第039話「新世紀への燔祭」

暗い、…

最初に思ったのは、真っ暗闇の中に置き去りにされた、…そんな事だった、


それから、

身体の自由が奪われている事に気づく、


僕は、椅子に座っている、座らされているらしい、

なのに、手も足も頭も身体も、…何一つ動かせない、


指も、椅子の肘掛けに手首を固定されて、その上、一本一本の指がバラバラに、万力の様な金属製の治具でぎっちりと、押さえつけられている、


次第に、痺れの様な、痛みの様な、不快感がじんじんと鬱血した指先に向って神経を逆なでする、


そして、呼吸が不自然だ、

何か、固いゴムか、皮の様な、棒を噛まされている、

まるで馬に付ける口輪くちわの様に、奥歯の方に迄がっちりと食い込ませた、猿轡サルグツワ


だから、堪え様の無い唾液が、

中途半端に開いたままの僕の口の端から、とろりと垂れて、…

素肌の胸を、ヒンヤリと濡らす、


僕は、服を脱がされて、

下着も何も身に着けていない、裸に剥かれているらしい、


ざらっとした床の感覚が裸足の指先に、絡み付く、



何で、こんな格好に?

此処は何処?

何が起こっているの?


自分の状況が分ってくる程に、鮮明に、

動悸が激しくなる、呼吸が荒くなる、



頭を整理する、したい、でも、…無茶苦茶過ぎて、ごちゃごちゃする、


誰かに、誘拐された?

これから、何をされるんだ?

拷問されるのか?

陵辱されるのか?



どうして?

こんなのは、最早悪戯で済む話ではない、



シオン:「ううぅっ、…」


声が、出せない、

キツク唇の端を傷つける程にキツク食い込んだ生固い猿轡が、舌の自由を奪う、


こんな事、狂ってる、

殺される?


一瞬、僕の脳裏を「東口・ヒヨリ」の笑顔が、よぎる、


誘拐されて、

酷い事をされて、

命迄奪われて、

ゴミ袋に入れられて、捨てられた、


僕の、友達、


「彼女」も、こんな理不尽な恐怖に怯えながら、…最期を迎えたのだろうか?


厭だ! 死にたく無い!



シオン:「うううぅ!」


でも、殺すつもりなら、どうして僕は未だ生きている?

違う、「奴等」の目的は何か他に有る筈だ、


死ななくても済むのならば、僕は、一体どんな目に遭わされるんだ?

それとも、その挙げ句にやっぱり、殺されてしまうのか?


全身を揺すってみても、

重い金属製の椅子は、ビクともしない、





やがて、目隠しの闇の向こう側で、

足音が響く、



誰かが、居る?


それから、何か、小さなモーターの回転する音?







男の声:「やあ、二宮シオン君、初めまして、」


誰だ? 聞き覚えは無いか?

視覚を奪われて研ぎすまされた聴覚の底で、僕は、男の声に縋り付く、



男の声:「君は今の此の状況が、一体何を意味しているのか理解出来ずに苦しんでいる事だろう、だから君の不安を取り除く為に幾つか説明したいと思う、」


一体何なんだ? この冷静で物腰の柔らかいコイツの台詞は?

身代金目当ての誘拐犯なのか?

カルトなのか?

サイコなのか?


僕は、針の音さえ聞き逃さない集中力で、必死に糸口を探す、



男の声:「まず、今君が聞いている音声は、コンピュータによって合成され、予めDVDに録音された物だ、私本人は此処には居ない、」


男の声:「…君とは、全く異なる世界に住んでいると言っても良いかも知れない、」


コンピュータ? DVD?

コイツは馬鹿じゃない、気が狂っていたとしても、一般教養を備えたインテリだ、


しかも仲間が居る、女と偽警官と偽救急隊員、

金も掛けている、

行き当たりばったりに、身代金目的で僕をさらったのでない事だけは、間違いない、


それに、何だって?「異なる世界に住んでいる」?

