第19話
「だいぶ暗くなってきたね、結構歩いているけど、エルフの里はまだ遠いのかい?」
ソラは左隣にいるルナに聞く。
「うん、まだだと思う。エルフの里は森の奥、それこそ木の葉の色がギリギリ変わるくらいの所にあるから、まだ歩かないとダメかな」
「しょうがない、今夜は森で一泊するしかないか」
「わたし、こんなところで寝るのは初めてです」
エレンの自己報告にソラも共感する。
「実は俺もだ、野宿の経験は何度かあるけど、さすがに森の中での野宿は今回が初めてだ」
「……ということは、森での野宿経験者は某だけであったか」
「ちょっと待って白雪ちゃん! なんで私に聞かなかったの!」
「……ルナ殿は、聞くまでもないだろうと」
「いやいや、私だってちゃんと森で野宿したことあるからね! 二年前にエルフの里まで行ったときにあるからねっ!」
どこか必死とも見えるルナの弁論に、
「そういえば、ルナ殿は一度、件の里まで行ったことがあるのであったな」
「どうして忘れているのよ。というか、みんな忘れているみたいだから言っておくけど、私はこの旅の案内役でここにいるんだからね? みんな忘れないでね?」
「というかさ、これは俺の勝手なイメージなんだけどさ、」
そう断ってから、ソラは申し出る。
「俺の中でルナっていえば、こう、あんまりしっかりしたイメージじゃないんだよな」
「――え」
「いや、最初に言ったけど、俺の勝手なイメージだからな?」
ちなみに、ソラのイメージと、実際のルナは全然違い、ソラの中にある、可愛い女の子イコール頭が少しゆるいという偏見をもってして、そういう印象があっただけの事。本当のルナの性格は、基本的に人当たりがよくて、気遣いができ、尚且つしっかり者。ルナが人気者なのは、決して顔だけのおかげではなかった。
「あー、ルナ姉ちゃんのイメージって、確かにそんな感じです」
右隣、ではなく。ソラの背中におんぶされているエレンまで、ゆるいイメージがあると言った。ところでなぜ、エレンがおんぶされているのかというと、先ほど、歩き疲れたらしいエレンの足取りが重いことに気が付いたソラが、提案したからである。その時は、恥ずかしがって背中に乗車拒否していたが、もしものためにとソラが説得して、おぶさることになった。
エレンは言うだけ言って、あとはソラの背中に顔をうずくまる。どうやら、ソラの背中で適度に揺られて、眠気がでてきたようだ。
「えーん、みんなちょっとひどくない」
「……ソラ殿、ちょうどいい感じに開けた場所にでましたぞ、今夜はここで野営した方がよろしいかと」
ルナの抗議はむなしく、白雪の発言に上書きされてはかなく散った。
「最近、私の扱い雑になってきてないかな…………そろそろ泣いちゃってもいいよね」
「おお、確かにちょっといい感じに開けてるな。ルナ、荷物を広げてくれ」
「あ、うん」
いい感じに開けた場所は、周囲二十メートルほどの空き地のような場所で、この場所だけは森の木の葉に遮られた日の光もわずかながら入ってくる。普通の場所に比べたら、この二十メートルほどの空き地には、ちらほらとしか木が立っていない。
ルナは持ってきたちょっと大きめのバッグから、レジャーシートを取り出した。
「ありがとうな、ルナ」
「え?」
「ほら、俺はそんなに気が回る方でもないし、エレンや白雪はなんだかんだいってもまだ子供だ、だから、必要な荷物とかぜ全部ルナにまかせっきりで……本当にごめん、そして俺たちの代わりにそういった細かいところをやってくれてありがとうって意味だよ」
「~~~わふ!」
ボン、と音が出そうなほど、ルナの顔が赤くなった。
「俺、ルナに対するイメージを変えないとな。ただ可愛いだけの女の子じゃなくて、可愛いうえに細やかな気配りができる女の子だって」
「わ、あの、えと、その……」
「ソラ殿! すまぬが焚き火のための枯れ木を探すのを手伝ってほしい!」
「わり、白雪が呼んでる、エレンのことよろしく…………おーう、いま行く!」
ソラは背負っていたエレンをまだ中途半端にしか敷いていないレジャーシートにおろす。
「ふにゃ?」
その時の衝撃――というほどでもないが、とにかくその時にエレンが薄く目を開けて、瞼を擦った。
その姿を見て、フフッと微笑ましい表情を浮かべてから、ソラは森の奥へと枯れ木を拾いに行ったらしい白雪の方に走って行った。
「う、ん、ルナ姉ちゃん?」
まだちょっと眠気が残っているエレンが、ソラの後姿をいつまでも眺めているのを見て、声を掛ける。
「エレンちゃん、ソラくんって…………ううん、なんでもない」
首を振って、もう一度自分自身に「なんでもない」と言い聞かせる。
「まだ、この気持ちが本物なのか、確認するまでは……」
誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように小さく呟いた。
(ルナ姉ちゃんも、ソラさんのことがスキなのかな……?)
