第20話

『なんで、ですか……なんでですか!』

 ソラはエレンの姿を思い出す。あの時、頬が光ったのは、おれの見間違いじゃないだろう。

「たっく、エレンは背伸びしすぎなんだよ」

 まだ少々痛む背中をさすりながら暗い森を歩く。

「ちゅーか、ライトぐらい『セット』しておけばよかったな、森の中暗すぎてほとんどなんも見えなくなるし」

 というか、ソラはもう道に迷っていた。道がぬかるんで、エレンの足跡がなければもとの場所に戻る事すらできなくなっただろう。

「というか、エレンもけっこう走ってるな、もう十分は歩いているぞ」

 これなら十分基礎体力はついているなと、ソラはコーチらしい事を思う。

「そういえば、なんでエレンは俺なんかに懐いたんだろうか、ルナやレイナとはすでに知り合いだったみたいだし、俺なんかよりもあいつらの方が懐かれやすいだろうよ」

 学園に慣れてきたこの頃、ソラは周りの人物について観察する余裕が出てきた。ルナは学科の垣根を越え、アイドルのような存在だし、レイナは他の生徒から怖がられているが、どこか羨望のまなざしも感じられる。ソルミレンなんかは生徒から好かれるお姉さんのようだし、エレンは周りが不器用だけど、みんなが見守ってくれている。

「なんだかんだ言って、ナレッドのやつも意外と優等生なんだよな」

 死霊魔法科に入っているところを見ると、もともと闇系の魔法に適性が高いのは分かるが、その中でもナレッドは人一倍適性が高いようで、習う呪文を最初に成功させる。しかも効果も普通の倍近くの成績を出している。

「今思えば、俺は良くナレッドに勝てた物だ」

 やれやれと、過去の戦いの成績に感嘆しつつ、歩いていると、 パーン!

「ッ!?」

 続いてパーン! パーン! と安っぽい発砲音が聞こえた。

「あのバカ!」

 本当なら、高速移動の魔法を使いたかったのだが、エルフの少女に回復魔法を使ってしまったので、現在ソラには魔力がほとんど残っていない。

「くそ、必要な時に仕えねえ!」

 ソラは、出せる限りの全力で、発砲音がした方向へ走り出した。



「……ルナ殿! ここにおられたか」

 轟音のした方向へむかっていた白雪は、ルナを見つけ出した。

「む、その娘はどうされた。それに、この惨状は?」

 一方向において、ルナが『ジェイド・グライ・リシムダ・ギド・ファグラン』を放ったせいで、木々の一部が消し飛ばされて、一部、殺風景になっているのだ。

(たぶん、白雪ちゃんよりも年齢上なんだけどなあ)

 なんて思いながらも、白雪の質問に答える。

「この子は、散策してる時に見つけたの。だからソラくんたちをよんだんだけど、ここにもアイセタークがいたの、それで私が魔法で消し飛ばしたんだけど、エレンちゃんが怒って森の奥に、それを追ってソラくんも」

「ほう」

「さっきまでは傷だらけだったんだけど、魔法で治療してたところ」

「……成程、どおりで服がボロボロの割には肌がきれいだと」

「ねえ、白雪ちゃん。この子を焚き木があるところまで運んでくれない?」

「それは構わぬが、ソラ殿とエレン殿はいいのか?」

「…………ううん、大丈夫」

 ルナは一瞬難色を浮かべたが、それを振り切るように首を振るった。

「ソラくんならきっと大丈夫、だから、私達はこの子をどうにかしよう」

「……承知」

 白雪は膝枕されているエルフの少女を、荷物でも運ぶようにお姫様抱っこすると、来た道を戻りだした。

「ルナ殿も早く、この者はまだダメージが残っている模様じゃ」

「うん、魔力が戻り次第、また魔法を掛けていくね」

 ルナは立ち上がり、白雪の後を追った。

 後を追いながらルナは思い出す。先ほど一時的に意識を取り戻した少女が言っていた事を。

『行っちゃいけない、アイセタールは何体もいる。あいつらは巧妙だ、それに聴覚や嗅覚にも優れている、隠れることなんて本質的に意味はない、苦手とする火で牽制するしか打つ手はない』

