第025話「と或る朝の風景」
木曜日の朝、
出勤時間帯のカンパニーバスは予想外の混雑だった、
何時もなら30分前行動で早目の時間帯なのでずっと空いているのだが、…今日は一寸寝坊して、モロにバス待ちの行列に巻き込まれてしまった訳だ、
ナギト:「結構人居るんだな、」
シオン:「次の次のバス位じゃないと乗れないね、」
見ると、社員以外にも関連会社の人達や、何だかお年寄り? …誰かの家族だろうか?
僕は、ふらっと列を抜けて、…
ナギト:「おい、シオン何処行くんだ?」
大きな鞄を抱えた老婆の元へ、…
一体何の荷物なんだろう?
シオン:「あの、お手伝いしますよ、」
老婆:「え?」
おばあさんは、ちょっと吃驚した顔を僕に向けて、それから、ニッコリと微笑む、
老婆:「ありがとうね、でも大丈夫よ、」
「ナギト」が、遅れて駆けつける、
老婆:「此の会社の人は皆親切ね、貴方で3人目よ、声かけてくれたのは、」
シオン:「何が入ってるんですか?」
僕達は、おばあさんと一緒にバス待ちの列を並び直して、
僕が引き受けた大きな鞄を、今は「ナギト」が肩に抱えている、
老婆:「いや、ね、孫への土産なのよ、上京して一人暮らししてるって言うもんだから、ちゃんとしたモノ食べてるか心配でね、ちょっと用事のついでに、寄らしてもらったの、」
ついで、と言う量じゃないな、
シオン:「お孫さんには、連絡したんですか?」
老婆:「したよ、そしたら「絶対に来るな」っとか言っちゃってさ、恥ずかしいのかねえ、」
何か、分らないでも無いな、
シオン:「それで、行成り押し掛けちゃったんですか? やりますね、」
僕は、おばあさんを受付ロビー迄案内して、孫の「片桐・リョウタさん」と連絡が取れたのを確認してから、簡単に挨拶を済ませて、ロビーの端っこで待っている「ナギト」の元へ、
ナギト:「お前、…本当に面倒見が良いな、」
シオン:「ナギト程じゃ無いよ、」
これは本当だ、「ナギト」が居てくれなければ今頃僕は栄養失調で倒れていたに違いない、
シオン:「はいこれ、おばあさんがくれた、」
孫の好物だったと言う、お饅頭を一つ「ナギト」に手渡す、
ナギト:「おう、これ知ってる、結構美味い奴だ、」
男:「二宮さん、二宮さんじゃないですか?」
声に振り返ると、其処に、身長190は超えてそうな巨体の男、ぴちぴちのスーツに身を包み、何だか窮屈そうに縮こまっている、…でも、誰だっけ?
男:「4年前の秋の、名古屋の情報工学学会でご一緒させてもらった、堀セン(注、堀溝センサー株式会社)の榊原です、」
???…覚えてない、
4年前と言えば大学学部4回生の頃だ、その頃僕は全国各地の「学会荒し」をやっていて、確か名古屋の学会にエントリーした事は覚えてる、その時の参加者らしいが、…
名刺を渡される、
堀溝センサー、技術営業課長、「榊原・イチロウ」
シオン:「どうも、すみません、未だ名刺出来ていなくって、」
榊原:「いえいえいえいえ、構いませんよ、そんなの、」
明らかに僕なんかよりも歳上で課長の「榊原さん」が、配属2週間目の僕に向ってこんなに低姿勢になる事に何だかかえって違和感を感じてしまう、
決して本心でそんな風に振る舞っていない事が分ってしまうだけに、…気味が悪い、
それにしても誰だっただろう? 記憶に無い、
榊原:「お久しぶりです、って、会ってお話しするのは初めてですね、」
ああ、やっぱりそうだ、…僕はそれでちょっと安心する、
榊原:「名古屋の秋季大会「対向車との連携制御による歩行者保護」の発表、あれは本当に素晴らしかったですね、今でも印象に残ってますよ、」
そう言えば有ったな、…その頃僕は国内外含めて年に10回位の発表を立て続けにやっていて、流石にネタも尽きて来て大学の教授と半分悪ふざけのノリで書いた論文だったっけ、
シオン:「誰かと打ち合わせですか?」
榊原:「はい、この後、電装開発部の揉田課長にご挨拶で、…二宮さんはNAVEに入社されたんですね、以後ヨロシクお願い致します、因にどちらの部署ですか?」
「榊原」さんが、チラリと僕の社員証を盗み見る、
シオン:「あ、私は開発総務です、と言う訳で開発現場の第一線からは一寸離れちゃったんですけど、」
榊原:「そうなんですか? それは残念、…」
僕は、簡単に挨拶を済ませて、廊下の隅で待っていた「ナギト」の元へ、
ナギト:「お前、…結構有名人なんだな、」
シオン:「大学の頃は学会発表しまくってたからね、しかも他の発表者の発表にイチイチ変な質問してたから印象は残ってるかも、…きっと良い印象では無いだろうけどね、」
僕は、貰った名刺の取り扱いに困って、
シオン:「名刺入れって、買った方が良いかな?」
ナギト:「持って無いのか? …しょうがないな、後で俺のを一個やるよ、」
取り敢えず財布のポケットにしまっておく、
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