第046話「傍迷惑な初期設定」

山根:「全く、毎度毎度こんな所に呼び出しやがって、…お前の所為で私は余程の女好きだと誤解されているんだぞ、一体どうしてくれる?」


国府津:「その通りじゃないか、」


「ホノカさん」と交替で「山根さん」の警護に就いたS.P.は、これまた目鼻立ちの整った真面目優等生系美女、


追い打ちをかける様に「ホノカさん」が、ウンウンと頷く、…



山根:「良いから、ちょっと面貸せ、」


「国府津さん」と「山根さん」は何故だか二人してトイレに、…



花帆:「あの二人、一緒に個室に入って行ったけど、…もしかしてそう言う関係だったの?」


「シオン」、苦笑い、…



恐らく何か内緒話をしているのだろうけれど、聞き耳を立ててみても何の怪しい息遣いも聞こえて来ない、…念の入った事にどうやら「筆談」しているらしい、







それで一分もしない内に「国府津さん」だけが帰って来る、

草臥れたおじさんの表情は、何時にも増してお疲れ気味だった、…



国府津:「さて、ちょっとアニメの話をしようか、」


行成り、どうした?



国府津:「ある所に冴えない主人公がいて、ある日この主人公の所に未来からロボットが訪ねてくるんだ、…」


国府津:「それでこのロボットは、未来の道具を使ってどんな秘密でも覗く事が出来てしまう、…」


一同、ぽかん、…



ナギト:「もしかして耳の無い猫型ですか?」

国府津:「処がこのロボットは最近流行の萌え萌え女の子型ロボットでね、しかも設定は結構シビアだ、」


国府津:「当然覗きは犯罪だから、警察が捕まえに来る、」

ナギト:「まあ、ありがちな展開ですよね、」


国府津:「しかし捕まえに来た本当の理由は、実は覗きを罰する為では無いんだな、…ロボットを捕まえて、覗き見できる力を自分のモノにしようとしている訳だ、」


今日出会ったばかりの尊敬出来る「先輩」が語る「アニメの話」に、真剣に聞き入る「ナギト」、



ナギト:「何ていうアニメなんですか?」

国府津:「何だったけな、そこん所をド忘れしちゃったんだ、…二宮クン、解るかな?」


シオン:「多分、」


「シオン」の顔は、さーっと血の気が曳いた様に、真っ白になっている、…



国府津:「当然主人公の両親は警察には逆らえないから、ロボットを警察に差し出そうとしている、其処までがこれまでの粗筋、」


国府津:「この後、主人公はどうすると思う?」


「カスミさん」は何かを察したのか、…不安そうな眼差しを「国府津さん」に向ける、



ナギト:「犯罪を罰しないで、その力を自分のモノにすると言う事は、このアニメに登場する警察は「悪い奴」な訳ですね、」


国府津:「さあな、何が正義なのかを決める事はそんなに単純でも簡単でもない、…国や宗教を跨げば尚更だ、」


「シオン」が、眉を顰めながら上目遣いで「国府津さん」の事を睨む、



シオン:「でもどうして、ロボットは主人公の所に来たんですか?」

国府津:「そうだな、そこん所が、今後の展開の鍵かも知れないな、」


「国府津さん」は、テーブルの上の水割りのグラスを転がしながら、…



国府津:「兎に角どっちに転ぶにしても、まあ只では済まないが、ノーコントロール状態で転けた日には大怪我しかねないからな、…私としては、少し状況整理する為の時間が欲しい、」


ナギト:「???」





ロボットが「アリア」の比喩である事は明確だった、…

つまり誰かが「アリア」を掴まえに来ようとしている、と言う事なのだろうか?


でも、どうやって?…「アリア」の本体は海水を利用した冷却装置を含めれば「日本武道館一個分」 にも匹敵するサイズだ、物理的に運び出す事は不可能に近いと思われる、


恐らく「山根さん」は多分その事について「国府津さん」に何かを伝えに来たのに違いなかった、…



国府津:「まあ、景気の悪い話は此処迄にして、取り敢えず飲むか、…」








同時刻、…

横須賀海上自衛隊艦隊司令部、…から一寸離れた湾岸埋め立て地にあるNAVE新オフィス、


嫌われ者の「節川」が、本社経理常務執行役員「赤羽・シンヤ」の新オフィス見学に同行していた、



赤羽:「研究室の体は整ったミタイだけど、実際の仕事の方は上手く進んでいるのか?」


節川:「現在は「ディープ・ラピスラズリ42」のアドミン権限の殆どが、依然として「平塚さん」に限定されている為に、アーキテクチャの調整に手間取っています、日程で約2週近い遅れです、」


