第23話
ここに行きつくまで――ソラ、エレンは普通に森の静けさに便乗して、アイセタールに見つからないように静かに息を殺しながら進んでいった。
「それにしても、いつまでこうしているんでしょうか」
「何が?」
「何がって、迷走のことですよ、ソラさん。わたし達もいつまでも森の中を移動できるわけじゃないんですから。一日くらいでしたら何とかなりますけど、お腹もすきますし、銃弾も心もとない。常に神経を張り巡らせて周りを警戒して、休める時間なんてほとんどない。こんな状態じゃさすがにちょっとまずいって思っちゃいます」
「そうだな、確かにそれは言えている。俺たちの体力が尽きるのが先か、救助隊が来てくれるのが先か……まあ、とにかく、今俺らができることと言ったらこうやって逃げ延びて救助隊を待つことだ、気を強くもて」
「はい、わかりまし――」
エレンのセリフが言い終わらないうちに、その声をかき消す大きな声が聞こえた。
「「きゃぁああああ!」」
条件反射でソラとエレンは臨戦態勢に入る。それぞれの得物に手を掛け、周囲を注意深く見渡す。
「アイセタールか?」
「いいえ、ちょっと今までとは違った鳴き声でしたよ? これはむしろ――」
またしても、エレンの声をかき消すほどの大きな音がした。
バキバキバキ! それは何度も聞いた木々が倒れる音、そして「誰か助けてー!」と叫ばれる救援要請。その声はソラ達のよく知っている者の声だった。
「ルナか!」「ルナ姉ちゃん?」
瞬時に、ソラは状況の把握をする。
(悲鳴は二重に重なっていた、つまりルナとエルフの少女の声か。その後の木々の倒れる音はアイセタールが木々を倒した音、その直後にルナの声、つまり……ルナたちはアイセタールに追いかけられているのか!)
「ソ、ソラさんどうしましょう?」
エレンが戸惑いながらソラに意見を求める。
「エレン、ルナ達を助けるぞ。一発だけ銃を上に向けて撃て」
「え、でも……」
エレンは貴重な弾を無駄に消費したくない思いで行動を思いとどまる。
「いいから、俺を信じてくれ、エレン!」
いつになく真剣なまなざし、見詰められたエレンは少々顔を赤らめながらコクンと頷く。手にかけていた『Param03』を引き抜いて、空に撃つ。
パーン。
どこかちょっと安っぽい発砲音が森の中に響き渡る。それに伴い、硝煙の匂いが少々空気に溶け込んだ。
「でも、銃を使っちゃったら、モンスターを呼び寄せちゃうんじゃないんですか」
「そうだ、ルナ達を襲っているアイセタールをこっちに呼び寄せる」
(だけど心配なのは、いまルナ達を襲っているアイセタールがちゃんとこっちに来てくれるか、また、別のアイセタールが来てしまう可能性もある。だけど、いくら考えても考えは変わらない、ここでルナ達を見捨てる真似をしようものなら、俺は何のために学園にきたっていうんだ。だけど当然リスクもでる、だから――)
「エレン、いまから別行動だ、忍び歩きで気配を消しながら――「嫌です!」
エレンは、ソラの言いたいことを理解し、その上でソラのセリフを塗りつぶして否定した。
その顔はちょっと怒っているような、泣いているような何とも言えない顔だった。
「絶対嫌です」
「エレン、危険なんだ」
「そんなこと百も承知ですよ、冒険者とは、常に危険と隣り合わせな物なんですから」
「正直、素直にソルミレン先輩の言う通りルナと二人できていればエレンは危険を冒さずに済んだというのに、クッソ、俺は馬鹿か!」
言うことを聞かないエレンを、危険に巻き込んだことに相当の呵責を感じているソラ、そこにエレンがこう言う。
「わたしはソラさんと離れたくありません、でも、ここにいたらソラさんの足を引っ張りかねません。だから、ちゃんと私を守ってくださいね、ソラさん」
アイセタールが近づく音がする。ちゃんとアイセタールが銃声を聞いたのか、ルナが気転を効かせてこちらに誘導しているのかは分からない。
「くそ、こうなりゃヤケだ、エレン、俺の指示には絶対に従えよ」
「はい!」
ぎぃいいいいいい! ばきばき、近くの木々が倒れる。もう目に見える距離に迫っている。
「ルナ!」
「ソラくん、逃げて!」
久方ぶりに見たルナの顔は、緊張と多少の恐怖が入り混じった顔をしていた。
(ンなこと言ったって、もうそんな状況じゃないっつーの、どうにかして、乗り越えるっきゃ…………)
一瞬、思考が停止した。
そのソラが今まで見掛けたアイセタールの二倍ほどの大きさで、大きな腕には突起したトゲが刃のようにギラリと光る。
「ぎぃいいいいいいいいいい!」
新たな獲物をみつけた喜びを表すかのように、巨大なアイセタールはソラ達を見て咆哮する。
(おい、なんだよコイツ、いままでの奴とはぜんぜん違うじゃないか!)
