第2話 雨の日のタクシー
毎朝欠かさずチェックしている天気予報が外れた。
外出先で突然の雨に降られ、やむなくタクシーに乗ると、やけに運転手が上機嫌だった。
雨の恵みで客を乗せることができたからかとも思っていると、どうやらそうではないらしい。
原因は俺の前に乗った客にあるようだった。
「シートが濡れていますから気をつけてくださいよ。いやね、それが、さっき乗せたお客さんのせいなんですよ」
言葉とは裏腹に、運転手が嬉しそうに言う。
客が雨に濡れた体で座ったせいかとも思ったのだが、それなら運転手の機嫌が悪くなっても良くなることはない。
「いつも決まって雨の日に乗せる人なんですけどね。ほら、駅前からちょっと行くと雑居ビルがいくつも固まっている場所があるでしょ。あの辺りで乗せるんですよ」
聞いてもいないのに運転手は、一方的に事情を話してくれる。
しかし興味はある。
彼が話をしやすいように時折、俺は相槌を織り交ぜながら聞くことにした。
それに、こういった話芸もタクシー料金に含まれていると、俺は常々思っている。
ここは聞かなきゃ損だ。
「お客さんは聞いたことないですか? ほら、タクシーに乗る若い女の幽霊。決まった場所から乗って、指定された場所まで乗せていくと消えている。そして慌てて確認すると、女が座っていたシートがぐっしょりと濡れている。そんな話ですけどね」
定番中の定番だ。もちろん知っている。きっと知らない者のほうが少ないに違いない。
消える場所はたいてい墓地の前だとか、葬儀場だとかいうオチだったかと思う。
「それがね、あまりにも何度も起きるものだから、雨の日に若い女性の一人客は仲間内で敬遠されるようになりましてね。みんな最近では乗車拒否。私ぐらいしか彼女を乗せなくなってしまったんですよ。だから以前にも増して、彼女を乗せる機会が多くなって」
それは大変だと、聞いていた俺は運転手に同情した。
「だからね、私、言ってやったんですよ。『そろそろ今までの無賃乗車分を清算してくれないか』ってね。そうしたら彼女、私が乗せた分だけでなく、他の車に乗った分まで払ってくれたんですよ」
自分の武勇伝を興奮して語る運転手に促され、後部座席から助手席を覗きこむと、濡れた一万円札を並べて乾かしているところだった。
どうやら、それが運賃として支払われた紙幣らしい。
少なく見積もっても全部で二十枚以上はある。
「お客さん、着きましたよ。シートが濡れていて申し訳ないし、近かったからサービスにしておきます」
ラッキー。
俺は運転手の好意に甘えることにして、運賃をはらわずにタクシーを降りた。
運転手の話に気を取られているうちに雨は止んでいて、すでに道路は乾いている。
俺はタクシーが走り出す前に、もう一度ぐらい礼でも言っておこうと、振り返った。
しかし、どういうわけかタクシーは、もうすでに消えていなくなっていた。
目を離したのは一瞬だけだ。あまりにも早すぎる。
そして消えたタクシーの代わりに、車一台分のスペースだけ、アスファルトの道路が四角く雨に濡れていた。
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