(ソラくん、頑張って)



「ソラさんのバカ!」

 エレンは涙をこぼしながら走った。

 もともと体力はある方なので、ここ数週間で力のセーブの仕方を覚えたエレンは、結構な距離を走れていた。

「……くすん、ソラさんの、バカ。――ここ、どこですか?」

 めちゃくちゃに走っていたせいで、自分が今どこに居るのか、まったく分からなくなっていた。流石に少し不安になってきたので、足を止める。

「いえ! 違いますよ? わたし、別に迷子なんかじゃありませんし!」

 急に襲ってきた一人という不安に、エレンは精一杯の強がりで張り合う。

「ただ、ちょっと現在地が分からなくなっただけですし!」

 少し風が吹いて、木の葉が揺れる音にびくりとなる。

「ひゃ! …………、い、今のは別に、その、びっくりしたわけじゃ」

 ぎぃいいいい。

「ひゃあ!」

 低いうなり声に、原始的な恐怖が沸き起こり、丸くなるように頭を抑えてしゃがみこむ。

「…………むう、」

 流石に、今度は誤魔化しきれないと分かったのか、ジト目で悔しがる。

「というか、今のは何の音でしょうか?」

 音源の追究のために、立ち上がり周りを見渡す。

「ぎぃいいいい」

 後ろを見たところで、真じかに見た黄色い甲殻と、もう一度聞こえた低いうなり声。

「ッ!」

 驚くと同時に、距離を取るためのバックステップと、無意識にガンベルトから自分の武器、『Param03』を素早く抜きだして、一分の遅れもなく引き金を引く。

 パーン!

(く、やっぱり音がどこか安っぽいです)

 発砲した感想は、あまりいいものとはいえず、撃たれたアイセタールの方も、どうということもないらしく、ダメージは入っていないようだ。

 続けて二回、引き金を引く。

 パーン! パーン!

 今度も弾丸は、アイセタールの甲殻にはじかれてしまい、ダメージは入らなかった。逆に、アイセタールに刺激を与えてしまったことにより、アイセタールは「ぎぃいいいいいいいいいいい!」と咆哮する。

「こいつ、さっきのモンスター? でもあいつはルナ姉ちゃんが消し飛ばしたはず、なんで生きてるの?」

「ぎぃいいい!」

「は!」

 逆上したらしいアイセタールは、恐ろしい鈍器の両腕を振り回した。エレンは、自分程度なら簡単に屠れる鈍器をギリギリの所で避ける。

(残り残弾は、最初から薬莢室にひとつ入っていたから、あと三発分)

 大雑把なところがあるアイセタールの攻撃を、小さい体を十二分に活かして避ける。

(このモンスターの体は固くて、『Param03』じゃ撃ち抜けない。でも、どんな生き物でも顔が弱点! 多分、口の中や眼なんかは固くないはず!)

 腕を振り回しながらガンガン進んでくるアイセタール、エレンはタイミングを見計らってうまいことしゃがんで腕を避ける。腕が頭の上を通り過ぎた瞬間、パーン! アイセタールの顔面狙って『Param03』を発射する。

「ぎぃいい!」

 しかし、むなしくも銃弾はアイセタールの二センチほど横を通過する。

「く、まだです!」

 また殴り掛かってくる剛腕を横に跳んで避けて、素早く『Param03』を撃つ。

 パーン! パーン!

