エピ052「エピローグ」

勢いに任せて来ては見たものの、…俺は、一体どうするつもり?なんだ??


ニコイチのアパートの表札に「鐘森」と書かれている。 確かに此の家で間違いないのだろうが、…玄関先で躊躇して既に5分、



鐘森母:「あの、何か御用でしょうか?」


そして、不審者な俺は、買い物帰りの「鐘森」のお母さんに声を掛けられた。



鐘森母:「あ、学校の先輩、ですよね。」


宗次朗:「あ、はい、京本です、…鐘森さん、麗美さんは、ご在宅でしょうか?」


鐘森母:「どうぞ、上がって下さい。」


「鐘森」のお母さんは、にっこりと笑って、俺を玄関に招き入れた。


そして通された、6畳の客間、…


何故だか、廊下の影から、じーっと俺の事を見ている、「鐘森麗美」



鐘森:「どうして、せんぱいが此処に居る?」


家だと、もしかして、…結構喋るのか?



鐘森母:「麗美、ちゃんとこっちへ来て、ご挨拶なさい。」


お茶と、お菓子を並べてくれる「鐘森」のお母さん。



鐘森母:「学校の方が尋ねて下さるなんて、初めての事で、…ちょっと緊張しますね。」


宗次朗:「はあ、…」


スミマセン、俺はお宅の娘さんを破瓜した不埒物です、…なんて絶対言えない!



鐘森:「先輩、…こっち、…」


俺は怪しげな挙動の「鐘森」に、手招きされて、



宗次朗:「御邪魔しても、良いですか?」


一応「鐘森」母に了承を得る、それで、…お母さん、苦笑い。







奥の4畳半の和室が「鐘森」の個室らしい、…ベッドとヌイグルミで、もう部屋がいっぱいになっている。


その僅かの隙間に、ちょっとアトリエっぽい小道具が散らばっていた。



宗次朗:「絵を、描いていたのか?」


頷く、「鐘森」、



宗次朗:「見ても良いか?」

鐘森:「まだ、駄目、…出来たら、見せる。」


宗次朗:「じゃあさ、この間、アカリ先生に見せてた、スケッチブック見せてよ、」

鐘森:「しょうが無い、」


ペラペラと捲ったスケッチブックには、まるで殴り書きの様な白黒写真?…いや、それはまるで写真の様な絵が何枚も、確かに鉛筆で、精密に描かれていた。



宗次朗:「凄いな、…」


しかし、確かに凄いのだが、…



一般的に少年少女が「上手い絵」だと関心するのは、所謂「漫画」である。


それは現実には実在しない輪郭線と、記号化された部品パーツがバランス良く並べられた絵、脳内変換された「記号」である。


例えばそれは、一昔前の諸外国では、胎児のデフォルメとか、グレイ型宇宙人の似顔絵と同列の取り扱いだったモノが、今では世界共通のアートとして認知され、感動や興奮を伝達するメディアとして確固たる地位を得るに至った、…所謂「萌え絵」だったりする。


処が鐘森の絵はそうではなくて、細かな陰影の濃淡が、端からまるでジグゾーパズルの様に組み合わされて行ったもので、此処の物体は独立した事象としては捕えられておらず、一切の記号化もされていない。、…まさに、人間コピー機である。


確かに凄い、凄いのだが、…「萌え絵」程に、興味をそそられるかと言えば、決してそうでは無い。


これでは、素人の俺が見ても判る。…どんなコンテストでも、賞を取る事は出来ないだろう。


そんなモノは、ただの写真となんら変わらないからである。




もしも、写真の様に絵を描ける人間がいたとしたら、その人間は優れていると言えるだろうか?


超高精密な電子基板を見る迄もなく、写真の様に精密にコピーする能力だけで、人間がカメラに敵う訳が無い。


それでは、写真撮影における人間の価値とは何だ?


それは、幾数億兆のシーン×アングル×画質×タイミングの組み合わせ中から、人が「見たい」と思う物を「選びだし」、キャンバスに「切り出す」作業に他ならない。


残念ながら、鐘森の描く絵には、それが感じられない。 確かに精密だけれども、精密なだけで、…感動が無い。



処が、最後の方の頁に、凡そ他の絵とは異なる絵がニ枚、在った、


それはただ、真っ黒に塗り潰されただけの様に見えるのだが、…失敗作を、塗りつぶしたのだろうか?


恐らくこれが、先日アカリ先生に見せた絵、に間違いない。


其処には、明らかに、何か鐘森の中で変わろうとしている、…兆しが有った。




鐘森は何故変わろうとしたのか?…いや、何故変わろうとする事ができたのか?


ディケンズの描くスクルージがその典型である様に、通常「自己改革」は、死にそうな目に遭うか、クリスマスの幽霊に自分の悲惨な死後を見せられるかして、それを避ける為に行われる。 逆に言えば、其れ位の事でも起き無い限り、人が変わるのは困難なのだ。


特に歳を取って脳内神経の連結が略固まり切った後では、所謂人間の「才能」と言うモノは固定化されていて、上手く出来る事と出来ない事がハッキリ別れてしまう。 そうなってから新しい才能を手に入れるのは、全く容易な事ではない。


では「鐘森」の身に、何か生命を脅かすような一大事でも起きたとでも言うのか?…そうではないが、それに匹敵する事が恐らく起きたに違いなかった。


それは、異性を手に入れたいと思う気持ち。…生命活動の根幹とも言える恋愛の為になら、人は変わる事が出来る。




もともとコミュニケーションが苦手な「鐘森」は、言語よりも視覚を重視する傾向にあったと思われる、…この脳の特性が高い模写能力に繋がっていたのは明らかだ、


処が、恋愛する為には、異性の事を自分の思い通りにする為には、言語を含むコミュニケーション能力が重要不可欠になる、…相手を知りたいと思い、相手に知って欲しいと思う、気持ち、…恋愛とはとどのつまりその気持ちそのものだからだ、


恐らく「アカリ先生」が俺を「触媒」に使い、「鐘森」の異性を知りたいと望む気持ちを活性化して、「鐘森」を自己改革させようとしたのは、…間違いないだろう。


所詮、俺のヌード如きにどれ程の効能が有るのかは疑わしいが、…それが、恐らく真っ黒に塗りつぶされた頁へと、繋がったのは、…恐らく間違いない、


其処に描き出そうとしたモノは、それまでの鐘森には描けなかった、…それまでと同じ様に、ただ、見たものを忠実にコピーするだけでは、鐘森自身が満足出来なかったから、…自分が何を見たいのか、描きたいのかを知る為に、鐘森は知る必要が有った、知りたいと思った、


そこに有ったのは、想像力という苦悩の姿だった、



鐘森:「そうじろう、どうして、麗美の処に来たの?」


「鐘森」は、一寸じれったそうに、頬を染めて、俺に上目遣いする。



宗次郎:「昨日、あの後、余り話出来なかったからな、…その、ゴメンな、痛かったか?」


鐘森:「うん、痛かった。」



結局、俺は、それ以上の事を、伝える事が出来なかった。


それは、卑怯な事なのだろうか?


何時迄も思わせぶりに、期待を持たせる事は、イケナイ事なのだろうか?


でも、俺にも判らないのだ、本当に此の子が好きじゃないのか、この先、好きになるかも知れないのか、…



それにもう少し、これから「鐘森」が描く絵を見ていたいと、思ってしまったのは、間違いない。

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