エピ050「同調するココロ」

宗次朗:「何してるんだ、…鐘森、」


「鐘森」は、俺の言葉など一切無視して、…制服のワイシャツのボタンを全部外し、…床に脱ぎ落とした。


まだ色気には遠い、固い蕾の様な少女の身体に、薄い緑色のブラが被さっていて、…


救いを求める様に目で追った「アカリ先生」の姿は、既に、何処にも見当たらなかった。



宗次朗:「やめ、…」


「鐘森」は俯いたまま、一つずつ肩紐を外して、それからブラを回してホックを外し、…それを床に脱ぎ落とす。


子猫の様な赤ん坊の様な甘い匂いが、行成り、俺の前頭葉を刺激して、


普段は隠されている脇の下から乳房までを包みこむ女の匂いが、行成り、俺の中のホムンクルスを刺激して、


膨らみ掛けた二つの胸の上で、薄い乳輪の真ん中で、まるで一生懸命に小さな乳首がつんと張って上を向く、…



そして「鐘森麗美」が、まるで女ミタイナ表情で、恐る恐る俺の顔を覗き込んで、…


それで、俺はもう何も、言えなくなってしまう。







言葉は、何一つ伝わらない、…


けれど、思いつめる様にじっと俺の事を見つめるその瞳からは、全ての「想い」が伝わってくる様な気がする、



それは、いつもと同じ、穿った俺の「思い違い」なのだろうか、



それでも、脅える様に上目遣いするその少女の眼差しからは、まるで剥き出しの「想い」が、伝わってくるように感じてしまう、



そんな、以心伝心など、現実には有り得ない事は解っている、


それは、単純に俺が自分で妄想した、俺の頭の中だけの「ポエム」だって事くらい、解っている、



それなのに、にも関わらずあっさりと、何時だって俺の心は「それ」を受け入れてしまう。



つまり、それが「見る」という行為だからだ、







目は口ほどにモノを言う、


相手の目を見れば、相手の思っている事が仮令たとえ言葉にしなくても解ってしまう、


言語化された記号を読み取る時、人はその意味を正しく受け取る事が出来るだろうか?


情報の送り手の真意は、正しく受け手に伝わるだろうか?


多くの場合、それは「錯覚」である。



根本に立ち返れば、…


他人が見ている赤い色が、本当に自分の見ている赤い色と同じか否かは、実は証明しようが無いのだ。


他人が聞いている言葉の意味が、本当に自分に聞こえる意味と同じなのかは、実は証明しようが無いのだ。


人が見たり、聞いたり、感じている全ての事物は、あくまでもその人の脳の中にだけ再現された情報に過ぎないからだ。


ありの侭に見ている聞いていると信じて疑わない「現実」は、自分の脳が自分の為だけに解釈し作り出した「妄想」に過ぎないのだ。


だから異なる脳を持つ他人の感じている「この世界」が、自分の感じている「この世界」と同じとは、限らない。


だから同じ小説を読んでいても、ある者はその情景に涙し、ある者には退屈な文字の羅列にしか思えなかったりする。


だとしたら、言葉に載せられて伝えられる想いと、眼差しに載せられて届けられる想いとに、…一体どれ程の違いが有ると言うのだろうか。







「鐘森麗美」を見る俺の頭の中に出現した「妄想」は、どんな言葉よりも強烈で鮮明な「想い」を伝える、


例えばそれは、そう、こんな風にだ、…







「宗次朗」、私の全部を見てくれる?

そう尋ねたいのに、言葉は出てこない。


「宗次朗」、貴方の全てを見せて欲しい、

そう尋ねたいのに、言葉は出てこない。


私を見る、貴方の心の動揺を、私に見せて欲しい、


貴方は、私をどんな風に感じているの?

