第008話「困惑の職場飲み会」

ベイクォーターの「とある居酒屋」、開発総務部新人歓迎会


僕は「森さん」と並んで座り、何時の間にか「会社で上手く立ち回って行く秘訣」ミタイナ事を説教されていた、…正直、面倒臭い、



シオン:「森さんは昔から総務部だったんですか?」


森:「以前は内装開発の設計担当だったんだけどね、ちょっと根を詰め過ぎて身体を壊して暫く休んでね、それで少し負荷の低い総務に移ったの、…そう言うのも有って心身の健康管理が大事だってつくづく身にしみてる訳、結局最後迄責任取ってくれるのは自分だけなんだからね、…」


やはり総務は第一線では無いんだ、…と、僕は改めて腹の奥に重いモノを咽下する、



見ると「戸塚さん」は、「稲毛課長」と総括グループの先輩達に囲まれて質問攻めに遭っている、…それを悉ことごとく明るく楽しく受け返す「戸塚さん」の話術技量が、秀逸過ぎてある意味恐ろしい、…



と、突然「宮木さん」が僕の腕を引っ張った、



宮木:「森さん、二宮クンを独り占めしないで下さいよね、」


問答無用で拉致された僕は、女子グループの真ん中に用意された席に座らされる、



吾妻:「本当、二宮クンって可愛いわよね、」

守本:「確かに、…彼女いるの?」

シオン:「いないです、…」


新山:「お酒は強いの?」

シオン:「弱いです、…」


白石:「大丈夫よ、明日は休みだし、もしも潰れても私達が介抱してあげるから心配しないで、」


いや、何か心配です、…


それで僕は作り笑いしながら、きつい化粧の匂いから逃げる様に目を逸らしたその視線の先に、


一人の女性を見た、


凡そこの場の雰囲気とは場違いに、何か物想う様な遠い目をしながら一人静かにグラスを唇に運ぶ、…彼女を見た瞬間、まるで蛇に睨まれたカエルの様に僕の全神経が飽和する、


彼女の名は「藤沢・カスミ」、経理グループの主任


瑠璃色がかった濡烏ぬれがらすの髪、憂いを帯びた切れ長の瞳、華奢スレンダーで黄金比なスタイル、神の贔屓ひいきとしか思えない美貌 そして、どこか人の心を惹き付けて離さない不思議な匂い、


彼女を見たのは、勿論今日が初めてではない、

でも、こんなにも美しい人がこの世に実在するのだと気付いたのは、…生まれて初めてかも知れない、



僕は、人をその外見で評価する事が嫌いだ、生理的に受け付けられないと言っても良い、外見上に問題が有るからと言ってその人間の価値が貶められる事は有ってはならない、


勿論、僕にだって美しい物を美しいと感じる事は出来る、でも、美しければ美しい程、それは僕には触れる権利がない、相応しく無いと、どうしようもなく思えてしまうのだ、


恐らくこの歪んだ感情が、僕の思春期の体験に関係している事は明らかだった、




今でも夢に見る、あの懐かしくて、あの恐ろしい「顔」の記憶、


幼い頃、僕は一つ上の親戚の女の子と交通事故に遭った事が有る、…彼女の名前は「東郷・ユリア」、確かそんな名前だった、


とても優しい、とても美しい、女の子だった、


それは、過ぎ去ってしまった記憶だからこそ記号化されて無限大化された絶対的な美なのかも知れないけれど、…


あの日「ユリアちゃん」は、横断歩道に突っ込んで来た暴走車に引き摺られて、歩道の縁石で、顔面の皮膚と筋肉と骨を削り取られた、


それなのに一緒に手を繋いで横断歩道を歩いていた僕は、奇跡的にかすり傷で済んだのだ、



ユリア:「シオンちゃんは、運が良かったのよ、」


十年後、AE(人工眼)によって視力を取り戻した「ユリアちゃん」は、事故の後初めて僕と面会して、そう言った、



ユリア:「見て、…」


仮面を外した彼女の顔を、僕は今でも忘れる事が出来ない、



ユリア:「こんな事なら、見えない侭の方が、良かった。」


それは明らかに、「ユリアちゃん」が僕に掛けた「呪い」に違いなかった、…そうする事でしか、彼女は、痛みを和らげる事が出来なかったのだ、



ソレ以来、僕は顔を見るのが怖い、顔を評価する事が怖い、


だから免罪符の様に、僕は僕の人生の全てを自動車事故を撲滅する為の勉強に注ぎ込んだ、…それが、運が良いだけで生き残った僕が、唯一赦される為の贖罪だと、心に刻み込んでしまった。



それなのに、その筈なのに、その人は、…


「彼女」に瓜二つだった、



恐怖を追い払うように頭の中で想像し続けた、あの可愛らしかった「ユリアちゃん」が事故に遭う事無く成長すれば、きっとこんな風に美しくなったに違いない、そんな「記号化された絶対的な美貌」が、そこにあった、…


だから、「彼女」の少し困った様な微笑みは、歪に壊れてしまった僕の心を癒すみたいに、優しく包み込んでしまったのだ、


僕は、自分でも気がつかない内に、涙を零していた、



新山:「やだ、どうしたの? なに泣いてるの?」

宮木:「確かに、藤沢さん厳しいけど、そんな怖く無いよ、」


シオン:「すみません、これは、…そうじゃ無くて、あの、あんまり綺麗だから、」


言ってしまってから、僕は取り返しのつかない事をしてしまった事に気がついた、…



一瞬の内に、爆笑の渦が沸き起こる!



白石:「カスミさんはハードル高いわよ、」

新山:「そうそう、これまでどんな男に告白されてもOKしなかったんだから、」

吾妻:「仕事一筋、って言うか、役員さえ恐れる開発経理の氷の女王だもんね、」



僕にはもう、俯いているより他に出来る事は何一つ無い訳で、…



長谷部:「さて、盛り上がって来た所で、新人一発芸披露、行きますか!」


僕と「戸塚・マドカ」はその一言で、一瞬の内に現実に引き戻される、





一次会の後、完全に出来上がった「稲毛課長」と「山河さん」が仕切って二次会のカラオケに行くメンバーを勧誘?誘拐?している、



山河:「えー、戸塚っち来れないの?」

マドカ:「スミマセン、この後同期の人達と約束が有って、…今から行かなきゃです、」


山河:「そう言えば誰か誘いに来てたねぇ、…まあ、どんなに美人でも3年もすると誰も誘いに来なくなるから、今の内に摘めるだけ摘んどいた方が良いわよぉ、」


マドカ:「そんなんじゃ無いですよぉ、」


「戸塚さん」、ペコペコお辞儀しながら駆け足で駅に向う、



長谷部:「二宮君、行ける?」

シオン:「御免なさい、ちょっと体調が悪くて今日は止めときます、次回は是非、」


見ると「藤沢さん」も既に帰ったらしく姿が見えない、


僕だけなのかも知れないけれど、…会社の先輩とか同期とかと飲んだり遊んだりして一体何が楽しいんだか分らない、疲れているのは本当だし、


「稲毛課長」に挨拶をして、僕はそのままJR東口前コミュータ乗り場に向って一人トボトボと歩き出す、





と、そこへ、LINEの通知が届く、…


差出人は、「戸塚・マドカ」?



トーク:「今、時間有る?」

トーク:「西口からジョイナス潜って南幸方面に向ってるんだけど、」

トーク:「二人で飲まない?」


これって、…?

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