第21話
教員塔にて、レイナとセレンは、今回、サイエルの森にいるソラ達を救出するための捜索隊を指揮することになった、ジェイム・ゲルニアの個室を訪れていた。
「だっから、何度も言ってるだろう! アタシを捜索隊に入れろって言うのが何で分からないんだ!」
「だったら何度でもいうが、一般生徒によるサイエルの森侵入は禁じられている」
「アタシは! 特別執行部の人間だ!」
「……特別執行部の存在は一般生徒には秘匿されており、その役員も秘匿性のために役員であることを秘匿されなければならない。つまり、特別執行部の肩書は、一般生徒の知るとこになってはならない」
「つまり?」
レイナは眉間にしわを寄せ、腕を組みながら、ゲルニアを見上げる。
「一般生徒と同様の扱いになるお前を捜索隊に同行させることはできない」
「テメェ! アタシの話を聞く気ないだろう!」
「まあまあ、落ち着いてよ、レイナちゃん」
今にもゲルニアに手を上げそうになるレイナを、今迄黙って後ろに控えていたセレンがなだめる。
「セレン、お前もコイツの味方かよ!」
「落ち着いてってば、冷静になってよ、レイナちゃん」
暴れるレイナを、後ろから羽交い絞めにして、セレンは諭す。
ソラ達が学園を出立して四日目。学園にエルフの里からはぐれモンスターの情報が回ってきてから二日目がたった。学園の敷地として利用しているサイエルの森に出たはぐれモンスター、アイセタークを討伐するべく、学園はソラ達の捜索と銘打って、サイエルの森に討伐隊を向かわせる準備をしていた。
学園の中で、少し特殊な立ち位置にいたレイナたちは、そのあたりのことも心得ており、捜索隊兼討伐隊に加えてもらおうとしていたところだった。
(よく考えてみてよ、レイナちゃんは生徒の中でも実力はトップレベル、そんなレイナちゃんが自ら名乗りを上げているのにそれに食いつかないってことは、何か裏があるんだよ)
レイナの耳元で小さく呟く。
「ここはいったん素直に引いておこう、ね?」
セレンは拘束していた手を緩める。
「――クソ!」
レイナは乱暴にセレンの手から逃れると、床に唾を吐いて教員塔の出口に向けてのしのしと行ってしまった。
「すいませんゲルニア先生、それでは僕も校舎に戻ります」
レイナの非礼を詫びて、セレンはレイナの後をゆっくり付いて行った。
フィア・イリアの学園での生活は、どたばたの連続だった。
入学直後、与えられた部屋には何故か別の人が使っており、途方に暮れていた。偶然近くを通り過ぎた教員が事情を調べてくれて、部屋は戻ってきたが、その人の入学を取り消してしまったらしく、そのことがずっと気がかりで学園生活を送っていた。
イリアには夢があった。それは魔法使いになる事だ。といっても、傷付ける魔法じゃない、癒す方の魔法を使う白魔導師になれればいいなあ、と夢見る少女でいながら、自分には才能がないと思い込んでいる。この学園の普通科の制度を利用して、まずは魔法の基礎を学びつつ、ある程度の実力が付いたら白魔法科に編入しようかと計画をしていた。
そんな計画を胸に秘めつつ、学園生活を送っていたイリアは、臨時事務員をしていたソラが街に買い物に行ったきり帰ってこなくなったと事務の先生から聞いた。
部屋の追い出しのことをずっと気にしていたイリアには、知った時のショックは大きかった、その後数日、勉強にも身が入らなくなり、自然と溜息が多くなってきた頃、ソラが帰ってきたと学園の噂を耳にした。事実確認のために、その噂を聞いた日のうちにソラの姿を探して見つけた。少々やつれていたが、体には異常がなさそうで心底ほっとした。
と思ったら、またいつの間にかどこかに出かけたらしく、部屋の追い出しのことを謝ろうと思っていたイリアは拍子抜けた。ならば帰ってきてから言おうと心に決めたイリアは、二日後にソラの出かけ先のサイエルの森に、『はぐれモンスターが出現したので、これからクエストに向かおうとしていた生徒は、クエストの取り消しを行うように』という掲示を見つけた。
「うそ……?」
普通科の一年生のイリアは、まだクエストを受けれる訳でもなかったが、掲示板の前で、呆然とした。腕に抱えていた次の授業の教科書を取り落してしまうほどに、動揺した。
交わした言葉は少ないが、イリアの心は確実にソラに向いていた。追い出しの一件からソラが臨時事務員になったのを自分のせいだと思って、ずっとソラに謝りたいとソラのことばかりを考えていた。そしてそれはいつしか、ソラのことがそういう意味で気になりだすほどに。
自分の好きな人がそんな危険なところにいると思うと、もしものことを考えてしまってしまい、それで動揺したのだ。
「あ、君、教科書落としたよ、ほら」
近くを通りかかった人が親切にもイリアが落とした教科書類を拾い、ほこりを払って渡してくれる。
「え? あ、ああ、ありがとうございます」
その人から受け取り、礼を言う。