 二発の内一発はあらぬ方向へ飛んで行ったが、もう一発はアイセタールの右目に被弾した。

「ぎゃいいいッ!」

 着弾した右目から紫がかった液体が飛び散った。

「当たった!?」

 自分でも半分驚いているエレン。その背後からもう一つの影が、

「当たるのはお前の方だ!」

 がしっ! 横から強い力で押し倒されて、エレンは地面で背中を打った。

「いった~い」

「バカ野郎、死にたいのか!」

「……ソラさん?」

 エレンは今更、自分を押し倒した相手を知る。そして、先ほどまでいなかった新たな招かれざる客が居たことも。

「あ」

 エレンが小さく声を漏らす。

「ぎぃいいいいい!」

 新たに現れたアイセタールは、自己の存在をアピールするように高らかに咆哮した。

「エレンはもう少しでアレの剛腕を食らう所だったんだぞ」

「……!」

 目を潰されたアイセタール、新たに現れたアイセタール、二体のアイセタールはソラ達を挟んだことに余裕でも生まれたのか、悠長に腕を回して肩慣らしなどをしている。

「倒れた時に強く打ちつけてはいないよな?」

「は、はい」

 ソラは自分が起き上がる際に、エレンに手を貸す。

「ちょっと泥が付いちまったな、ごめん」

「い、いえ、ソラさんが押し倒してくれなければ今頃わたしはどうなっていたか」

「そう言ってもらえると、俺も助けたかいがあるよ」

 さて、とソラは前置きをする。

「先に言っておけばよかったな、エレン。森に住むモンスターっていうのは基本的に鼻や耳がいいんだ。だからエレンが銃を撃てばその時の音や、火薬のにおいで近くにいるモンスターを呼び寄せてしまうんだ」

「え、そんな!」

 エレンが今更のように、顔を青くする。

「つまり、これからまだモンスターが寄ってくるってことですよね?」

「そう、まだこのあたりにモンスターがいればな」

 このあたりにモンスターがいれば、それはそんな優しい言葉を使ったが、そんなもの居るに決まっている。この後もこのあたりにいるアイセタールがここに来るに決まっている。

「エレン、その銃、まだ撃てるか?」

「えっと、撃ち尽くしたマガジンを入れ替えれば……」

「十分だ、何発撃てる?」

「予備のマガジンは三本、弾を込める時間があれば七本分」

「まずは三本分でいい、マガジンに装填されている銃弾の数は五発だったな? その十五発は自分の身を守るために使ってくれ」

「はい!」

 ソラが指示するまでもなく、エレンは逆側のアイセタール(右目怪我)の方を見据える。

「『Param03』は練習用の銃、そのために威力はそんなにないですが、他の所は練習用で良いことがありました」

 素早く空になったマガジンを抜き取り、ベルトケースに差し込んであるマガジンと入れ替える。

「へえ、どんな?」

 ソラはもう片方のアイセタール(新参)を睨みつけつつ、腰からナイフ『月下魔滅』を抜き取る。

「…………ナイショです」

「――? そうか」

 ソラは一瞬疑問に思ったが、戦場で余計なことは考えるべきではないと思って、深くは考えなかった。

「来るぞ!」

「はい!」

 森の奥からこの二体のモノではない呻き声が聞こえる。もうすぐこの場所を特定してやってくるだろう。

「ついてこい!」

「はい!」

 ソラは、逃げ出した。

「ぎぎ?」

「ぎ、ぎぃいい?」

 アイセタールたちは、てっきり向かってくるかと思っていたので、一瞬の思考停止が訪れた。

「ソ、ソラさん! 逃げちゃって、いいんですか~!」

「かまわない。正直、俺もエレンもあの装甲みたいな甲殻を貫いてダメージを入れるのは難しい。かといって唯一攻撃が通りそうな目、口内は身長的に俺は届かないし、エレンの銃じゃ音と火薬のにおいで別のモンスターを呼び寄せてしまう」

