第1話 パンダ捜査網
ピンクのパンダに懸賞金が懸けられた。
生け捕りにした者には、現金で百万円が贈呈されるそうだ。
最初に目撃されたのは、二丁目の大通りに面している弁当屋『まごころ屋』である。
どれも美味しそうな弁当ばかりで、なかなか注文を決めかねていた客を前に、店頭カウンターを担当していたパートの女性従業員が、ちょっとした手持ちぶさたで店の表へと目を向けた時のことだった。
ピンクのパンダは国道と交わる三丁目の交差点の方から、昨年オープンしたばかりで、流行服を手頃な値段で購入することができる郊外型ショッピングモール『サウザンドホーム』の方角へと向かって、のっそりのっそりと道路を歩いていたのだという。
当然ながら女性従業員は、何事か確認しようと店の前まで飛び出そうとしたのだが、ようやくと言うべきか、タイミングが悪いと言うべきか、ボリューム満点で一番人気の唐揚げ弁当(380円)に注文を決めた客から呼び止められ、彼女は仕方なく自分の見間違いだと思い込むことにしたそうだ。
それぞれの証言が正確であると仮定するならば、今のところ最初にピンクのパンダが人前に現れたのは、この時ということになる。
時系列的に並べて次の目撃証言は、駅から徒歩5分の場所。24時間いつでもきれいな湯が楽しめる大型入浴施設『お湯大将』に隣接する駐輪場での一件である。
そこに預けられた一台の自転車の横に座り込み、ペダルをぐるぐると回して遊んでいたピンクのパンダの姿が報告されている。
ちなみにこれは三人の女子中学生たちが同時に目撃しているため、たとえばピンクの上着を着たオジさんが自転車のチェーンを修理していただとか、そういった類の見間違いである可能性は限りなく低い。
また、独自のコミュニティ経路を待つ彼女たちによって、ピンクのパンダが出没したという噂は、この時点で一気に広められたとも考えられる。
ただし非常に残念なことに、彼女たちの中学校では携帯電話の持ち込みが禁止されているため、そこにいた誰一人としてカメラ機能を搭載した物を持ち合わせておらず、ピンクのパンダを写真に収めることができなかった。
急いで彼女たちが、五つの違った湯船が楽しめる『お湯大将』の店員を呼びに行って戻ってきた時には、すでにもうピンクのパンダは姿を消した後だったのだという。
それと同日に目撃されたのが、駅を挟んで反対側にある洋菓子店『ラフレーズ』の店舗前だった。
ここのオーナーパティシエは、コンクールで何度も入賞経験があり、彼の作るチョコレート菓子は新作が発表される度に、予約が殺到するほどの人気である。
この『ラフレーズ』の店頭で看板として飾られているクマの人形の横に、ピンクのパンダが並んで休憩していたのだと思われる。
ここで「思われる」という表現を用いたのには、ちょっとした事情がある。
その状態でいるピンクのパンダを目撃したのは、一人の幼稚園児だけであり、今でも興奮の覚め止まぬ彼の話は、どうにも的を得ないというのが、その理由である。
園児の母親によると、この町で栽培されている季節の果物をふんだんに使ったフルーツタルト(420円)を購入している際、外で待たせていた息子が、ピンクのパンダを人形だと思い込んでいたのではないかと証言している。
彼女が用件を済ませて表へ出ると、遊園地の電気カーのようにして、その背中に乗っていたそうだ。
園児に怪我もなく無事だったから良かったものの、少しでも気づくのが遅れていれば、もしかするとピンクのパンダに乗ったまま、遠くまで連れ去られていたのではないかと、この件に関しては市役所にも多くの心配される声が寄せられている。
貴重な御意見に市役所一同、感謝すると共に、改めて身を引き締め直しているところである。
そして、その後も町のあちらこちらで目撃されているピンクのパンダではあるが、女子中学生の時にそうであったように、静止画・動画を問わず、奇しくも映像としての記録が一度たりとも残されていないのが実状だ。
街中にも監視カメラが溢れかえる昨今、そんな馬鹿な話があるはずがないと思われるかもしれないが、老舗染物屋『衣笠』や、江戸時代から続く乾物屋『近江屋』が軒を連ねる駅前商店街に設置されたカメラにさえ、まるで正確な位置と角度を計算しているかのように、ピンクのパンダは巧みに避け続けているのである。
そこでついに我が市役所の観光促進課が立ち上がり、ピンクのパンダに懸賞金を懸けたというのが、今回の懸賞金の経緯だ。
最後の目撃情報は、町の中心部から車で15分ほど走った先、ハイキングコースの入口である。
ここでは荘厳な滝を目指した散策を楽しむことができ、季節によっては山菜を摘むことも可能だ。
次の大型連休、予定がまだ決まっていないのならば、是非とも我が街で、ピンクのパンダを探してみてはいかがだろうか。
この記事に不明な点、質問がある方は、市役所観光促進課ハセガワまで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。