まだ幼いと言ってもいいエレンの頭で考えだしたその予想は、ほとんど正解のようだった。
ソラと白雪が薪にするための木の枝を拾ってきて、焚き火を焚いて数時間たった。白雪の知識と、ソラのサバイバル適応能力で囲いを作って、寒くもないが暖を取っていた。
「ライトを唱えればいいだけの話なのに、なんでわざわざ焚き火なんてするの?」
レジャーシートに寝転びながら、エレンは誰とも問わない質問を発した。
「そうだな、そもそも俺の場合は、魔力の絶対量が少ないから、ライトすら唱えたくないってのがあるな」
レジャーシートの隅で、腰につけた兄の形見であるナイフ『月下魔滅』を布で拭きつつ、ソラが答える。
「……他の理由を上げるとすれば、野生の生物の本能として、モンスターも火を恐れる傾向がありまするな、無論、戦闘状態で興奮している時には、この限りではないですが」
さらっと、白雪が補足説明を入れる。白雪は一番近くにある木の頂上に登り、目を閉じて周りの音を聞いて周囲の警戒をしている。
「それにしても、ルナ姉ちゃん遅いね」
「まあ、森といっても見つからない時はそうなんだろう」
ルナは、持ってきた食料が一晩でなくなるとは思ってもいなかったので、ここら辺で食べられる植物を探しに、散策に出て行ったのだ。ルナとしては、エレンと白雪のことは知らなかったので、二人分の食料しか持ってきていなかったのである。
ソラか白雪が一緒について行こうと申立てするが、ルナはやんわりと断って、やや足早に、森の奥に進んでいったのだった。
「でも、確かに遅いな、俺、ちょっと見に行ってくる」
『月下魔滅』を腰のナイフカバーに戻して立ち上がる。
「……待たれよ、ソラ殿。ルナ殿は無事だ、某が保証する」
「でも、心配だし」
「ソラ殿、あまりそうプライベートなことに口を挟むのは、いくないですぞ」
珍しく白雪にたしなめられたソラは、「まあ、白雪がそう言うなら……」と、しぶしぶ浮かせた腰を下ろして座り直す。
「あ、虫……」
焚き火の光に釣られてきたのか、少し大きめの虫がソラの目の前を通り過ぎて行った。
「……ブルグースですな。年間を通して森や林の木に巣を作り生息している蜂のモンスターですな、毒の針を持っておりますが、一匹ではただの雑魚ゆえ、相手にしなくてもいいかと。このまま火に突っ込むだけにあるし」
チラリと目を開けた白雪がモンスターの説明をしてくれる。
「白雪は物知りだな。俺も普通科の入学試験の時に一応勉強したんだけど、どうも復習しないから忘れていってるみたいだ」
「そうじゃったのか? なら、予備知識でもう少し。ブルグースにはブルグーストという上位種がおり、毒も強くなっておる、数体のブルグースに囲まれている状況でブルグーストに出くわしたら安全を取って逃げた方がいいかと。それと、ブルグースらの親玉にブルグースリーという女王蜂が存在しておる。これは周りのブルグースを特殊なフェルモンで強くするので注意が必要。ブルグースリーが出てくるとなると、大人数の討伐隊が相手にならないといけないレベルだといえば分かりやすいであろうな」
「ああ、昔新聞で読んだブルグースの大量討伐って……」
「おそらく、女王蜂がでてきたのであろうな」
ソラと白雪が昆虫モンスターの話に花を咲かせていたところ、エレンが「ねえ」とソラ達に呼びかける。
「この蜂、ずっと飛んでない?」
エレンが指をさす。
「……そうにあるな、これはまた不可思議な」
「確かに、さっさと火の中に飛び込むかと思ったが、ずっと俺らの周りを飛んでいるな。なんというか、なんだかこの蜂、人工的な動きがする。まるで、操られているみたいな……なんだかスッキリしないなぁ」
