第5章

第17話


「『ガルミラ』ねえ」

「はい、それが白雪たち忍者のクライアントらしいです」

朝食のテーブルをソルミレンと囲む。いつもの食事風景だ。

「といっても、仕事を引き受けたのは白雪たちの上司だそうで、白雪たちはガルミラのことはほとんど知らないそうです」

「で、言いたいことはそれだけかな、ソラくん」

ソルミレンは、魚を丸かじりしながら、呆れや怒りがいろいろと織り交じった視線をソラにぶつける。

「はい、俺もこれといって情報を集められなくて」

「そうじゃなくて! あー、もう、なんでこいつこんなに鈍感なんだろうか、イライラする!」

「ちょっと、先輩、落ち着いて!」

「五月蝿い! 人を散々心配させて、ルナだってエレンだってみんな心配したんだからね! そこんところ、ちゃんとわかってるの!?」

「いっ!」

 不意に伸ばされた腕から、強力なデコピンを眉間に食らったソラ。

「う、心配かけて、申し訳ありませんでした…………」

 今更だが、ソルミレンに頭を下げる。

「わかりゃいいのよ、わかりゃね。メイトには私から手紙を書いておくから、あんたはちゃんと心配かけた人たちに謝ってくるのよ、それが今日の仕事、いいわね!」

「――はい」

 言いたいことは言ったと、ソルミレンは席を立ち、先に食堂を出て行った。

「……ソラ殿」

「ん、白雪? どこに居るんだ?」

 声が聞こえるが、姿が見えない。

「ここでござる、テーブルの下にござるよ」

「テーブルの下?」

 ソラはクロステーブルの、ひらひらしたスカート状になっているテーブルクロスを持ち上げて、中を覗いてみる。

「うわ!」

「……某、ここに居ると最初に申しましたが」

 テーブルの下には、黒尽くめの忍者装飾に、それと対色になる銀の髪を持った忍者、白雪が控えていた。

「白雪、なんでそんなところにいるんだよ」

「……某はここの生徒ではないので、見つかるとちと面倒なことになるので」

「なら俺の部屋で待っていればよかったじゃん」

「そうともいかん、某はソラ殿のために尽くすと決めましたゆえ、片時も離れないようにしておりまする」

「白雪、プライバシーって言葉、知ってるか?」

「……某、博識ではないゆえ、言葉はあまり知りませぬ」

「はあ、まあいい。じゃあ、見つからないように頑張れよ」

「……承知」

 ソラは溜息をついて、テーブルクロスを握っていた手を放した。

(というか、いつの間にこの中に入ったんだ?)

 昨日の夜は、夜も遅いと言うことと、レイナが既に寝入ってしまったということもあって、全員でソラの部屋に泊まったのだが、ソラが朝、起きた時にはレイナとセレン、白雪は居なくなっていて、狐に包まれたような気がしたものだ(エレンはまだ、ぐっすり寝ていた)。その後、朝食を取りに食堂に来て、ソルミレンを見つけたのがきっかけで、一緒に食事を取った訳だが、

(最初からこの中で待機していたのか?)

「まあいいか、白雪、僕はそろそろ食べ終わるけど、お前どうやってここから出るつもりなんだ?」

 テーブルの下の忍者少女に聞いてみる。

「……心配ご無用、某は闇に生きる忍びの者。見つかることはあり得ませぬ」

「そうか? じゃあ、俺は行くけど、いいか?」

「某のことは気になさるな」

「そうか……わかった」

 白雪から気にするなと言われたソラは、手を合わせてご馳走様というと席を立った。

「とりあえず部屋に戻って、エレンだな。起きていたらそこで謝って、寝ていたら起こして謝ろう」

 食堂からソラの部屋がある職員塔までの距離は、そう遠くない。三分ほどで着くだろうとソラは思った。



「あ」

 ソラは、自分の部屋の扉を開いて、固まった。

「……ソラ、さん?」

「いや、違う、違うんだ! ああ、前にもこんなことがあった気がするけど、決してわざとやっているわけではないんだ」

 朝食を食べ終わり、自室でエレンに心配かけたことを謝ろうと思いながら扉を開けると、そこには寝間着を着替えるエレンが立っていた。ネグリッシュタイプではなく、ボタンで留めるパジャマタイプの寝間着で、ちょうど、上を着替えていた途中なのか、ボタンが全部外されていた。

 ソラは動揺して、一番簡単な『扉を閉める』ことを忘れて、だらだらと言い訳を捲し立てる。

「確かに前にもこんなことあって、故意的に感じられるけど、そうじゃないんだよ、ここしばらくいろんなことがありすぎて、ついこういうことが起こることを忘れていたっていうか、なんというか」

