第019話「初めての痛み」

結局その日は、

最新見積もりとの整合チェックを半分済ませた所で時間切れとなり、…僕は、自家用車で通勤している「藤沢さん」の車で寮迄送ってもらう事になった、


社員駐車場の隅に停められたその車は、第5世代の自動運転自家用小型車、その中でもレース用のベース車にもなっている超本格スポーツカー! 色は、…


真っ黄色、



シオン:「す、凄い車ですね、」

カスミ:「だろう?」


ガルウィングに開いたドアをくぐって、半分寝っころがるミタイナ四点式ベルト付き本革シートに、潜り込む、


運転席には、…「ステアリング」!?



シオン:「もしかしてマニュアル運転するんですか?」


カスミ:「うん、自分で運転するのも結構良いものだよ、…運転していると余計な事を忘れられるし、色んなアイデアも浮かんできたりしてね、」


マニュアル運転と言っても、第5世代自動運転自動車では、危険回避の必要性が無い限り法定速度以上の速度は自動的に出ない様になっているし、周辺道路や周辺を走る車の位置は常にAI(人工知能)が把握していて、接触事故は自動的に回避されるようになっている、


そんな制限された条件下で、わざわざ「ステアリング」を握ったり「アクセル」や「ブレーキ」を操作して、本当に楽しいのだろうか? …運転業務は、面倒な労働以外の何物でもないと思っている僕には、その価値観がイマイチ解らない、



カスミ:「やっぱり女らしく無いかなぁ?」

シオン:「そんな事無いです、車好きで車会社だなんて、最高じゃないですか、」


カスミ:「処がそうでも無いんだよ、個人的に車に求める事と、会社で作っている車は別物だからね、…色々制限制約も増えるし、かえって趣味としては楽しみ難くなるの、」


「藤沢さん」は、緩緩とスポーツカーを発進させながら、チラリと僕の顔を見る、



カスミ:「二宮クンはどうしてNAVEに入ろうと思ったの?」


そう言えば、僕には夢が、いや、どうしても果たさなければならない「約束」が有ったんだ、…


堅い足回りから伝わるロードノイズが、Bluetoothから流れ出したジャズと混ざり合い、


僕は、少し気まずくなりそうな長い沈黙の後、ボソリと、話し出す、



シオン:「昔、酷い交通事故に遭った親戚とか、事件に巻き込まれた友達とかが居て、」


シオン:「そう言うのを、少しでも減らせたらって、思ったんです、…それで、交通情報工学を専攻して、修士迄行ったんですけど、」


シオン:「…総務部配属だったんで、ちょっと、悩んでます、」



カスミ:「まあ、普通、総務部って言うのは、十分に知識と経験を積んだ人間が経営参謀として参画する部署だからね、行成り新人から総務部って言うのも、厳しいかも知れないね、」


シオン:「藤沢さんは、入社してからずっと総務部なんですか?」


カスミ:「そうね、私が入社したのはNAVEが創設される2年位前だったかな、…入社当時は開発費見積もりグループの派遣社員だったんだけど、…生意気な事ばかり言って上司を困らせてたら国府津さんに目をつけられてね、それでNAVE創設時に正社員として呼んでもらったの、」


カスミ:「それからビジプラを担当させられたんだけど、あの頃は国府津さんの事、結構滅茶苦茶なおじさんだと思ってたなぁ、」


シオン:「今も大概そうですけどね、…」


僕は「藤沢さん」がどんな顔をしているのかを知りたく無くて、…ドアガラス越しに流れる横浜の夜景に目を配る、



シオン:「藤沢さんは総務の仕事が好きなんですか? 総務部って何て言うか、雑用ミタイナ感じで、イマイチ開発している実感が持てないって言うか、」


カスミ:「そうだね、私達の労務費は労働時間辺り幾らの直接労務費じゃない、一般経費の一部だからね、確かに他とは違ってる、…でも大事な仕事だよ、見方を変えればどんなに開発仕事が減っても、簡単には失くせない、会社が会社として機能する為に必要な仕事なの、」


シオン:「会社として機能するため?」


カスミ:「そう、総務部の仕事は言って見れば、血管や神経ミタイな物ね、末端の情報を取捨選択整理して経営に伝え、上層部の決定した戦略戦術に応じて、必要な部署に必要な資源を配分する、それが総務部の最も重要な機能だよ、」


シオン:「難しいですね、」





僕は寮の前で降ろしてもらって、服の侭ベッドに倒れ込んで目を閉じる、


大学の頃はもっとキツイ3連続徹夜だってやった事が有る、でも、こんな風な、身体中の節々を締め付ける様な痛みは初めてだった、


緊張、吐き気、頭痛、そう言ったモノとは何だか全く種類の異なる痛み、…色んな人達の意思や想いが、…僕に突き刺さる痛み、


僕はそのまま、眠れないまま、布団の上で動けなくなってしまった、

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