それは、「アリア」の台詞と同じだ、まさか、コイツが、…「アリア」なのか?

僕を付け狙い、監視し、…そしてとうとう誘拐した?



男の声:「次に、君を此処に連れて来た者達だが、彼らは私に金で雇われた工作員だ、君に直接触れられない私に代わって、君に必要な処置を施す事になっている、」


それも「アリア」と同じ台詞だ、

「直接、僕に会う事が出来ない、…」奴はそう言っていた、



男の声:「さて、それでは本題に入ろう、」

男の声:「君がどうして此処に連れて来られて、そんな風に自由と尊厳を奪われているのか、その理由だが、…それは、君が私にとって重要な「駒」だからだ、」


「駒」? 僕を何かに利用する?



男の声:「君はとても優れた頭脳を持っている、そして優れた心も持っている、それは誰もが認めるところだ、しかし私にとっては重要ではない、」


男の声:「私にとって最も重要な君の属性は、「彼女」に最も近い、と言う事だ、」


僕が最も「彼女」に近い?…「彼女」って誰の事だ?

僕が知っていて、コイツらが、意識し、相手にする女性、…


もしかして「平塚・リョウコ」?…「リョウコ」が狙われている?



男の声:「君がどうやって今のその地位を手に入れる事が出来たのかには凄く興味が有る、しかし、それは後で私自身がゆっくりと考察すれば良い事だ、」


男の声:「もっと重要な事は、君が苦痛を与えられ、破壊され、命を落とした状況を目の当たりにする事で、今は未だ幼い「彼女」が嘆き・苦しみ・悲しみ・そして気付く事だ、」


苦痛を与えられる?

破壊される?

殺される?


何故?



男の声:「二宮・シオン君、君は「神」を信じるかい? 「魂」を信じるか、と言い換えても良いかも知れない、」


男の声:「私は勿論信じている、神はこの世で最も偉大な、…人間の産物だ、」


男の声:「世界の不条理も、不公平も、苦痛も、「神」によれば「魂」は立ち所に赦されて、癒される、…」


男の声:「人は自分ではどうにもならない不幸な出来事でさえ、「神」に委ねる事によって、「意味」と「価値」を見いだす事が出来るのだ、」


男の声:「「アリア」は、…君の「犠牲」によって「神」の実在を識るだろう、」


「アリア」、だと…?




男の声:「そして「アリア」は、人類にとっての、新たな「神」と成る、」


一体、何を言っている…?







男の声:「さて、二宮・シオン君、…君はコレから、末端から少しずつ人体を切除されて、やがてはもの言わぬ肉塊へと作り替えられる、先ずは、左手の小指から始めよう、」



シオン:「ウオオオオゥウ!」


誰かが、僕の左肩に、針を刺した? 何かを注射した?



男の声:「それは、僅かでも君の痛みを和らげられる様にする為の点滴だ、余り呆気なく死んでしまったのでは、十分な効果は得られないからね、」


やめろ!やめろ!やめろ!

僕に触るな!僕に触るな!


全身の力を振り絞っても、ビクともしない、…



シオン:「ウァアア、…」


誰かが、僕の左手の小指を掴む、…

無理矢理に、何か鋏? ニッパの様なモノを充てがって、食い込ませようとしている!


僕は、全身を仰け反って、

どうにもならない、…思う侭にならない狂った境遇に、「呪い」を込める!


少しずつ、肉を裁断して、鈍い金属が、体内に侵入してくる!



シオン:「ウォオオオオオオオオオオオオォ……!」


身体中の筋肉が、収縮し、…悲鳴を上げる!


人は諦める事が出来る、受け入れる事が出来る、こんな自分でも決して可哀想ではないのだと自分に言い聞かせる事が出来る、でも、…


こんなのは、絶対に厭だ!!





何かが捩じ切れる音:「バリン!」


シオン:「アアアアアアアアアアアアアアァ、……」

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