紅い目が明確な殺意をもってソラ達を睨む。
「ヤバ――」
グォン! 太く、かなりの物量を持った腕がソラに襲い掛かる。それに、今回は刃のような突起がある。鎧や甲冑などの防具を身に着けていれば話は別だが、一撃でも貰えば致命傷は免れないだろう。
「助太刀致す!」
腕が振り下ろされるまでの瞬間、闇がソラとエレンを包んだ。
「なッ!?」
闇に包まれたと理解した瞬間には、そこからもう解放されていた時だった。
「……危なかったにござるな」
ソラ達はアイセタールから少し離れたところに移動していた。そこで、ソラは白雪に助けてもらったことに気が付いた。ソラ達は白雪の空間移動によって助けられたのだと。
「白雪、お前!」
「白雪さん?」
「……もう安心するがよし、某たちには心強い味方がついておられる」
「それって」
「セレン! あのでかいのを拘束しろ!」
「はいはい」
聞きなれた傍若無人の化身みたいな声が聞こえたかと思ったら、次の瞬間にはアイセタールが光のロープみたいなものでぐるぐると巻かれていて、身動きが取れなくなっていた。
「うおりゃあああああ! もらったぁあああ!」
爆発的な接近で、どこか森の奥から現れたレイナは、束縛されたアイセタールに一太刀を浴びせた。
左腕から胴体に横薙ぎに振るわれた槍は、硬い甲殻を持つアイセタールに片腕を吹っ飛ばすのと、横腹を切り裂かれるという結果を残した。エレンの銃弾をもはじく装甲のような甲殻も、レイナの前では何の意味もなさなかったようだ。
未だ己が身に何が起こったのか理解できず痛みに荒れ狂うアイセタールから距離を取るとレイナは後ろを振り向かずソラに話しかけた。
「ようソラ、やっぱり元気そうじゃねえか」
「レイナ、どうしてここに!?」
「ソラくんが心配だったから、学園側と問題起こしてでも強引に森まで様子を見に来たんだよ」
レイナがハイスピードで走ってきた道を、悠々とマイペースに歩きながらセレンは説明した。その後ろを、おっかなびっくりしながらイリアがついて歩く。
「セレンさん、それに…………君は確かイリアって言ったよな、どうして彼女まで」
「チッ、セレン、お前はちょっと黙っとけ!」
「そうはいけないよ、聞かれたら答えるのが礼儀だからね。僕はレイナちゃんに協力してるだけだし、彼女も自分の意思でここに来ることを望んだ、それだけのことだよ」
前半はレイナに、後半はソラの質問に答えるセレン。その後ろでイリアは(ソラくんが私の名前を憶えていてくれた!)と、内心思って顔を赤らめている。この場で唯一、殺伐とした戦闘の風景に似合わない存在だった。
「自ら望んでって、いったい何を……」
「フン、まあゴチャゴチャ考えるのは後にした方がいいぜ」
ソラのセリフにレイナはストップをかける。
この時、レイナと白雪、そしてエルフの少女は周囲の変化に気が付いていた。片腕を飛ばされて荒れ狂うアイセタールの鳴き声に呼び寄せられて、いつの間にか複数の茂みに気配を殺したアイセタールが潜んでいることを。
「……ソラ殿、注意されたし。古森の警護隊に囲まれておりまする」
「え?」
白雪に注意されて初めて周囲を警戒して見た所、ソラにも木々の木の葉の隙間から見える黄色い甲殻が複数あることに気が付いた。
(いつの間に!?)
