第18話
サイエイの森。トリセイン王国の東にある森で、夏場以外モンスターがそこまで強くなく、かつ、学園から馬で二日ほどの近い距離にあるから、学園生の絶好の狩場として扱われている。
サイエイの森に入って、北に進んでいくと、急に木の葉の色が濃くなっている部分がある。その場所から先は、より凶暴なモンスターが潜んでいるのでそれ以上先に進んではいけない。
「――って、私が知っているのはそんなところかなあ?」
馬車に揺られながら、ルナはサイエイの森についての知識をソラに話した。
二日前、ソルミレンに言われてルナと一緒に、サイエイの森にお使いに行くことになった。なんでも、森の浅い所に住むエルフの里に行って、挨拶をしてこいというものだ。
『あそこのエルフの里と、うちの学園は協力し合っていてね、細かいことは省くけど、大体この時期に学園から里に挨拶に行くのよ、そんで、今回その役目をソラくんにしてもらおうと思うの』
『え、でも俺、サイエイの森なんて知りませんよ?』
『気にしなーい、気にしなーい。それに、簡単にできたら処分にならないじゃなの、でもまあ、そうね、ルナを連れて行きなさい。あの子は何度か森に入ったこともあるし、二年前に私が挨拶しに行ったときに、一緒に連れて行ったから、忘れてなければ憶えてると思うわ』
『はあ、じゃあわかりました。とりあえずそこに行けばいいんですね?』
『そう、馬の準備はこっちでしておくから、ソラくんは荷物やら準備しておいて』
『はい』
といったやり取りがあって、ソラ達は馬車に揺れているのだ。
「ふうん、白雪、馬車で森の中に入れそうか?」
「……その里まで道が繋がっているなら可能でござるが、ルナ殿、それはどうなっておりまするか?」
馬を操る白雪が、後ろを見ずに問う。
「え、道は森の最初しかなかったはず。すぐに道は道と呼べない悪路に変わるから。馬は森の近くに住んでいる人に預ければいいと思う。おととしもそうしていたし」
「そっか、これでひとつ問題が解決したよ。やっぱりルナがいてくれて本当に助かる」
ソラは、自分の腿を枕に、ぐっすりと寝ているエレンの頭をなでながら謝礼を言う。
「ど、どういたしまして。それでさ、ソラくん……」
「ん? どうした?」
四人乗りの馬車の、対面に座るルナに顔を向ける。
「あの、そろそろあの子の事を教えてくれないかな?」
ルナは、遠慮がちに馬車の外で馬を操っている白雪を指さす。
「……」
白雪が、自分の話題だと気が付いたのか、チラリと一瞬だけ、視線を中に向けたが、すぐに手綱に集中を戻す。
「ああ、白雪の事か」
「白雪? あの黒の子は白雪ちゃんっていうの?」
「おう、なんだかんだで、命の恩人にあたるのかな?」
(ソラくん、一体どんなことしてたのッ~!)
きっとあったであろう、既に過ぎた知人の危険に、胸をドキリとさせる。
「まあ、なんつーか、俺の護衛みたいなことをやってるだけのただの女の子だよ」
「あんな歳で護衛なんてやってるのは『ただの』なんて言わないとおもう」
「まあ、あれだ、白雪の事も含めて、細かいことには目をつぶってもらいたい」
「う……わかったわ」
ルナは胸の内に浮かび上がった『白雪ちゃんとの関係』とか『どうしてエレンちゃんが居るの』とか、他にもいろいろと聞きたいことがあったのだが、それらを沈めた。
「……ソラ殿、見えましたぞ」
外の景色が良くみえる白雪がそう発した。その言葉に、ソラとルナが反応して、前方の窓を覗いてみる。馬と、白雪の背中の向こう側に見える緑一色の所、おそらくあれがサイエイの森に違いないだろう。
「……おそらく、あと二、三十分ほどで到着するかと」
「白雪ちゃん、森の近くに家がない?」
ルナが白雪に呼びかける。
「見えまするが、森に入る前にそこに停まるつもりにござるか?」
「うん、お願い。そこの人に頼んで、そこでお昼を食べてから森に入ろうと思うの」
「……成程、それは良き案でござるな、承知した」
白雪は手綱を操り、馬の速度を上げた。
トリセイン学園の司書、セレンは図書館で調べものをしていた。
「…………ここも違ったか」
高さ三十メートル超えの書架に、直接足場を付けた本棚は、下手をすると足を滑らせただけで地面に落ちてしまいそうだ。そんな事を思うほど、本棚に直接つけられた足場は狭かった。これでは、対面する方向から人が来たら、道を譲れない。
セレンは、埃をかぶった本の、埃を払ってから本棚にもどす。
「なかなか見つからないな、カザキリ姓名。学園の 図書館になければ、王立図書館か、他校の所を探すしかないかな」
セレンはため息交じりにあくびをかました。ここ最近、カザキリ姓名の事を調べていて、ろくに眠っていないのだ。といっても、成果はろくに出ていないが……。
「もうしばらく粘って何も分からなかったら、アプローチを変えてみるか」
そういって、セレンは別の本を引き出した。
「ありがとうございました!」
木製の、ログハウスに住む老夫婦にルナが笑顔で手を振る。
老夫婦はやさしく手を振って返してくれる。
「あの夫婦、やさしい人たちだったな」
「うん、それに、おととし来た私のことを憶えていてくれたし」
