エピ035「浮き彫りにされる傷痕」

沈黙が、まるで一時間も続いた様に、感じられる。

ジレジレと、全身の筋肉が緊張と緊張とを繰り返し、血液が、行き場を失って滞る。


俺は俯いたまま、ずっと「すず姉ちゃん」の顔が、見れないでいた。


「すず姉ちゃん」は、勇気を振り絞った、

それなのに俺は、…ずっと固まった侭何一つ、言葉をかける事が、…出来ない。



宗次朗:「ごめん、…」




涼子:「…ごめんね、…気持ち悪かったよね、」


涼子:「自分から、こんな事言う女、変だよね、…淫乱だよね、」

涼子:「それに、他の男に抱かれた女なんて、嫌だよね、…汚いよね、」


涼子:「…ごめんね、…嫌な想い、させて、」


潮が引く様に、「すず姉ちゃん」の身体が、…縮こまって行くのが判る。

ポタポタと、バレない様に、涙を零しているのが、判る。




宗次朗:「違う、…そうじゃない。」


「すず姉ちゃん」の呼吸が、鼻を啜る音が、今が現実である事を繋ぎ止める。



宗次朗:「俺、どうしたら良いのか、分らない。」

宗次朗:「だから、…ごめん。」



俺は、こんなにも自分が情けない奴だと言う事を、改めて思い知る。

無知で、無力で、自分を好きだと言ってくれる女の子を、慰めてあげる事さえ出来ない。


何をすれば良いのか、何をしても良いのか、

身体は怯え、精神は狼狽える、



勿論俺だって、男と女が情事に至って、どんな事をするか位、知っている。


「すず姉ちゃん」が、他の男とセックスしたから嫌だとか、そんな風に考える筈が無い。 男が、そんな風に考える筈が無い。


男の陰茎は、別の男の精子を搔き出す様に、出来ているのだ。


勿論、子供を作りたいと言う生き物としての本能を抜きにしたとしても、単純にセックスは、他の何にも代え難い魅力を持つ。



通常、セックスには生命の危険が伴う。


行為の最中を敵から襲われる危険、生きていくためにギリギリのエネルギーを自分が生きる事以外に消費してしまう事の危険、でも命を賭して尚必要だからこそ、本能は「脳」は「快感」と言う「餌」を使って、生物をセックスへと駆り立てる。


一方で人間は、文明の進歩により、生きるのに必要な量以上の余りあるエネルギーの独占と、性行為の最中に外敵から容易に襲われることの無い安全な環境を手に入れた、その条件下において人間は、セックスの「快感」を娯楽として楽しむ事の出来る数少ない生き物になった訳だ。 言い方を変えれば、子供を作る事以外の目的でセックスする動物は人間を除けば殆どいないのでは無いだろうか。


にも拘らず、何故、世間一般的に不特定多数との性行為が認められないかというと、


そんな事をするのは「悪い」人間だから、…

それは「危険」な行為だから、…


と、いう事になる。



社会通念的な貞操観念、処女が価値が高いとする風土。 健康衛生面の懸案、例えば過度のセックスは、性器の損傷や、子宮頸がん等の原因の一部と考えられている。 また、不特定多数のよく解らない人間と交わる事は、予期しない病気の感染リスクを高めると言う事も事実だ。 そして何よりも社会が恐れるのが、性行為による快感を得る事を手段・目的とした暴力・犯罪が拡大する事である。


併せて「そんな気持ちのいい羨ましい事」を野放しにしたら、人間はそればっかりに夢中になって社会の正常な発展に悪影響を及ぼさないかと危惧する意見も、一部には有るかも知れない。


例えば日本の法律に基づけば、セックスに関する法律の正確な詳細は専門図書に譲るとして、その考え方は概略以下の通りと思われる。


道徳に反するセックスは駄目(不倫など)

片方が合意しないセックスは絶対駄目(強姦など)

13歳未満とのセックスは何が何でも駄目

13歳~18歳以下同士のセックスは、どっちも保護すべき対象なので法律上は罪に問われない

相手が未成年であっても、保護者に認められた誠実な関係であればよし

淫行条例に依れば青少年(18歳未満)との淫らな性行為は駄目(愛のある淫らでない親公認の関係なら多分OK)


俺と「すず姉ちゃん」に当てはめてみれば、

俺は16歳、「すず姉ちゃん」は19歳なので、社会的に認められる誠実な関係の元の合意されたセックスであればOK、と言う事になる。 つまり、親公認の許嫁的な関係であれば問題ない、という解釈だ。




しかしそんな「法律」以前に、道徳的「洗脳」以前に、生物的にドウタラコウタラ言う「蘊蓄」以前に、



俺は、…怯え切っていたのだ。


俺に取って「すず姉ちゃん」は他に類を見ない魅力的な女性であり、当然、汚いとか、病気がどうだとか、、そんな風には考えたりしない、そんな事を畏れているのではない。


正常な男の本能は、今直ぐにでも、自分を好いてくれる「彼女」を自分の自由自在にしたいと望む、…


でも、…



宗次朗:「そんな事をしたら、俺は、…もう「すず姉ちゃん」を手放せなくなるに、…決まってる。」


宗次朗:「それでもしかして「すず姉ちゃん」が俺の事を好きでなくなったら、一体俺はどうなってしまうのかが判らないから、…怖いんだ。」



それが、俺と「すず姉ちゃん」と、そして俺の周囲を、どんな風に変えてしまうのかが判らなくて、…怖い。


こんなにも、臆病な俺自身が、…情けない。





「すず姉ちゃん」は、ゆっくりと、俺に体重を掛けてきて、そして、…




涼子:「ごめんね、」


ただ、それだけを、…呟いた。

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