「ソラさん!」

「ごめんなさい!」

 エレンが飛びついた。

「ソラさん! ソラさん!」

 そのまま抱き着いて、年相応に泣きじゃくる。

「エレン……」

「ソラさんが居なくなって、わたし、すごくさびしかったです」

「エレン、ごめん。心配かけさせちゃったね、でも安心して、もう何処にも行かないから」

 ソラは泣きじゃくるエレンをそっと抱きしめる。

「ほんとうですか? もう、わたしを置いてどこにも行かないって、約束してくれますか?」

「うん、約束するよ」

「ソラさん」


「あんたら、何やってんの?」


 ソルミレンは、ソラのことをゴミを見詰めるような視線で見た。

「うわ、先輩!? それに、ルナまで」

「職員塔で子供の泣き声がするから急いで来てみたら、上半身半裸の生徒に抱き着いているソラくんを発見した、今ここね」

「ち、違うんです先輩! これはさっき先輩が言ったようにエレンに謝ってるんですよ!」

「私は心配かけたことを謝れとは言ったけど、なにも半裸にしろとまで入ってないわよ」

「あの、これは、エレンが着替えてる途中で――「なんですって! エレンちゃんが着替えているところを狙って扉を開けた!?」

「言ってねえよ!」

「エレンちゃん、お姉ちゃんと一緒に着替えようか」

「ルナ姉ちゃん? どうしてそんなに顔が引きつってるんですか?」

「ちょ、ルナ、俺を先輩と二人きりにしないでくれ!」

 ルナは、ソラに抱き着いているエレンを呼んで、部屋の中に連れて行った。無言で。

「ちょっと、せめて呼びかけに応じてくれ!」

 バタン! と勢いよく閉められた扉の向こうに、救いの手は届かなかった。

「さてソラくん、せっかく私がルナを連れてきて謝るチャンスを作ってあげようとしてたのに、それをふいにするようなことをして、私がどうするか……わかるわよね?」

 獣人族の女性特有の、和やかさがある顔は、この時は恐怖しか感じられなかった。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああッ!」



 校舎の屋上で、いつものように受ける必要のない授業をさぼっていたレイナは、誰かの悲鳴のようなもので一度目を覚ますが、すぐにもう一度眠りについた。



「判決処分を言い渡します」

 事務室の床に正座をさせられているソラに、ソルミレンは冷たく言い放った。

「カザキリ・ソラ。右の者、幾度となく生徒に手を出した事をここに処する。よって、右の者を、学園から追放する」

「そんな!」

「異論は認めないわ」

 ソルミレンは、徹頭徹尾、冷たい態度を改めない。

「気にしなくていいよ、ソラくん」

 と、ソラに話しかけてきたのは、パソコンを慣れない手つきで操作する事務員だった。

「そういうことは職員会議開いて、そこで全員の是非を取らないと決められないことになっているから。ソルミレンさんのこれはただの冗談だよ――ああ、入力間違えた!」

 事務員は頭を抱えた。

「先輩?」

「――何よ、そんな目で私を見詰めても何もあげないわよ?」

「俺、学園追放って聞いた瞬間、心の中で何かが崩れていった音が聞こえたんですよ」

「ガラスのハートってやつね、破片で怪我しないようにね」

「誤魔化さないでください! どうして、嘘ついたんですか」

「チッ、おいコマツナ、お前減給だからな」

「え、そりゃあないですよソルミレンさん!」

 ソラに助言した事務員は、嘘を暴いた功績に、給料が減った。

「話を脱線させないでください、どうして嘘なんてついたんですか?」

「……私からの警告よ、今はまだ私からの注意で済んでるけど、これがほかの先生に見つかったら本当に追放されるわよ。だから、そういった警告の意味を込めて、追放とか言っちゃったわけ、分かった?」

 ソラはコマツナを見る。

「本当だよ、うち(事務)はソルミレンさんのおかげで規制が甘いけど、他の職員に見つかったらおそらく、一発で何らかの処分を受けるはず」

「先輩――わかりました。反省します」

「わかればいいのよ」

「先輩、実は俺、最近先輩のことを食い意地が張ってる人ぐらいにしか思っていませんでしたけど」

「ハア?」

「これからは考えを改めます。先輩は、部下思いの優しい人なんだって」

「……ソラくん、じゃああなたの本当の処分を言い渡すわ」

「え?」

 ソルミレンはこめかみに血管を浮かべながら言い渡した。



「ソルミレンさん、書類できました」

「ん、ごくろうコマツナ」

「いえ、パソコン出来るのは自分だけしかいないので、自分だけができるってのは、意外とやる気につながるんですよ。それで、ソルミレンさんはさっきから何を唸っているんですか?」

「うん? できるお姉ちゃんとしては、妹の望みをできるだけ叶えてあげたいのよ、いつの間にかエレンのことを『ちゃん付け』しなくなってるし、レイナも『ソラ』っていつの間にか呼んでるし」

「自分はルナちゃん応援派です」

「ありがと。で、お姉ちゃんは最大限のサポートをしてるんだけど、なんだか他の子とのリードがどんどん離れて行ってる気がするのよね。放っておくと、いつの間にかフラグ立ててるし」

「ソルミレンさんも気を付けてくださいよ」

「私は色恋よりも食い気が勝ってるらしいから」

「――拗ねないで下さいよ、ソラくんだって悪気があって言ったわけじゃないんですから」

 コマツナは若干、苦笑した。

「でも、サイエイの森は危なくないんですか?」

「大丈夫よ。あそこに住むモンスターは主に夏にならないと強いのは出てこないから。冬なんかは一年生にもクエストが解禁されるし、よっぽどのことが無い限り、怪我しないわ」

「へえ、じゃあ比較的簡単なところなんですね」

「そうよ、だから戦闘経験未熟のソラくんや、墓地や死体がなければろくに戦えないルナが行っても、夏場じゃない限り全然余裕ね」

 ソルミレンたち事務員に、サイエイの森にはぐれモンスターが現れたから、校内の掲示板にサイエイの森に立ち入り禁止の張り紙を張れと頼まれるのは、これから三日後の事だった。

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