「操られている?」
白雪がシュタっと、木から飛び降りる。一応、履き物を脱いでいないのでレジャーシートの外に飛び降りた。
「…………」
白雪がじっと、ブルグースを見詰める。
「あ、そうだ……」
ソラはさっき自分で言って、何かが引っ掛かった物の正体がわかった。
「チュー太郎だ」
「チュー太郎?」
エレンは話が全く見えないので、小首をかしげている。
「……このブルグース、死んでおりますな」
「やっぱりか、じゃあこれをやっているのはルナだ!」
引っ掛かった何か、それは操られているということ。ソラは前に、ミゴシ・ナレッドの死霊魔法を見たことがある、それとこのブルグースが重なって、引っかかるように思えたのだ。
「白雪、ルナは本当に危ない目には遭っていないんだよな」
「……そのはず。少なくとも某の耳には、一キロの範囲以内に狂暴なモンスターの存在は聞こえてはおらぬ」
「じゃあ、ルナは危険な目には遭っていない、でもここに帰ってはこれずしかし、ブルグースを操るぐらいの余裕はある……」
「ソラさん、とりあえず向かってみましょうよ。ルナ姉ちゃんも訳があって蜂を飛ばしてきたんでしょうし」
「そうだな、いいよな白雪」
「……そうですな、流石にルナ殿の身に何が起こっておるのか分からぬゆえ、仕方がないであろう」
「ソラさん、荷物とかどうするの?」
「いや、火を焚いてるからモンスターは寄り付かないだろう。このままで行こう」
ソラとエレンはレジャーシートの横に脱いであった靴に足を通す。
ルナが操っていると思われるブルグースは、今までの動きを反転して、森の奥に進んでいった。
「追いかけるぞ」
ソラが先頭になって、ブルグースを追いかける。後衛にはエレンと白雪が付いていく。
(ルナ、無事でいろよ!)
ルナは食べられる植物を採取している途中、木の幹に寄り掛かる女の子を発見した。女の子は植物の蔦や、木の皮などが使われている変わった服を着ており異彩を放っているが、一番目につくのは整った容姿と、先端がとがった耳である。
しかし、彼女の美貌を思わせる顔には泥が付着しており、服もぼろぼろで所々破けている所がある。服のダメージもさることながら、二の腕やら太ももやら肌が露出している所にも擦傷や、強い衝撃を受けたことが分かるくらいに肌が変色しているところもある。
(この子、エルフの子だわ!)
ルナは特徴的な服装と耳で、目の前の子がエルフの女の子であることを理解した。
(それに、ひどい怪我をしている……)
とっさに杖を取出し、彼女に怪我を治そうと思ったが、ルナは回復魔法を『穴』に『セット』していない。
(これじゃどうすることもできないっ!)
目の前でどんどん衰弱していくエルフの少女に、ルナはどうすることもできない自分がもどかしい。
ブブブゥゥ。少女の死臭を嗅ぎ取ってきたのか、ブルグースが近くにいるのが羽音で分かる。
「ううん、まだ、私にできることがある」
ルナは杖を、羽音の鳴っている方向に向けた。
「……ソラ殿、何か大きなモンスターが近くに居る気配がするでござるよ、注意されたし」
ブルグースを追いかけている途中、白雪が険しい目をした。
「マジか、一体どういう状況なんだよ」
「さすがの某でも分からぬ、臨戦態勢を取るがよし」
「わかった」
「わたしも、戦えますよ!」
やや息切れをおこしながらも、エレンも参戦表明をする。
「いや、やめておけ」「……やめておいた方がいい」
「え、ちょっとまって! なんで二人からストップが来るの!」
「それはだな――」
「ソラ殿、危ない!」
危機察知した白雪がソラを突き飛ばす。
「うお!」
グォオン! グシャ! ぎぃいいいいいいい!
