第24話

 ダン! サリエス・レオモン、通称レオは机を拳で叩いた。

 職員会議のさなか、銃使い科の生徒がエレンの姿が見えないといった報告をしたからだ。

「軽はずみな報告をするなよ、ちゃんとしっかり探したうえでの報告なんだろうな?」

 レオのいつもには無い威圧に気怖じながらも、銃使い科の生徒は「はい」としっかりと返事をする。

「そうか……わかった、下がれ。教室に帰ったらみんなに自習しろと伝えろ」

「はい」

 生徒は、一礼してから職員会議室を退室した。

「……決まりですね。普通科のフィア・イリアだけでなく、銃使い科のヘルス・エレンまでもがレイナ、セレン司書の両名に拉致されました」

 アスレインは、会議の議長として、新たに浮かび上がった問題を復唱することで事態を重く受け止めるようした。

(それにしても、あの小娘もよく問題を起こしてくれるものです。それも、よりにもよって、クソジジイがいない時に限って)

 アスレインは会議室全体に視線を送る。

「学園長代理として、レイナ、セレン司書の両名を学園追放、並びに、学園の情報漏洩の危機と見做し、見つけ次第即刻始末します」

「し、始末ですか!?」

 始末の言葉に過剰に反応したのは、背の小さいメガネをかけたエルフの教師だった。

 精霊魔法科、四大元素の火・水・風・土の魔法の基本と、精霊の力を借りて発動する魔法を教えるその学科の担任であるミハードライムエリムシン先生だ。

「さ、さすがにそれはやりすぎかと…………」

 弱々しい物腰ではあるが、アスレインの決断に納得がいかないことを主張する。

「ミハード先生、そもそも、あなたがレイナ達を取り逃がしたからこそこの決断をしたんですよ」

「そ、そんな……私のせいで……」

 事実、レイナ達が脱走した際に、彼女らを追いかけていたのがミハードだ。

 しかし、

「違います」

「え?」

「ミハード先生がレイナ達を逃したから彼女らを処分する決断を下したわけではありません。私よりも強く、有能な教師を退けた彼女らの異常性をも考慮してこの結果を出したのです」

 そう、剣技だけならアスレインは誰にも負けない自信と実力があるが、総合的にみれば彼女は教員の中では弱い部類だ。そんな彼女よりも実力も経験もあるミハードから逃げ切ったという異常性、アスレインはそのことを重く見ていた。

「生徒のくせに、それも、ちゃんとした学科ではない生徒レイナが実力者のミハード先生を退けたのですよ? もしこのまま彼女が成長して、その時また学園に牙をむいた時、我々の戦力では少なからず被害を出してしまうでしょう。そうなってからでは遅い、学園にとって危険分子である彼女は始末出来るだけの口実を我々に与えてくれています。行動は早い方がいいです」


「流石に生徒のことに関することですよ? 学園長の意見もなしに我々が勝手にしてもいいのか、はなはだ疑問ですね」


 会議室の扉が開き、入室と同時にアスレインの熱弁に反論を入れたのはソルミレンだ。アスレインも、まさかソルミレンが会議に出席してくるとは思っても見なかったので少々面食らったようだ。

 ソルミレンは開いている席――レオの隣に勝手に座って、頬杖をつく。

「――ソルミレン先生……まさか出席なさるとは思っても見ませんでした」

 面食らったのはレオも同じようで、真っ先に思ったことを口にする。

「そーか、普段アンタが私のことをどういう風に思っているかがこれで露見したな」

 レオとの軽口をかわしている間に、アスレインは乱した調子を整えていた。

「しかしソルミレン先生、学園長の意見を聞こうにも現在学園長は仕事もせずにどこかに遊びほうけに行って行方知れずの状態です」

「前から思ってたんだけどさー、アスレイン先生って学園長のことになるとちょっと言葉にトゲがあるよな」

「論点をずらさないでもらいたい」

「いや、そんなつもりはないんだけどね、ただふとそう思っただけ。えっと、学園長の行方は、この間の騒動で学園の隠密部隊所属になった忍者たちが捜しています、じき見つかるでしょう。そんなことよりも優先度の高いものがあるじゃないですか」

「か、カザキリ・ソラとスナプ・ルナのことですか……?」

 ミハードがおずおずと言うとソルミレンは口角を上げてニッとする。

 つられてミハードもニッと笑みを浮かべたところで「違います」と断言した。

「まあ、確かに個人的には妹と後輩の心配はしてますけど、いまはそれよりも大きな問題があるのでそちらを優先します」

「……というと?」

 ソルミレンは立ち上がる。

「外交を担当している事務のほうから言わせていただきますと、早急にエルフの里の救援に向かう編成チームを出発させるべきという意見を出します」

「それはもうゲルニア先生が担当されています」

「…………」

 この会議で、腕を組んだまま一度も口を開いていないゲルニアは、特に反応を示さない。

「ゲルニア先生、質問よろしいですか」

 ソルミレンはゲルニアの方に首を向ける。

「……なんだ」

 重く閉ざされていた口が開いた。

「率直に聞きます、討伐隊はあとどれくらいで森に向かえますか?」

 この問いに対してゲルニアは二秒ほど目を瞑ってから答えた。

「編成にあと一日、その後の装備の調整に半日。森には『石門』を使うとして到着したら仮拠点づくりにもう半日。実際にモンスターを討伐するのは二日後からだ」

「遅い! 人間の子供が乳離れするより遅い!」

「あ、あの、さすがにそこまで遅くはないと思いますよ?」

「五月蝿い、こういうのは勢いで言ってるんだから細かい所はツッコむな!」

「す、すいません!」

 ミハードは若干涙目になった。

「形式だけでも、エルフの里とは交友関係を結んでいたいのならもっと早急にするべきです。まあ、エルフの里と交友関係を切りたいなら私は何も言いませんが」

 ミハードをチラリとみて、ソルミレンは席に座った。

「あ、あの、エルフの里との交友を切るなら、私は里に帰らなければいけませんが……」

 エルフの里トップクラスの実力者であるミハードは、学園と里が交友関係を結んだ時に派遣された者だ。その交友がなくなれば当然ミハードは学園を去り里に帰る。学園としては有能な教員を一人失うことになるのでそれだけは避けなくてはならない。アスレインもそれは重々承知しているはずだ。

「と! いうことで、『石門』を使ってとっとと森に行くことをお勧めします」

 ソルミレンはしてやったりのドヤ顔をアスレインに向けた。

「……わかりました。確かにソルミレン先生の言うことも一理あります、では第一優先事項をエルフの里の支援として教員三名を現場に向かわせます。何か異論はありますか?」

 アスレインは会議室全体を見るが、とくに異を唱える人はいなかった。

「わかりました。では、レオ先生、ミハード先生、私の三人で行きます」

「ちょ、ちょっと待った!」

 異を唱えたのはやっぱりソルミレンだった。

「今度はなんですか」

 ややうんざり気味のアスレイン、実はアスレインはペースを乱してくるソルミレンのことを苦手だったりする。

「学園長代理のアスレイン先生はここに残った方がいいでしょう? こういう不祥事は重なるものですから」

「では、私の他に誰が行くと言うのです? まさか、あなたが行くとでも言うのですか?」

「お、よくわかりましたね。いやあ、なんだかんだ言ってやっぱりあの子達が心配で心配でたまらないんですよ。ということで私が出ます」

「もう好きにしてください」

「ん、わっかりました」

 少々おふざけ気味に、ソルミレンは敬礼をして、さっそく準備に取り掛かるためにレオとミハードを連れて会議室を出てゆくのだった。

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