「セレン! アタシが全部片付けるからよぉ、その間ルナとエルフっぽい女の子を守れ」
レイナがさも当然のようにセレンに言いつける。
「手は貸さなくてもいいのかい?」
「邪魔だ、すっこんでろ」
「はいはい」
セレンは苦笑してから、軽く杖を振った。
「え?」「あれ」
それだけで数メートル離れた位置にいたルナとエルフの少女は、いつの間にかセレン達のすぐ近くに移動していた。
『無言魔法』、セレンの才能であるそれは、呪文を唱えずに魔法の発動をすることができるのである。
(魔法の適性が低い俺からしてみれば、うらやましい能力だ)
ソラは無い物ねだりだと自覚しながら、セレンの才能をうらやましく思った。
「白雪、レイナを手伝うぞ。エレン、セレンさんの所に行ってくれ」
「承知」「危なさそうにみえたら、すぐに銃弾で介入しますからね」
白雪は即答、エレンは条件付きでの了承を得た。
「ぎぃいいい!」
『ぎぃいいい!』
負傷のアイセタールが咆哮すると、近付いていた複数体のアイセタールもそれに反応するように吠える。
「今更だけど、あの片腕がぶっ飛んだ奴はアイセイントだね、アイセタールの上位種で、アイセタークよりも大きな体をしてる、見ての通り腕の部分には突起した大きなトゲがあるよ。それからアイセイントは群れを率いることもある、寄ってきたアイセタールは多分群れの連中じゃないかな? 個体の目撃数は少なく、解明されていない事も多いとか」
「なあセレン、その説明は今、必要あるか?」
既に交戦体勢のレイナが不敵に微笑む口から八重歯を覗かせている。
「いや? 参考までに言ってみただけ」
「あっそう」
レイナは駆け出した。
「セイッ!」
レイナはスピア系の槍で、近くにいたアイセタールに斬りかかった。やっぱりアイセタールの甲殻はレイナには通じないようで、あっさりと太い首が体幹部から外された。
レイナが一体目を倒したとき、アイセタール達も動き出した。まず、三体ほどのアイセタールがセレン達に襲い掛かる。しかし、
「残念、ボクじゃなくてレイナちゃん達と戦ってね」
セレンが軽く杖を振るうと、セレン達五人を守るように光り輝くバリアが張り巡らされた。アイセタール達の拳はバリアに阻まれてセレン達に届くことは無かった。
「光の壁!? こんな高度な魔法を一瞬で……」
エルフの少女が目を見開いて驚く。
「これでも優等生だからね。ほら、ソラくん、この三体はキミに任せるよ」
セレンが杖を持っていない左手を軽く振るったら、セレン達に襲い掛かってきた三体のアイセタールはソラと白雪の前にテレポートされた。
「白雪、頼む!」
「……承知!」
唐突のテレポートで目に映る風景が変わったことに驚いているアイセタール達に、白雪はクナイを数本投げつける。しかし、そんなものは甲殻を持つアイセタールにはあまり意味のない攻撃だ。だが、ソラが頼んだのは攻撃の意味ではなかった。
「『ヴォンドルガ』」
ソラは呪文を唱える。と、同時に走り出した。ソラの動きを基準とするなら、周りがスローモーションみたくゆっくりと動いている。
ソラは白雪が投げたクナイめがけて走る、もちろんクナイもスローモーションだ、そしてゆっくり飛んでいるクナイに飛び乗った。ソラが白雪に頼んだのは足場作りのことだったのだ。ソラは白雪が投げたクナイを階段のように扱い、アイセタールとの身長差を埋めた。トリッキーかつ奇想天外な動きで、そのままナイフを振り下ろす。
「うおおおお!」
ナイフでも眼ぐらいは傷つけられるだろうとの憶測で、ぶつかる瞬間に合わせてアイセタールの目にナイフを突き立てる。
ぶちゅ、昆虫のような赤い目から、紫色の液体を出して、アイセタールは声を荒げた。
他の二体のアイセタールは、ソラを攻撃しようと殴り掛かるが、直前にソラに避けられて、結果的に同士討ちをしてしまう。
「ソラ、テメェ! 邪魔なんだよ、すっこんでろ! セレン! ソラを抑えとけ、白雪もだ!」
ソラと白雪が退避していないことに気が付いたレイナが、セレンに丸投げする。セレンもなれたようで、また左手を軽く振るうとソラと白雪は光のバリアの中に移動していた。
「ソラさんも結局、足手纏いだったみたいですね」
エレンの邪気のない言葉に言われては、身も蓋もない。
「みたいだな、なんだよ……なんで嬉しそうなんだよ」
