第22話

 学園の教員たちの追手を打ち破り、学園の外に出た瞬間に空間移動を発動させたレイナたちは、多少の疲労を残しつつも無事にサイエルの森に到着した。

「よし、無事到着だな」

 右手に槍を、左の小脇にイリアを抱えたレイナが不敵脳な笑みと共にそうつぶやく。

「お疲れさま、さすがレイナちゃんだよ、本来なら一キロ程度が限界の空間移動を何十回も唱えてここまで飛んでこれたなんて、並の魔法使いじゃできないことだよ」

「ふえ~、気持ち悪いです~」

 イリアはレイナの手の中でぐったりとして目を回している。空間移動は脳に負担が掛かる、そんな空間移動を短時間で何度も体験したイリアは眩暈と吐き気と他色々がいっぺんに襲い掛かっている状態だ。

「ああ、イリアちゃんはリフレッシュしないとね」

 セレンは杖を取り出してぐったりしているイリアに向ける。ちなみに、セレンは以前ソラの周辺のことを調べた時にイリアのことも調べたので知っている。

「ラフィール」

「う、う~、あれ、気持ち悪くなくなった?」

 イリアは不思議そうに驚いている。白魔法使いになりたいイリアは、回復魔法の分野の勉強をしているのだが、イリアの知る限り『ラフィール』という呪文は知らなかったのだ。

「この魔法は、体力の回復じゃなくて気分のリフレッシュや疲れを取り除く魔法だからね、ほとんど実践向きの呪文じゃないから授業じゃ扱わないんだよ」

「へえ、そうなんですか」

「うん。さあ、レイナちゃん、そろそろその子を下してあげてよ」

「お前のせいで今までおろすタイミング失っていたんだよ」

 レイナはそう言い捨てると、少々乱暴にイリアを地面におろした。

「だいたい、なんでお前はこんな足手纏い連れてきたんだよ」

「連れてたのはレイナちゃんだけどね」

「そういう意味じゃねーよ! アタシが言っているのは意味の方だよ、お前の考えのことだよ!」

「まあ、気にしないで。イリアちゃんが足手纏いでも、レイナちゃんならカバーしきれるから」

「私、足手纏いなこと前提ですよね?」

 イリアがちょっとしょぼんとする。一応の自覚はあるようだ。

「ん……? ちょっと待て、何かくる」

「ッ!?」「ふーん」

 イリアは目に見えてわかるように体をこわばらせて、セレンは興味深そうに喉を鳴らした。

「ぎぃいいいいいいい!」

 黄色い甲殻がものすごい勢いで森の奥からレイナに突っ込んできた。

「フン」

 レイナはタイミングを合わせて槍を外側に振るった。

「ぎぎゃ!」

 見ように、レイナは軽く槍を振っただけなのに、アイセタールは吹っ飛ばされて、飛んで行った先の木を二、三本折って勢いを殺した。

「ふうん、アイセタールか、なかなかの中型モンスターがいたものだね。たしかにこれは、ソラくんにはキツイ相手かな?」

「セレン、その足手纏いから目を離すなよ、下手に巻き込んでもアタシが困るからな」

「うん、分かったよ。僕も大人しく見学しておこうかな」

「そうしろ」

 ブン! ブン! レイナは持っていた槍を肩慣らしするかのように振り回した。

「ハァ!」

 地を蹴り、ダメージが入っていてまだその場から動けていないアイセタールに突っ込む。

「セイ!」

 スパッ! 光線の如きに接近して一瞬のうちにアイセタールの胴体を斬り捨てた。ソラがはじかれると判断し、実際にエレンの銃弾をはじいた甲殻は、レイナの前には意味をなさなかった。

「ぎぃ、ぎぎぃぃぃ」

 アイセタールは断末魔を上げて絶命した。

「フン、本気を出すまでもないな」

 つまらなそうに吐き捨てると、レイナはセレン達の方に戻る。

「お疲れ、レイナちゃん」

「おう」

 一瞬で中型モンスターを絶命させたレイナに、イリアは恐怖と戦慄と、憧れを同時に覚えた。

(すごい、あの硬そうな甲殻を切断できるなんて)

 普通、甲殻や角、骨など硬い部位を攻撃する場合、ハンマーなどの鈍器で殴るのが主流だ。それをレイナは切り裂いた。たとえるなら、大石を剣で斬ったようなもの。

(めちゃくちゃだけど、噂以上にこの人強い……!)

「きっとアイセタールはさっきの一体だけじゃないだろうね、エルフの里や学園が大事おおごとにしたところから、アイセタールは複数体いるだろうね」

「複数体ですか! あんなのが、まだいるんですか!」

 イリアは驚いているが、レイナは特にそうでもなく、むしろ少し呆れているようだ。

「はん、そんなこったろうと思ったよ。もののついでだ、遭遇したモンスターは片っ端から駆逐してやるよ」

「言うと思ったよ、まあ、いいんじゃないかな? 問題はその後だけどね」

「その後、ですか?」

 イリアが聞く。

「ああ、言ってなかったかな。学園の許可なく強行突破で外に出たってことは、そう言うことだよ」

「え、もしかして、退学ですか」

「だと、まだましかな? 最悪、情報漏洩を防ぐために……」

 くい、とセレンは親指で首をきる動きをする。

「かな?」

「イヤ――ッ!」

 心の底からの叫びだった。

(うそ、そこまで酷いの? 確かにレイナさん達は先生が止めるのを聞かずに、追手の人を容赦なく返り討ちにして外に出たけど、私も便乗して何回か魔法使っちゃったけど、なにもそこまで酷い罰を受けるとは思ってなかったんだもん!)

「だから言ったんだよ、なんでセレンが足手纏いを連れてきたのか、訳が分からないぜ。それと白雪、とっくに気付いているからさっさと出て来い!」

「え?」

 イリアが不思議そうな顔をしたその時、誰もいない目の前の空間に突然『闇』が生じた。

「ええ!」

 闇はすぐに薄れていき、その中から闇と同じ色の忍者装飾と、対なる銀の髪をした少女――白雪がそこに現れていた。

「……さすがレイナ殿にあるな、こっそり後を付けて行こうと思っておったが、こうも簡単に見つかるとは、某の腕も落ちたのう」

「疲れているんだろうよ、忍者といえどもアンタ戦闘向きじゃないだろう?」

「……! よくわかったでござるな、確かに、某は情報収集型の忍びにござる」

「ソラはどうした、ルナやエレンの姿も見えねえが」

「実は……」

 白雪はこれまでの顛末を軽く説明した。

「で、ソラとエレンが行方不明か。ルナたちの場所は分かるか?」

「移動していなければ」

「十分だ。そこの心配はない訳だな。なら次、アンタはアタシ達をソラとエレンの所に連れて行ってくれ」

「……話を聞いておらぬかったか? 某は今それを探している最中じゃ」

「ちげぇよ、早く見つけろと遠まわしに言ったんだよ」

「ッ?」

 白雪の戸惑いに、セレンは軽く失笑した。

「ほら、早くしろ!」

「しょ、承知」

 白雪を先頭に、レイナたちは森の奥深くへと入って行った。

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