一瞬でこれだけのことが起きた。まずグォオン! これは上空から何かが落下してくる時の風を切る音。次にグシャ! 突き飛ばされる前にいたソラの周辺近くに生えていた木が潰される崩壊音。最後に、黄色い甲殻を持つ大腕のモンスター、アイセタールが己を主張せんばかりに咆哮した。
「……アイセタール? 古森の警護隊が何故こんな浅い所に」
「考えるのは後だ、白雪、エレンを頼む。俺に構わず蜂を追いかけてルナを回収してくれ」
ソラは腰のナイフカバーから『月下魔滅』を抜き取る。
「……否、ここは某が相手いたす。ソラ殿が行かなければ意味がなさそうなゆえ、行ってくだされ!」
「でも、」
「早く!」
「ぐ、必ず後で合流だ、エレン、行くぞ!」
「はい!」
ソラとエレンは、こちらを待っているブルグースを追いかける。
「ぎぃいいいいいい!」
「オヌシの相手は某が務める!」
逃げる獲物は追いかけるという本能が働いたのか、背を向けたソラとエレンに、跳躍して飛びかかろうとしたところを、白雪の忍者装飾の鎖帷子をほどいた鎖をアイセタールの足に投げて、巻き付けた。当然のように、アイセタールはバランスを崩して倒れる。
「ぎぃいいい!」
再び咆哮を上げて、ずんぐりと立ち上げり、白雪に向き直る。甲殻に覆われている太い腕を振り回し、白雪を威嚇する。どうやら白雪を敵と認めたようだ。
(……さて、ソラ殿、頼みましたぞ)
ブルグースを追いかけていると、見知ったネコミミが林の向こうに見えた。
「ルナ!」
「ソラくん、よかった」
案の定、ルナは杖を持っていた。ソラの顔を見つけて、自然と顔が綻ぶ。ルナが杖を下すとともに、ブルグースが地面に落ちる。やっぱりルナが操っていた死骸だったようだ。
林をかき分けて、ルナのもとへと急ぐ。
「って、どうしたんだよその子」
ルナの近くの木の幹に、ぐったりとしている女の子がいた。
「説明は後、ソラくん回復魔法憶えてるよね」
「一応は、でも適性が低いからあまり効果ないぞ」
「かまわないから、この子、さっきからずっと衰弱していってるの、私が回復魔法を『セット』している間だけ持てばいいから」
「わかった」
意識を集中して、体に在る魔力を感じる。それを魔法という形でこの世にある現実を歪める。今回は回復魔法で、少女の傷を癒す。
「――『レフィーヌ』……!」
ソラが憶えているのは、回復魔法の中で一番弱いものしか憶えていない、そもそも、ソレしか回復魔法の適性がなかったというのがその理由だ。
呪文を唱えたソラの両手から癒しの光が放たれる。光が当たった所の傷がほんの少しだけ治ってゆく。
「――く、あまり回復しないな。やっぱり俺じゃ、回復は難しいな……!」
もともと回復量の少ない「レフィーヌ」で、しかもソラの魔法適性の低さ、そして他人に掛ける回復魔法を唱えたところで、精々小さな傷口がふさがるぐらいだ。
ソラの手に灯っていた癒しの光が薄れてゆく。
「あ……もう一度!」
事前に走っていたというのもあるが、回復魔法を唱えただけで額にうっすらと汗をかいている。たったこれだけの魔法で、だ。これでいかにソラの魔法適性が低いことがうかがえる。
「『レフィーヌ』!」
さっきよりも強く、魔力を込めて唱えた呪文。両手に光る癒しの光は、輝きを増して少女の擦傷部を治してゆく。が、それもすぐのこと、輝きは秒単位で薄れてゆき、癒しの光は少女の傷の一割を治したところで消えてなくなった。
「くそ、やっぱり俺では限界があるか」
口惜しそうに、悔しそうにソラは呟く。額の汗が、一滴の雫となって地面に滲みる。
「魔力がぜんぜん足りない、もうこれ以上は魔力が残っていない」
「ううん、あともう少ししたら私が魔法を掛けられる。それまで時間を引き延ばせた、十分だよ、ソラくん」
「ソラさん! 後ろ!」
この場で唯一、倒れていた女の子に意識を向けていなかったエレンが叫ぶ。
「――ッ! うっ」
ソラは、ものすごい衝撃と共に、吹き飛ばされた。
「ソラさん!」「ソラくん!」
ガン! 近くの木に背中を打ちつける。
「げは……!」
肺に入っている空気が全部吐き出される。打ち付けたところが悪かったのか、呼吸がままならない。
「ぎぃいいいいいいいい!」
甲殻でおおわれている大腕でソラを殴り飛ばしたそいつは、まるで奇襲成功を喜んでいるように鳴いた。
「さっきのモンスター? じゃあ白雪ちゃんは……」
ブルグースを通して、アイセタールの姿を見ていたルナが信じられないといった顔になる。
「くっ!」
とっさに腰のガンベルトから『Param03』を抜き出す。
「撃つな!」
エレンが抜くのを見たソラが、痛む背中を堪えて叫ぶ。
「そいつを撃つな! エレン!」
「でも、ソラさん……!」
「ルナ、やっちまえ!」
「――『ジェイド・グライ・リシムダ・ギド・ファグラン』!」
うろたえていたエレンとは違い、しっかり者のルナは反撃の下準備のための杖をもう出していた。
(呪文詠唱が長い?)
