第25話

 ソラ達(キャンプをするところに荷物を置きっぱなしだったので、それを取りにいった白雪を除く)は、ニカに先導される形で森を突き進んでいる所だった。

「アイセタールから逃げるうちに、ずいぶんと里から離れちゃってたみたいです」

 先導するニカは森の悪路をものともしない歩き方で進んでゆく。

 レイナとセレン、ルナはまだ大丈夫みたいだが、ソラ、エレン、イリアの三名はそろそろ足が限界に近いようだ。

「大丈夫かお前ら、てか、ソラとエレンは分かるけど、イリアは何なんだ? お前まだこの森に来て何にもしてないじゃん」

「そ、そうですけど……!」

 イリアは見た目同様に、運動は得意な方ではないようだ。森の悪路に、予想以上に苦戦しているようだ。

 そんなイリアにセレンがこれよがしに声を掛ける。

「ほら、いまこそ君の活躍するときだよ」

「私の、活躍?」

 セレンは以前、ソラの周辺を調べた時にイリアのことも調べていた。出世から学園へ来た目的、そのおおまかなステータスも知っていた。もちろん、どの魔法に適性があるのかも。

「さっき教えたでしょ、疲れを取る魔法」

「いやいやセレン、アレは疲れは取るが足に掛かった負荷は取れんぞ」

 意図を理解したレイナが口をはさむ。

「それだけじゃないさ、その後で回復も唱えればいい」

「そんな簡単には言うなよ、回復魔法だってアタシが唱えてもたかが知れてる。それともコイツの回復魔法の適性がすこぶる高いとでも言うのか?」

「うん。少なくとも白魔法だけなら僕やレイナちゃんよりも適性が高いと思うよ」

「うっそだろう、冗談は寝てる時だけにしろよ」

「生憎僕は寝言は言わないみたいでね。それに、冗談じゃなくて本当のはなし。まあ、百聞は一見にってね、イリアちゃん、ためしに自分に魔法をかけてみて」

「は、はい」

 セレンからの承諾を受けて、イリアは立ち止まり両手を自分の足に構える。それを合図に、みんな足を止めてイリアを見る。

「『ラフィール』」

 一瞬、手のひらが光ったかと思うと、続けて呪文を唱える。

「『レフィーヌ』」

 今度はより明るい光が瞬き、数秒ほどで消えた。

「どう、なんだ」

 イリアの能力を否定的だったレイナが、静かに食い入るように聞く。

「はい、バッチリです!」

「うっそだあぁ!」

「レイナちゃん、そんな否定的にならなくてもいいんじゃない!?」

 あまりにもの否定に、セレンが強くツッコむという珍しい事態が発生した。

「うう、そうですよね……、私なんて……」

「イリア、気を落とすな、なあ?」

 ソラが気を使って励ますが、ショボーンとしたイリアが元気になる様子はない。

「そうだ、実際に俺に魔法をかけて見てくれよ」

「そ、そうですね! わかりました!」

 気を取り直してイリアはソラに向き直る。手のひらを患部の疲労している足に向ける。

「『ラフィール』」そして「『レフィーヌ』」、二種の異なる癒しの光が ソラを癒す。

「どうだ、ソラ。そいつの回復魔法は?」

 レイナの問いにソラは頷いた。

「うん、痛みも疲労感もなくなった、完全に」

「マジかよ」

「ね、この子の力は本物だよ。まあ、魔力の絶対量は普通の人と同じくらいだろうけどね」

 そう言いつつ、杖を抜き取りエレンに向けて軽く振るう。

「あれ、足が軽くなった……?」

「いくらレイナちゃんや僕がいたとしても何が起こるかわからないからね、イリアちゃんには魔力を温存してもらおうと思ってエレンちゃんの分の回復は僕がやったよ」

「心配しすぎだぜセレン、底が知れるぞ?」

「別に僕の底は見えてもいいんだよ。ただ、フィールドでは何が起こるかわからないって言いたいんだよ」

「それ、何割の心配で言ってるんだ?」

「一厘くらいかな?」

「零割零分一厘かよ、んなの心配してるとは言わないぜ」

「ほら、冒険初心者がいるし、一応そういう『何が起きるかわからない』ってことを伝えたくてさ」

「何が起こるか、ねえ」

「僕の考えうる可能性のひとつに、既に先生たちが森に来ているっていうシナリオもあるんだよ」

「流石にそれは無いだろう」

「決して楽観視できるわけでもないよ? そもそも、最初からエレンちゃんは学園にいなかったし、この間の騒動で白雪ちゃんが仲間になったように、他の忍者達も学園に拾われている。彼らに調べられたらさすがの僕も手も足も出ないよ。それに……」

 セレンはニカをチラリとみてから歩き出し、改めて一呼吸溜めて口を開く。

「エルフの里が関わっているとなると、ミハード先生が出てくるかもしれないし」

「あー、アイツはヤバイな」

 レイナはセレンの後を追い、バツが悪そうなしかめ面をする。レイナが歩き出したことを合図に、みんな再び歩き出す。

「お前がそんな顔をするなんて珍しいな。そんなヤバイ先生なのか?」

 ソラは筋肉隆々のごつい大男を想像しながら聞く。

「ミハード先生なら私、授業受けてるよ」

と、ルナが挙手する。

「ルナ、ミハードってのは一体どんな大男なんだ?」

「何で大男って既に決定してるのかわからないけど……、ミハード先生はエルフの女性教師だよ、性格はなんというか、ぽや~っとしているというか、どこか抜けているというか、そんな感じ」

「ミハードライムエリムシン、私達の里で一番精霊魔法の扱いがうまかった人です」

 ニカはミハードという名前に聞き覚えがあったようだ。

里長さとおさの娘で、学園との友好の証として学園の教師を任命されたすごい人です」

「へえ、そうなんだ」

「しかも、たった30年足らずでですよ? 信じられません」

 エルフの寿命は約200年、人間の2倍ほどの寿命だと思えばいい。だから人間換算すれば15ほどで里一の精霊使いとなり、学園の教師をしていることになる。

 基本知識でそのことを知っているソラは、大きな衝撃を受けた。

「そんな若さで教師をしているのか? すごいってレベルじゃないぞ」

「それだけ学園は魔窟ってことなんだよ」

 セレンが苦笑交じりで言う。

「まあ、そんな人たちが来ているかもしれないから早めに里に行こう」

 その後、二時間かけてソラ達はエルフの里に到着した。



 『石門』とは、学園地下に昔からあるオブジェクトで、大きな長石で門の形をしている。その実態は学園が秘匿している秘密兵器のひとつで、膨大な魔力を消費して、任意の場所の空間と門をつなげることができる。

 ようは、長距離を一瞬で移動できる門だと思えばいい。

 ソルミレンら三名はおのおの準備を整えたあと、サイエルの森に石門で移動した。目に見える変化として、レオが自己の身長ほどもある大きな武器を持っていることくらいか。


「よっと」

ソルミレンは道に落ちていた大きな木の枝をジャンプでまたぐ。

「しかし、結構荒れているわねこの森、あの子たちは大丈夫なのかしら」

「アイセタールは一年生が相手をするには荷が重いモンスターだ、戦おうなどと思わず素直に逃げていれば、あるいはレイナとセレンが一緒にいれば生存率も格段に上がるだろう」

レオとミハードは堅実に、あるいは余計な体力を使わないように三歩分遠回りをしてソルミレンの後を歩く。

「あのアホらが到着するまでにやられてなければね。それに、合流できているかどうかも怪しいし」

「あ、あの、そう悲観的になるのは良くないと思います」

「あん? 常に最悪の状況を想定しておかないといざそういう状況に陥った時とっさの対応ができないでしょう?」

「で、でも、妹さんをもっと信じましょうよ」

「アンタやレオみたく私は強くないから、せめて心構えぐらいしておきたいのよ、悪い!?」

「ソルミレン、ミハード先生をいじめてやるな」

 レオがフォローに入る。

「チッ、分かってるよ、ちょっと焦ってるだけ。悪かったわ」

「いえ、気にしていませんよ。私こそ心境察せず勝手なことを言ってスイマセン」

「いや、アンタは悪くないじゃんよ……」

(ミハード先生はもう少し教師という立場を理解してもらわなければなあ、生徒達に示しがつかないな)

 レオは、ミハードの腰の低さというか、引っ込み思案な部分が改善できればと思っていた。

(まったく、妹の方も問題があったが、彼女は教員なんだよな。もう少し強気に出れればいいのに)

 肩に担ぐ武器を背負いなおしながらそんなことを思う。

「それにしても、森の荒れ具合もひどいな」

 今まで歩いてきた各所には、アイセタールが暴れたと思われる場所が多数あった。無残に木が折られていたり、地面が抉られていたりなど、酷い有様だった。

 ミハードはそれらを悲しいまなざしで見つめていった。学園の命令中でなければきっと精霊を呼び出して修復でもするのだろうか。

「ミハード先生、学園の案件が終わったら荒れた森を治したいですね」

「あ……はい! そうですね!」

 この森に来てから、レオは初めてミハードの笑顔を見た。

「ラブコメってるところ悪いけどさぁ」

「別にラブコメってねえよ」「ません!」

「……くるぞ」

 ソルミレンがそう言った直後、

 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 え? とミハードが聞き返そうとしたその時、豪大な音と衝撃がきて、森全体を大きく震撼させた。