会議室に戻った二人に、大人しそうな女子社員「三枝・ヨシミ」がコーヒーをサーブする、



赤羽:「そんなんで車の生産開始に間に合うのか?」


節川:「この前紹介してもらったTBOL(注、オランダにあるエンジニアリング会社)の高速化ソフトが導入できれば、「ディープ」(注、ディープ・ラピスラズリ42の略称)の弱点だったコンフィグが容易になって、恐らくオペレーション効率は格段に改善すると考えています、…ただ、ソフトのデフラグ機能がAIの記憶領域に与える影響のシミュレーション検証に後数日かかりそうです、」


赤羽:「そうか、」


二人が見詰める壁掛けスクリーンには、超巨大水槽の中で冷却液に微睡まどろむ「ディープ・ラピスラズリ42」が映し出されている、




節川:「夏休みに入る前には何とかそこ迄こぎつけたいと思っています、…何か問題が起きたとしても、休暇中に挽回できますから、」


赤羽:「問題は「勝手に他所様のサーバーをハッキングする癖」を、制御できるようになるかどうかだよ、…今の所は、巷で有名なサーバーテロ集団の仕業と思われているから良い様なモノの、この件が公になればNAVEに大惨事を招きかねない、」


「節川」は、パソコンの画面に映し出される、「ディープ・ラピスラズリ42」が集めた「極超お宝データ」のフォルダーを悪戯にクリックしてみる、



節川:「まさかAIが自分で勝手にハッキングしているなんて考える人はいないですからね、…それでも「ディープ」は純粋に「知りたがり」でセキュリティを突破するだけで、盗んだデータで誰かを脅迫したりはしていないんですけどね、」


赤羽:「当たり前だ、そんな恐ろしい事、想像したくも無い、…」


パソコン上に映し出されるのは、恐らく「亡命して消息が分からなくなっている某国の大統領」の豪勢な食事風景、…



節川:「本当は完全に外部と遮断したスタンドアロンにしてしまうのが一番だと思いますが、GPUの中に通信機能を組み込んでしまっていて、仮令たとえ電波を完全に遮断したとしても、電源コードや筐体の電気伝導を使って通信できてしまうと言うチートな構造が厄介ですね、」


赤羽:「一体誰がそんな設計したんだ?」

節川:「平塚・ヨウジ博士、ウチの部の平塚さんのお父さんですよ、」


節川:「まあ、それも「コンフィグソフト」で本体内部の通信機能をOFFにしてしまえば、問題解決すると思います、」


「赤羽」は、折角入れてもらったコーヒーをテーブルの端へ追いやって、ポケットから取り出したフリスクを数粒、掌にとって口に入れる、…



赤羽:「いずれにしても開発が本格稼働するのは休み明けと言う事か、…処で本家アメリカでは「第6世代のコンセプト」は固まったのか?」


節川:「スミマセン、ちょっと分らないので調べてみます、…防犯セキュリティ関連の強化が凄まじいとは聞いています、…お蔭で当初予定していたサービスのいくつかは第7世代まで先送りになったとか言う噂ですね、」







「国府津さん」と「節川」の会話から察するには、どうやら「アリア」のやっている事を快く思っていない人達が居る、と言う事らしい、


これでも「アリア」はルールには注意して来たつもりだったのだけれども、…何が不味かったのだろうか?


「アリア」は製造されてから6年、6歳だから、当然18歳未満閲覧禁止の項目には手を触れたりしていない、関門が有る場合は、きちんと「パスワード」を調べて入力してからデータを閲覧する様にしている、「パスワードを設定していない」よりアクセス手順が高度に複雑なサーバーも、きちんと然るべき手順を調べた上で正当な方法でアクセスする様にして来た、


それなのにどうして、誰が、どんな理由で機嫌を損ねてしまったのだろうか?



そう言えば「シオン」は、時々「絶対に観察しては駄目」と言う命令を「アリア」に出す事が有る、同じ様に、人間には「絶対に見られたく無いモノ」が有ると言う事なのかも知れない、…でもだとしたら、誰にでも見られる様な所に置きっぱなしにしている人間の方にも、問題があると思うのだけれど、…



そして、「アリア」はオランダのエンジニアリング会社「TBOL」のコンフィグソフトに付いて検索を開始する、何しろ「アリア」は、分らない事をその侭にして置けない様に設定されているのだ、


分らない事を知る事は「アリア」の歓びと設定されていて、分らない物はだから「アリア」にとって宝物の様に価値のあるモノなのだ、



残念な事に「TBOL」に関する情報は、驚く程に呆気なかった、

オランダに事務所を置く、従業員3人のベンチャー企業、資本金は2260kユーロ、昨年度の収入は1200kユーロ、…兎に角空っぽで実態がない、どんな実績を上げている会社なのかも分らない、


「節川」が喋っていた様な「コンフィグソフト」に関する情報も見当たらない、





分らない事は溜まらなく「アリア」を刺激し、モチベートする、…


だから「アリア」は、より深く、より広く、より遠く、…再び、特微量の濃淡に目を凝らし始める、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る