「セレン、何やってんだ、行くぞ」
男の名前はセレンというらしく、そこから数メートル離れた地点に、藍髪の荒々しい少女がセレンを呼んだ。
(あ、)
イリアは彼女を知っている。いや、イリアだけでなく、この学園のほとんどの生徒が彼女のことを知っているだろう。入学してすぐに、彼女の噂はいくつも耳にしたことがある、お世辞にも、あまりよくない噂もあった。それらの噂を総合すると、彼女は強く、気性の荒い気紛れな少女だということになる。そんな彼女と、行動を共にしているこの男は一体何なのだろうと、イリアは少しだけ興味を持った。
興味を持った、が、自分に係わりのない事だと思い、イリアは会釈して、この場を離れようとセレン達に背を向けた。
「うん、ゴメン、レイナちゃん、一刻を争う事態だったね、寄り道せずにソラ君の所に行こうか?」
「お前が言うな!」
「!」
しかし、セレンの一言にイリアは反応した。
すでにイリアの事を視界から外して、レイナの方に歩み始めている。
「さっさと行くぞ、アタシの魔力とお前の魔法適性があれば、学園の張っているバリアを抜けて、外に出られるはずだ」
「あ、あの!」
気が付いたら声が出ていた。
「アァ?」「うん?」
二人の顔が、イリアに向けられる。
「私も、私も一緒に連れて行ってください!」
サイエルの森。どうにか、アイセタールをやり過ごして、つかの間の安穏が訪れたソラとエレンは、休憩と称し、地面に座り、近くにあった木々に背中を預けていた。
「――さん、ソ、さん」
ソラはぼんやりとする意識の中で、誰かに肩をゆすられているのをうっすら理解した。
「ソラさん、起きてください、ソラさん」
聞こえてくる声も明確になり、ソラは意識を完全に取り戻す。
「あ、起きてくれましたね」
ニコッと、エレンは年相応の子供の笑顔を見せた。
「俺、寝てた? そうだ、見張りは? モンスターは!」
ソラは勢い良く立ち上がる。
「大丈夫です、わたしが見張ってましたから」
「そう、か……」
ソラは、脱力したように背後の木に崩れ落ちる。
「ごめん、本当は俺がしないといけないのに」
「いいえ、わたしもこれでも冒険者のタマゴです。できることは自分でやりますよ、できないところは、ソラさんが手伝ってください♪」
「ああ、」
ソラは帽子越しに、エレンの頭を撫でた。
「あ……」
「さて、ここに長く留まると危険だ。早いところ移動しよう」
「はい」
ソラとエレンは再び立ち上がり、背中の汚れを払い落とす。
「エレン、残りの弾はいくつぐらいある?」
「えと、昨日二十八発撃ちましたから……残り七発ですね」
「マガジン一個と二発か、そうだな、薬室に一発入れて実質六発撃てるようにしておいてくれ」
「はい、わかりました」
エレンはホルスターから『Param03』を抜き取り、パパッと言われた通りの作業をした。
「本当は、銃は撃たないのが一番いいが、まあ、準備だけはしっかりやっておいて損はないだろう。さて、ここに長く留まると危険だ。早いところ移動しよう」
「はい、ソラさん」
ソラとエレンは再び立ち上がり、背中の汚れを払い落とす。
「行きましょう」
エレンが先導して、先に進む。
「そうだ、エレンは眠くないのか?」
「え? 眠く、ですか?」
立ち止まり、こちらを振り返るエレンは、ちょっと不思議そうな顔をしていた。
「俺はさっきちょっと居眠りしちまったからいいけど、エレンはもう眠いだろう?」
「うーん、わたしは昨日、馬車の中とソラさんの背中で眠ってましたから、もう少しは大丈夫ですよ」
「そういえばそうだったな、まるで昨日のことが昔のことのようだ」
「短い間に結構濃い体験が続きましたからねー」
「ああ、けっこう疲れたよ。警護隊時代はこんなの日常茶飯事だったけど、こっちに来てからちょっとなまったかな」
「警護隊?」
「ああ、エレンには話してなかったね。俺はこっちに来るまではシノンの村ってところにいて、そこで村の警護隊をしていたんだ」
「そうだったんですか! それじゃあソラさんは、もう実践は積んでいるってことじゃないですか」
「まあ、モンスターに対してならだけどね。今のところ、レイナに毎晩稽古をつけてもらって、対魔法使いの訓練をしているところ」
(ソラさんは、二年生や三年生と同じくらいの経験をつんでいるのかもしれない)
「そういえば、エレンは確か一年生だったな、ということは今回が初めての実戦だったんじゃないか?」
「そうですね、そうなります」
「最初の実戦相手があんなのじゃ、エレンも運がなかったな」
「でも、ソラさんが守ってくれるので安心です」
「買いかぶるなよ、最大限守ってやるけど、もしもってことがあるだろう? エレン自身でも、周りを警戒しておいておくこと」
「はーい」
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