「なんだッ!?」

「近くに何か落ちた、何かヤバいモノだったら洒落にならん! 念のために構えろ、レオ!」

 ソルミレンの荒げた声を聴き、レオは肩に掛けていた武器を構える。

 爆鎚。火薬の爆発エネルギーを使った銃以外の武器を爆武という、その中でもハンマーの性質を持っている爆武を爆鎚という。ハンマーはその重量を勢いよくぶつけて攻撃をするが、爆鎚はその重量に爆発の力も加えて、威力を圧倒的に底上げする。そんな爆鎚は打ち付ける部分に前後があり、後の部分に爆破の勢いを出す噴射口がある。ここから爆風が出て推進力が得られる仕組みだ。

「ミハード、杖を出して警戒して!」

「は、はい!」

 厳しい表情でソルミレンは思考する。

(クッソ、どうなってんの? 騒ぎを原因はアイセタールではないのか、でも現状、アイセタールがこんな爆破音か衝撃音かしらんが出せるわけがないし、ん……この音は――羽音、なのか……? クソ、距離がありすぎる、確信が持てん)

「ソルミレン、どうする? 見に行くか?」

「――ええ。の、前にひとつ言っておくわ。お前ら度肝を抜くなよ」

 セリフの割には真剣な表情をするソルミレンに、ミハードはちぐはぐな印象を受けた。

「なんだ、焦らすなよ。そういうのはお前のキャラじゃないだろ」

「まあ、そうなんだけどさ……さすがにこれは、いや、ご託はよそう。いい、よく聞いて―――ドラゴンがいるわよ、この森のどこかに」

「なッ!」「――う、うそ…………」

 驚愕する二人を尻目に、ソルミレンは足を進める。すぐに我に返った二人はソルミレンの後を追う。

「確信は持てんから適当なことは言わないけど、それっぽい羽ばたきが聞こえた。おそらく20メートル級かしら? ああ、そうか、森の深部にしか生息しないアイセタールがどうしてここまで出てきたのかと思えばそういうことだったのか」

「おい、なに一人で納得しているんだよ」

「ちょっと考えれば分かりそうなものだったんだ、森にドラゴンが現れたからアイセタールが浅い部分に出てきた。これだけの話だったのよ」

「で、でも待ってください! 森にドラゴンが現れたなら何故そのことを里は学園に言わなかったのですか? アイセタールの忠告がくるならドラゴンの忠告が来てもいいはずですよね……?」

 ミハードが言う。

「チッ、これだから甘ちゃんは。いい、よく考えて、第一に里にも体裁というものがあるし、第二にドラゴンを狩るというのは一種の名誉だからそれを学園に取られたくはない、第三に狩ったドラゴンを素材として竜研究や新しい武器を作ることもできるのは知っている? 何もそれは学園だけじゃなく他の勢力も同じなの。以下の理由から里はドラゴンの存在を隠匿している」

「アイセタールのことだけ学園に伝えたのは?」

「里はドラゴンの存在を隠しておきたいんでしょ? なら知られないようにすればいい、じゃあどうするか、決まってる。近付かせなければいいのよ、そして、アイセタールの騒ぎが起きれば学園は今回のあいさつ回りを延期するとでも思っていたんだろう。ま、生憎私がそれよりも先に二人を派遣したがな――お、さっきの音の原因はおそらくこれだろう」

 ソルミレン達が立ち止まった目の前には、直径2メートルほどの大岩だ。半身が地面にめり込んでいて、岩の周りにはちらちらと燃えている所がある。

「ミハード、水精霊でも呼び出して火を消してもらえる? 周りに燃え移ったりしたら洒落にならんわ」

「は、はい!」

 ミハードが杖を取り出して精霊を呼び出しているところ、ソルミレンはレオにこう聞く。

「レオ、これをお前はどう見る?」

「炎岩のブレスか? しかし、この辺りにはそんなブレスを吐くドラゴンなんて聞いたことないぞ」

 サイエルの森、並びにその周辺に存在するドラゴン種は確認されているだけで3種類いる。しかし、その内2種は小型種で学園の教員なら一人二人いれば片が付く。残りの1種は草食の中型ドラゴンだが、穏やかな性格で争いをすることはほとんどないし、ブレスは強風を吹くのでそもそも当てはまらない。

「そうなると、新種か遠くから飛来してきたやつか。どちらにせよ俺とミハード先生だけじゃ中型は狩りきれないな」

「お前って魔法使えたっけ」

「生憎と俺は肉体派でね、魔法はからっきしなんだ」

 しゅ……。燃えている所に水が掛かり火は消えた。と、同時にミハードが呼び出したと思われる青色の精霊も色彩を失って見えなくなった。

「お、おわりました」

「ん、ご苦労。ところでアンタ学園と連絡取れるような魔法持ってる?」

「あ、いえ、その、すいません」

「うん、大体わかってたからいいよ、全然期待もしてなかったし」

「あ、でも精霊なら何とかなるかも」

 ミハードは手を合わせて、名案を思い付いたと言いたげな表情を作った。

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