「八方塞がりじゃないですかあ!」

「逃げればいい」

「え?」

「逃げればいいんだよ。時間がたてば救援がやってくる」

「救援って、ルナ姉ちゃんたちのこと? 確かに、ルナ姉ちゃんは普通に強いし、白雪ちゃんも強いと思うけど、でも、やっぱり二人だけじゃなんだか不安だよ」

「いや、救援はルナたちの事じゃない」

「ふぇ?」

「ルナたちは今頃、あの開けたキャンプ場で休んでいる頃だろう、白雪が別れた後どうなっているか分からないのが不安だが、まあ多分、あんなモンスターには負けないだろう」

「ルナ姉ちゃんたちが救援じゃないとしたら、じゃあ誰が救援に来るっていうんですか!」

 最後の方は、大木がバキバキと倒れる音で聞きづらかった。アイセタールたちが追ってきたのだ。

「エルフ達だ! エレンはさっきの子を憶えているかい、あの子はきっと、俺たちが目指しているエルフの里の住民だと思う」

「つまりソラさんは、その子の事を探しているエルフの里のエルフさん達に助けてもらうつもりですか?」

「そうさ。おそらく今頃エルフの里は、装備を整えているだろうさ」

 勝算はない、それなら逃げればいい。簡単なことだ、冒険者が一番最初に教えられることでもある。持てる力全てを使って敵に挑め、それでも勝てないと思ったら全力で逃げろ、力を付けて、また挑戦すればいい。

「でもソラさん、それでももし、救援に間に合わなかったら」

「安心しろ、エレン」

 ソラはエレンの声を遮る。

「それでも、お前だけでも助けるから」

「……! ソラ、さん!」

 ソラは先頭を走っていたため、エレンが赤面したことなんて全く気が付かなかった。

 ぎぃいいいい! 背後の咆哮、振り返って確認してみると、アイセタール達が結構近くまで走ってきていた。

「チッ、もう追いかけてきやがったよ、もっとゆっくりしていてもいいのに」

「ど、どうするんですか!」

 ソラは思考する。

(……エレンの体力とスピードを考えて、逃げ切れるとは思えない)

「エレン、俺に合わせてくれ」

「え? ハイ!」

 アイセタークが追いかけてくる中、ソラはタイミングを計る。

(俺が、なんの準備もしないでいたと思ったのか)

 エレンを助ける前、ソラは蔦がたくさんなっている所にでた。それを利用しない手はない。

「今だ、エレン、跳べ!」

「ハイ!」

 ソラとエレンは跳びあがった。

 ビターン、迫っていたアイセタールがずっこける。ついでに、もう一匹のほうも、こけた方に引っかかって、さらに転ぶ。

「結構近くまで追ってきてたんだな」

 止まらず走り続けながらソラは呟く。

「でも、急に転んで助かりましたね、ソラさん」

「何を言ってる、跳んだ時にエレンは気が付かなかったのか? アレは俺が蔦を木々に張っておいたんだ」

「じゃあ、あれはソラさんがやったってことですか?」

「そういうこと」

 アイセターク達は、転んだ拍子にうまいこと絡まって、身動きが取れない。

「今のうちに、あいつらから完全に逃げ切るぞ」

「はい!」



「とりあえず、この焚き火があれば一安心だね」

 元の広間に戻ってきたルナは、ほっと一安心する。

「……しかし、決して油断はすまい。周辺には獰猛な気配がうろうろと徘徊していまするからな」

 白雪が鋭い目で、周辺の闇を睨む。

「白雪ちゃん、ありがとう。ここはもう良いから、ソラくんを助けに行って」

「しかし、それではルナ殿が」

「私はもう大丈夫、それに、もうすぐこの子も目を覚ますだろうし、ね?」

「……。承知した」

「あ、」

 ルナが、気が付いた時には、いつの間にか白雪の姿は消え去っていた。

「白雪ちゃん、本当に素早いなあ。私は、私にできることをやろう」

 ルナは、エルフの子の方を向く。ここまでの道中で、回復魔法を『セット』し直して、たびたび回復魔法をかけていたので、体の傷などはほとんど治っていた。

「早く目を覚ましてね、聞きたいことは山ほどあるんだから」

 ルナはまた、回復魔法をかけた。

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