現在、ソラ一行は森の入口に行くべく、徒歩で歩いている。
先頭は白雪、その後ろをソラ、ルナ、エレンが三人でならんで歩いている。
「あそこのおじちゃん達、たぶん学園の卒業生だよ。じゃなければ、毎年のように頼ってくる学園の生徒たちによくしてくれるわけないもの」
エレンがソラに寄り気味に歩きながら言う。
「そうだな、確かにその考えもあり得るな」
「そういえばさあ、エレンちゃん」
「なんですか? ルナ姉ちゃん」
「その腰についてるやつ、このあいだまで無かったよね」
ついこの間まで(白雪と出会った頃だから、大体一週間ほど前かな?)、ガンベルトはただの飾りに過ぎなかったのに、今ではちゃんとガンベルトの役割を果たしている。
「そうだ、俺も聞こうと思ってたんだけど、それが銃だな」
ソラに言われて、エレンが目を輝かせる。
「はい、そうです。『Param03』、装填数5発プラス1発、銃使い科の初心者に渡される練習用の銃です。練習用といっても、十分に殺傷能力を秘めていますから、取扱いに十分注意です」
そういう、自分の初めての得物を説明するエレンはとてもいきいきとしていた。
「本当は、ソラさんが居る時に貰いたかったのですけど……」
「ゴメンな、だけど俺にもやむ負えない事情があったんだよ」
「わかっています。だからそこを悔やんだりしません、でも……」
「でも?」
「またわたしの成績がレオ先生に認められて、もっとレベルの高い銃を与えられるとき、その時は一番に褒めてくださいね」
「おう、当然だ!」
ソラはニッと笑った。
「…………(そういえばソラくんとエレンちゃんって、どうして知り合いなんだろう)」
ルナは疑問に思ったが、詮索はしなかった。
「……皆、そろそろ森に入りまする。この時期、モンスターは大人しいものばかりでしょうが、一応の用心をなされ」
先頭を歩く白雪がちらりと視線を向けて注意を促す。
「わかってるよ、だけど、もしもの時はサポートよろしく、白雪」
「……承知」
白雪は、口元を覆う布を少しだけ持ち上げて、周囲の警戒度を少しだけ上げた。
アイセタールというモンスターは、サイエイの森の奥、木の葉の色が濃い部分に生息するモンスターだ。普段は小型の動物や、モンスターを襲って、それを食べるのだが、そいつは少し様子が違った。
「ぎぃいいいいい!」
咆哮して、獲物を追うアイセタールは、進路上にある木をものともしないでなぎ倒して進む。黄色い甲殻は、ちょっとやそっとのことではダメージは入らないようで、その下にある動物的な筋肉で、俊敏な動きを再現できるようだ。
バキ!
進路上にあった邪魔な木をたたき折り、折ったそれを追いかける獲物に向けて投げつける。
「きゃ!」
驚きはしたものの、俊敏な動きをする彼女に、投げ飛ばされた木が当たるはずもなかった。
「もう、一体何なのよ!」
彼女は、迫りくるアイセタールにいい加減いらいらを感じていたが、かといって、一人でアイセタールにかなう訳もないので、やっぱり逃げの一択を選び続ける。
木の枝から別の枝に、木の上を縦横無尽に飛び回る姿はさながら森の人、いや、彼女こそはこのサイエイの森に住んでいるエルフ族の一人。いつもなら、森に出るときに持ち歩いている弓で、勝てなくとも応戦はしたものの、今回に限り、その限りではなかった。というのも、一緒にいたエルフ族の小さい子供を逃がす際に応戦して、その時に弓を壊されたのだ。よって、彼女は一族の子供を逃がすことに成功したものの、愛用の武器の弓を失ってしまったのだ。
「普通、アイセタールって、森の奥の方に生息しているはずじゃない! はぐれモンスターにしては気性が荒すぎる気がするし、一体何なのよ!」
バキ! ヒュン!
なぎ倒された木がアイセタールによって投擲される。
「――クッ!」
直撃こそしなかったが、砕けた木片で腕を傷つけた。
「……このまま逃げ続ければ、疲労も重なるし……一か八か、反撃してみようか!」
木の枝から次の木の枝に飛び移る時、必要な物はそろう。
(ここら辺で、あるとしたら……あの辺!)
目的の物を手に入れるために、森で過ごした長年の土地勘を活かす。
「あった、これで……!」
渡った木枝の上、望んだ物はそこにあった。
「さあ、来なさいアイセタール」
しゅるりと手に入れたのは、ロープとして十分活用できる蔦だ。木に絡まっている部分を瞬時にほどき、身構える。
「ぎぃいいいいい!」
彼女の挑発とも取れる行動に、アイセタールは正直に突っ込んだ。
「はッ!」
正面から飛びかかってきたアイセタールを跳躍で避けて、その周りを飛び回る。
「これで、終わり!」
ギュ! いく回りも大きなアイセタールの腕を中心に、胴、首、足などが蔦によって絡まる。
「ぎいぃいいい!」
苦しそうにもがくアイセタールを横目に、無茶な動きをした代償で左腕の筋を痛めた彼女は、痛そうに眉を細める。
「あとはこれを、里のみんなに場所を知らせればいいだけ…………ハッ!」
だがしかし、彼女の目は驚愕で見開かれた。
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