「いえ、何でもありません」
妙にご機嫌でエレンは答えた。
その間にレイナは、五体のアイセタールをばらばらにして、いま、アイセタールの上位種アイセイントにトドメを刺したところだ。残っているアイセタールはソラが相手をしていた三体だけになった。
「これで、終いだ!」
その場から跳躍で身長の何倍もの距離を跳び、真上からソラが傷付けたアイセタールを縦半分に割った。着地した瞬間には、近くにいるアイセタールの片足を切断し、状態をぐらつかせて残る一体に向き直る。殴り掛かってきたその腕をカウンターで斬り落とし、喚いているところを接近して首を飛ばす。残った足負傷のアイセタールに槍を投げつけて絶命に至らせた。
「はい、これで全部かな?」
「……うん、そうみたいだね」
セレンは、囲ったバリアを解いた。
「結局、俺は何もできなかったな」
「うんん、そんなことないよ」
うなだれそうになるソラにそんなことを言ったのは、ルナだ。そして、ルナの後ろに綺麗な金髪のエルフの少女が気まずそうにこちらをチラチラと見詰めては視線を逸らす。
「だって、ソラくんはこの娘を助けたんだもん」
「それだって、俺の魔法ではほとんど回復しなかったじゃないか。その娘を助けたのはルナの方だよ」
ソラの返答に、言い返したのはソラをチラチラ見ていたエルフの少女だ。
「確かに、回復量で言えばアナタよりルナさんの方が多かった。ですが、聞くところによると、アナタがいなければルナさんの魔法も間に合わなかったそうじゃありませんか。ルナさんには当然にですが、アナタにもお礼が言いたくて……」
「でも、ほら、モンスターに襲われちゃって、お礼を言うタイミングを逃しちゃって」
エルフの少女を擁護する形のルナ。でも、ソラには毛頭エルフの少女に何か言うつもりはない。
「私を助けてくれてありがとうございます。この恩義は一生忘れません」
腰を直角に曲げて頭を下げる。
「そんな! 別に俺は……ただ当然の事をやっただけで……」
「なあソラよぉ、話が全く見えないからアタシらにもわかる説明してくれ」
いつの間にか回収していた槍を、両肩に掛けてレイナが聞いてくる。
その後ろで白雪とセレンが「回収しないとニオイに釣られてくるからね」「そうにあるな」とか言いながらレイナが虐殺したモンスターの死骸を片付け始めている。
「というか、そのエルフっぽい奴ダレ?」
「あ、えっとこちら森の奥で倒れていたところ、ルナに見つけてもらった……ええと、そういえば名前まだ教えてもらっれないよね……」
「そうでしたね、まだルナさんにしか名乗っていませんでした。私は、ニカアグネスディラン。ニカでもアグネスでもディランでもなんでもいいわ」
「長いな、エルフはみんなそんな長ったらしい名前なのか?」
「レイナさん、失礼ですよ!」
ルナがレイナに険を飛ばす。
(というか、二人は知り合いだったのかな?)
「ルナさん、いいんですよ。エルフ族と関わりのないものが聞いたら、首をかしげるでしょうし」
「えっと、じゃあニカって呼んでいいかな?」
迷ったがソラはニカと呼ぶことにした。
「ええ、どうぞ」
「じゃあニカさん、さっそくで悪いんだけど、俺らエルフの里を目指してここまで来たんだ」
「ええ、ルナさんからお話は伺っております」
「それは話が早い、じゃあ里までの案内をお願いしてもいいかな」
「もとより、そのつもりでした。恩人たちの願いを無下にはできませんものね」
「あー、なんつーかよぉ、行くならさっさと行こうぜ。実はアタシら学園に無断でここまで来たんだ。もしかすると追手が来てるかもしれないし」
レイナが若干ばつの悪そうな顔でそんな申告をした。
「ええ!」
ソラは驚いてイリアの方を向く。
レイナとセレンなら学園の意向なんか無視してそうだけど、一般生徒のイリアまでそんなことをするようには見えなかったからだ。
「あ、その足手纏いはセレンが勝手に連れてきたんだ」
「ちゃ、ちゃんと私の意思できました!」
「はいはい、どーでもいい」
レイナは手をヒラヒラさせて適当にあしらった。
「セレンさん、何考えてんですか……」
未だ白雪と後片付けをしているセレンを見詰め、ソラは溜息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます