:「オトイレしたい、…」
って、…何言ってんだ?…「鐘森麗美」!
森口:「困ったね、コンビニまで戻ろうか、我慢できる?」
鐘森:「もうでる、…お庭でしって良い?」
森口:「ええー、ちょっとそれは、……ちっちゃい方なら、…」
俺は飛び起きて、…二階の窓から顔を出す!
宗次朗:「一寸待て! 今開けてやるから!」
取り敢えず「森口」を居間に通して、「鐘森」をトイレに案内する。
宗次朗:「それで、一体何の用だ?」
森口:「今日はお弁当の日ですよぉ、」
「森口」はぶら下げてきた手提げから、結構でかい弁当箱?重箱?を広げて、テーブルの上に並べて見せる、
宗次朗:「夏休みの間は無しでも良かったのに、」
森口:「そうはいかないです。 私が、お兄ちゃんに構ってもらいたいんです。」
トランジスタグラマーな高校一年生が、思わせぶりな笑顔で俺の顔を覗き込む、
森口:「今日は「から揚げ」と「エビフライ」作っちゃいました。…遠足仕様です。」
見ると、時計の針は既に11時を回っている。
そう言えば、朝から何も食べていないから、…
腹の音:「くう~、」
香ばしい衣の匂いに、…思わず健康男子の胃袋が、泣きを入れる、
森口:「身体は正直ですね、」
何だか可愛らしく指先で俺の腹を突っつく「優等生後輩女子」、若干15歳、
宗次朗:「ちょっと、摘まんでも良いかな?」
森口:「お兄ちゃん、いい天気ですよ、何処かお外で食べないですか?」
答えを聞く前に、から揚げを指で摘まむ「俺」、…
森口:「あー、お行儀悪い!」
そういや、こんな風に「相田」に弁当のから揚げを摘まれた事が有ったな、と、
途端に暗くなる俺を察して、「森口」は箸で摘まんだエビフライを一つ、…
森口:「はい、あーん、」
俺の口に、入れる。
森口:「どうですか?」
宗次朗:「うん、美味い、…」
森口:「良かった、」
「森口」は、ほっとした様に、肩の力を抜いて、…にっこりと笑った。
森口:「やっと、話してくれましたね、」
そう言えば、あれ以来、
俺は、殆ど誰とも、口を利いていなかったんだな、…
宗次朗:「ありがとうな、」
俺は、ちょっと照れ笑いして、何だか勝手に深刻にはまり込んでいた自分の不甲斐無さに、漸く気付く、
想いのままにならない状況と、自分の心に、どう折り合いを付ければいいのか分からない時、ヒトはこんな風に、スネたふりをするのだな。
でも、そんなままじゃ、何も、何一つ、状況は回復しない、改善しない、
鐘森:「そうじろぉ!」
「鐘森」の呼ぶ声、って? 何で俺の部屋から??
宗次朗:「待て! 鐘森! お前、…勝手に其処ら辺、漁んじゃねえぞ!」
鐘森:「エッチぃの、みてもいい?…」
俺は、一目散に、階段を駆け上がる!
連れ出された駅前のハイキングコース、小さな山の頂上までトボトボと階段を昇り切った先に、…
パッと開けた、海の見える公園が有った。
近所の子供たちの遊び場になっていて、芝生の斜面を段ボールのソリで何度も何度も滑ったり昇ったり、…
宗次朗:「子供は元気だなぁ、」
森口:「私も元気ですよ、」
鐘森:「そうじろぉ、あっちに長い滑り台有った!」
「鐘森」がローラー滑り台の方から駆け上がってくる。
宗次朗:「高校生は駄目だろう、流石に、…」
俺達は、かろうじて木陰のベンチを探して涼を取り、眼下に望む相模湾を、数艘の釣舟がゆらゆらと漂っていくのを眺める、
森口:「お茶飲みますか?」
宗次朗:「ああ、」
「森口」は携えてきたポットから、アツアツの玄米茶を注いで、そっと俺に渡した。
森口:「のんびりですね、」
宗次朗:「予想以上に暑いけどな、…」
下手すれば日射病?…って言う位夏の直射日光が焦れている、…
森口:「お兄ちゃんは、どうしたら元気になりますか?」
俺は、不意を突かれて、…
宗次朗:「俺は、別に、…」
森口:「私じゃ、駄目ですか?」
「森口」の眼差しは、あくまでも真直ぐで、…
森口:「相田先輩の事、好きだったんですか?」
宗次朗:「…うん、」
俺は、不安そうに俺の事を見つめる「森口」が辛くて、思わず目を逸らす、
森口:「私では、相田先輩の代わりには、成れないですか?」
宗次朗:「何だか、無茶な事を言うな、…」
俺は、「森口」がどんな顔で俺の事を見ているのかが怖くて、顔を上げられない。
森口:「先輩にとって、相田先輩は、どんな人だったんですか?」
どんな、ヒト?…
この、無情にもぽっかりと空いた穴には、一体何が、詰まっていたのだろう?
血塗れの風穴を吹き抜ける、「優しさ」では埋められないモノとは、一体何だったのだろう?
そうだ、
俺は、友達で良かった、…友達が欲しかった、
お互いに、気兼ねしない、本音を
俺は、「相田美咲」と、恋愛とか結婚とか、そう言う
そして、
俺の「妄想」の中で「相田美咲」が告白する、…
「宗次朗、そんなモノは無いよ、」
「本当の自分なんて、その日の天気で簡単に変わってしまう。」
「周りにいる人達の期待とか、昨日食べた夕食の気分次第で、あっという間に変わってしまう。」
「自分自身にだって、何が本当の自分なのかなんて、きっと判らない。」
「宗次朗、でも私は知ってるよ、」
「アンタは、ただ甘えたいだけなんだろう、」
「だって、私がそうだもの、…」
「私は、アンタに甘えたかった、こんな風に居心地の良い関係を、何時までも続けていたかった、…」
「でも、それだっていつかは終わる、」
「きっと私が歳をとって、今みたいに綺麗じゃなくなったら、アンタは直ぐに心変わりするに決まってる、」
「私には、それが怖い、」
「アンタの傍に居られない事よりも、いつかアンタに見捨てられる事の方が、もっと怖い、…」
「だから、
「だから、私は、この侭アンタの前から、居なくなろうって、…決めたの、」
宗次朗:「……、」
いつの間にか、「森口」は、まるで今にも泣き出しそうな顔で、俺の事を見つめていた。
いつの間にか、俺は、また自分でも気づかない内に、じっと黙り込んでいて、…
宗次朗:「あ、…ゴメン、なんか。」
そう言って苦笑いする俺に、…何時の間にか戻ってきた「鐘森」が、…しがみ付く。
鐘森:「そうじろぉ、」
宗次朗:「鐘森、…苦しいってば、…」
鐘森:「だって、…泣いてる、」
いつの間にか、俺は、また、自分でも気づかない内に、…
宗次朗:「なんか、…可笑しいな、…」
だってもう、全部、…終わってしまった事なのに、…
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