少しでも、貴方が私を求めてくれるのなら、

少しでも、私が貴方の心を動かせるのなら、

その、ほんの微かな揺らぎだけで良い、

どうか、私に見せて欲しい、


私が、貴方の事をこんなにも知りたいと思っている事が、叶う事の無い儚い夢なのかを知りたい、


こんなにも淫らで欲深い女の子の気持ちを、本当に貴方が受け入れてくれるのかを知りたい、


こんなにも近くに居るのに、私の言葉は貴方には届かない、



もしも知る事が出来るなら、全てを引き換えにしても構わない、


もしも触れる事が叶うなら、貴方の体温に焼かれて、そのまま溶けてしまっても構わない、


私は狂ってしまったに違いない、壊れてしまったに違いない、



急速に膨張する私の想いが、私を迷子にする、

貴方の傍に居るだけで、私は自分を見失う、


でもそれが、今はほら、こんなにも心地よい、


貴方が、私の事を想ってくれなくたって構わない、

好きになってくれなくても構わない、


私はただ、知りたい、



ほんの少しでも、貴方の中に、私の欠片の置き場所が有るのかを、

私はただ、知りたい、







こんな風に突如として俺の頭の中に出現した「ポエム」が、実際の「鐘森麗美」の「想い」とはまるでかけ離れている事位、解っている。



それなのに、にも関わらずあっさりと、何時だって俺の心は「それ」を受け入れてしまう。



恋愛とは、いや、ヒトのコミュニケーションとは、こんな風な、ただの「勘違い」の積み重ねなのだろうか?


それならそれで、上等じゃないか。



所詮、自分と違う人間の心など、解らないのだから、


言葉で伝えられたって、果たしてそれが正しいのかなんて、証明できないのだから、


だったら、どうすれば良い。


欲しければ、知りたければ、思い続けて、妄想し続けて、勘違いし続ければいい。


時としてそれはすれ違い、時としてそれはぶつかり合う。


でも、時としてヒトの想いは、…




同調し、共鳴する。







いつの間にか、「鐘森麗美」は手を伸ばして、その小さな指先で俺の身体に、触れていた。



鐘森:「ぁ、…」


俺は「鐘森」の手を取って、その小さな身体を、引き寄せる。


二人の心臓の鼓動が、重なり合った肌を通じて、…




同調し、共鳴する。



いつの間にか、俺は腕の中に、「鐘森麗美」を、抱きしめていた。



鐘森:「……、」


「鐘森」は、まるで赤ん坊が眠りに落ちる様に、俺の胸に顔を埋めて、


俺は「鐘森」の甘い匂いを嗅ぎながら、


じっと、この不思議な時間が過ぎて行くのを、…させるが侭にする。










アカリ:「そろそろ時間、」


宗次朗:「え、…」

鐘森:「ぁ、…」


そう言えば「アカリ先生」の事を、…







すっかり忘れていた。


ふと見た時計は既に4時を過ぎている、

もしかして、俺達は2時間近く、…抱き合っていたのか?


「アカリ先生」は、何時もと変わらない優しい眼差しで、俺の事を見つめている。



アカリ:「どう、鐘森さん、思い通りの絵は、描けそう?」


「アカリ先生」は、まっさらなタオルを「鐘森」に手渡した。



「鐘森」は、俺からずり落ちて、床にアヒル座りして、血を拭い、…顔を真っ赤にして俯いて、それから、…コクリと頷いた。



アカリ:「じゃあ、課題はこれでおしまい。」

アカリ:「絵は、GW明けに提出してね。」



宗次朗:「先生、俺、」


俺は必死に言い訳を探していた、…



アカリ:「ご苦労様、…」


「アカリ先生」は、そう言って、俺にもタオルを手渡した。



…って、このままで良い訳がない。


だって、俺は、…



宗次朗:「俺は、どうしたら、…良いんでしょうか?」


アカリ:「宗次朗は、どうしたいの?」



俺は、どうしたい?


女の子と、学校で抱き合った、それどころか、…


それはきっと、普通では有り得ない事だ。


有り得ない状況が、俺の心をはやらせる。 俺の心を早まらせる。




俺は、方向感覚を失って、その場で、…立ち眩む、

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