「吹き飛べ、モンスター!」
ルナの構えた杖からは、直径五十センチほどの大きさの、暗黒色をした光線がアイセタールを直撃した。
「ぎぃぃいああああああ!」
初めて、アイセタールから「ぎぃいいいい」以外の鳴き声を出せた。
「ああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
暗黒の光線はアイセタールを包み込み、その背後にある木々を消し飛ばした。
「くうううううう」
杖からでる光線の推進の威力になかば押されながらも、ルナは両手でしっかりと杖を持ち続ける。
「うううううあああああああ!」
最後に声を張り上げて、光線を出し切るように杖を振り切った。
「…………………………………………」
「――よし、よくやった」
背中のダメージに痛み苦しみながら、ルナを手放しで褒める。
「……………………疲れた」
両ひざを地面について、脱力したように崩れ落ちる。
「大丈夫かよ、って、俺が言っても説得力無いか」
「――なんで…………」
「え?」
震える声でエレンは呟く。
「なんで、ですか……なんでですか!」
「エレン?」
「なんでッ……もういいです!」
「あ、エレン!」
ソラ達に背を向けて走り去るエレン、とっさに追いかけようとするが、ズキンと背中が痛む。
「――痛ぅ」
「え、エレンちゃん!」
ルナも追いかけようとするが、詠唱の長い――魔力消費の激しい呪文を使った反動で、全身に気怠さが回って、足に力が入らない。
「――ちゃ……らい」
その時、ソラでもルナでもない声がした。
「ルナ、何がチャラいんだ?」
「私じゃないことは分かってるでしょう?」
「じゃあやっぱり、エルフの子か」
「行っちゃいけない……」
エルフの少女は、譫言のように「行っちゃいけない」と繰り返す。
「ルナ、回復魔法掛けられるか?」
「もうちょっとかかる、でももうすぐだから」
「そうか、じゃあ、後の事、頼む」
ソラは痛む背中を無視して、無理やり立ち上がる。
「ソラくんは、どうするの?」
「エレンをあのままって訳にはいかないだろう、それに、白雪も」
「そうだけど」
「じゃあ後、頼んだ」
「……これで、どうじゃ!」
白雪は近くの木々にワイヤーを取り付け、アイセタールの動きを封じ込める。
「ぎ、ぎぃいいい?」
アイセタールは極細のワイヤーが見えずに、いきなり見えない何かに体が縛られる感覚を味わった。
「そこ!」
白雪は、アイセタールの開いた口にクナイを数本投げつける。
「ぎぎゃああ!」
甲殻に覆われた体で、唯一ダメージが入りそうだと踏んだ場所、それが口内。
「……どうじゃ、これで駄目なら、某はもう逃げるしかないのじゃが」
「ぎ、ぎぃいいい……」
アイセタールは力なく両腕をだらんとさせた。
「どうやら、クナイがいい感じに脳味噌を貫いてくれたようにあるな」
「ぎぃ……」
「……南無三」
白雪はトドメのクナイを投げつけた。
「ぎっ…………」
僅かな断末魔を上げて、アイセタールは命を落とした。
「……流石の古森の警護隊といえども、脳味噌をぐしゃぐしゃされたら、ただではあるまいか」
しゅるるる。ワイヤーを回収する。アイセタールを縛っていたワイヤーが回収されたことにより、死体のアイセタールが崩れ落ちる。
その時、ごおおおおん! というものすごい音がした。
「何事にあるか」
この轟音は、ルナが『ジェイド・グライ・リシムダ・ギド・ファグラン』を使った時の効果音なのだが。白雪は瞬時に轟音がした方向へ走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます