第16話

 更に一週間たった。

「――じゃあ、銀違は学園の機密を探るという仕事でこの国に来たわけだ」

 銀違の隠れ家でソラと銀違は話し合っていた。

「……さよう、某は雇われ忍者なのです」

「じゃあ、今の雇い主には忠誠とかそういうのは無いんだな?」

 ソラはベッドに腰掛けて、銀違はその近くに正座して、それぞれ話をしている。

「……無い、しかし、某も裏の世界で雇われ者、信頼にかかわることはちゃんとします故、仕事を途中で放り出すような真似はやらないでござるよ」

「そうか」

 この一週間のうちにソラは怪我の回復と、銀違の目的などを探っていた。それで今、銀違の目的を聞き出せたところだが、

(どうも銀違は忠義を重んじる考え方だな、それだから俺をこうして助けている訳だけど、でも、その考えのせいで銀違の諜報活動をやめろと言っても聞いてくれなさそうだし)

「……というかソラ殿、いろいろ某に聞きますが、ソラ殿は命が惜しくないのでござるか? 秘密を知りすぎた者はさすがの某も消さざるおえなくもないのじゃが」

「あー、そこは銀違を信用しているからさ、銀違は俺を襲わないって」

「その信用は間違いでござるが、まあ否定もできぬ。――まあ、それはさておいて。もしよろしければソラ殿」

「うん?」

「怪我が完治し次第、その、できればの話でござるが……」

「なんだよ、珍しく言い淀むな」

「うむ、某でも言いにくいことがあるのでござるよ」

「ふうん? まあ、俺にできることだったら、治療のお礼にってことで聞くけど」

「それは真か!」

「お、おう、食いつき良いな。あくまで俺にできること限定だぞ?」

「了解にござる」

「といっても、もうほとんど完治したと言ってもいいんじゃないか?」

「……そうでござるか?」

「過度な激しい運動は出来ないけど、普通に動いたりすることはできる程度には回復してると思うよ」

「それはよかった。一時はどうなるかと思っていたが、後遺症も残っていなさそうでよかったにござるよ」

 うんうんと、銀違は頷く。

「……あの時は一通りの応急手当はしましたが、骨折と内臓破裂はしていましたな。それをあの異常な回復力でここまで治ったのは、ひとつの奇跡ですぞ」

「うっわ、俺死んでないのがひとつの奇跡じゃね!?」

 今更知らされた事実に驚く。

(回復魔法だけじゃ不安だけど? 学園に帰ったら保健室に行って精密検査してもらおう)

 強くそう思った。

「……しかし、それでは少し合わない」

「え、何? 俺、もうちょっと怪我してた方がよかった感じ?」

「……そうですな。某的にもう少し、あと三日ほど怪我をしててほしかったですな」

「――うーん、よしわかった」

 ソラはふと思い立ったように、いつものナイフを取り出す。

「ソラ殿? ナイフで何を……」

「よっ!」

 ソラは右手で持ったナイフで左手を傷つけた。

「にょわ、何をして――」

「これで、あと三日くらいは怪我をしているかな」

「……ソラ殿……恩に着る」

「気にするな」

「……ソラ殿、某は覚悟を決めました」

 銀違は正座のまま、腕を使ってソラに近づく。

「某の真の名前、真名を教えましょう」

「真名? お前の名前は銀違じゃないのかよ。じゃあ銀違って言うのは偽名?」

「……偽名ではござらん。銀違は某の通称、真名は心に決めた者にしか教えない特別な名前。その違いを理解していただきたい」

「じゃあ俺に真名を教えるって……」

「某はソラ殿を信頼したことの証だと思ってくだされ」

「いつの間に信頼されるようなことをやったんだろうか、俺」

「某の真名は――白雪」

「白雪……」

 ソラは、思わず銀違――もとい白雪の髪を見る。

「左様、銀色の髪が雪みたいだったからという理由で名付けられました。それよりもソラ殿、傷の手当てを……」

 白雪は、いつの間にか包帯やらガーゼやらを持っていた。

「悪いな、また手当てさせちまって」

「……構わぬ、某がしたいからやっているまでじゃ」

 手当てをしながら白雪は思った。

(今日中に終わらせねば)

 と。



 深夜、人々が深く眠る時間。学園は静かだった。

 月明かりは僅かしかなく、遠くから眺める学園全体はシルエットしかわからないくらいだ。

「……できれば、月は完全に消えてほしかった」

 闇夜にぬっとあらわれた忍者少女は、顔と銀の髪以外が闇夜に隠れ、その顔も、暗さのせいでよくわからない。

「しかし、甘えばかりも言ってられぬ。さっさと終わらせよう、そして、ソラ殿に……」

 その時、白雪は何者かの気配を感じ取った。

 そして、感じ取った瞬間に後方数メートルに跳び下がった。

 グオン! 槍が横薙ぎに振られて、先ほどまで白雪が居た空間を抉った。

「ソラ? アンタ今、ソラって言ったな? 悪いがちょっとお話聞かせてもらおうか」

 ツンとした釣り目に藍い髪。ライトアーマーを各所に着けて、大の大人が使うような大きな槍を構えたレイナがそこにいた。

「シャインライト」

 レイナの後方から、呪文と打ちあがる光の球。上空に停滞した光の球のおかげで、辺り一面が明るくなった。

「セレン、邪魔すんなよ、こいつはアタシが捕まえる」

「うん、わかったよ」

 セレンはそれっきり何のアクションもしないと言いたげに、シャインライトを唱えた杖を下げる。

「よし、それでいい」

「……イキナリ攻撃してきて、危ないでござるな」

「危ないだあ? ウニコーンの前にいきなり出てくる方がもっと危ないだろう」

「……知っているのだな?」

「普通の奴だったらウニコーンの目の前にはいかない。それなのにこんな話が出た、同時期にソラがいなくなったと聞いた。このふたつの間には何かがあると思ってな、ちょっと調べたぜ。現場に居合わせたやつに聞いたんだが、黒服の女の子がいきなり落ちてきて、そいつを守るように少年が落ちてきたってな、落ちるってことは高い場所から落ちるってことだ。そんで、あの辺りにある高い所って言えば屋根くらいしかねえ、んで、その屋根を上るような奴は最近出没している忍者しかない、簡単な連想ゲームだ」

「……あてつけが多い気がしますが」

「知るか。現にアンタがソラの事を知っている忍者だってことには変わらないだろう。アタシは結果論主義者なんだよ。さあ、ソラを返してもらうぜ」

「……某にはその気はない」

 白雪はソラの『ヴォンドルガ』と同じ以上の速さを持つ足で逃走した。

「にがさねーよ」

 『シン・ヴォンドルガ』、呪文が唱えられた。

「ッ!」

「遅いぜ!」

 槍が振るわれた。刃ではなく、刃すれすれの棒の所が白雪の脇腹にヒットした。

「――クハッ」

 肺から空気が漏れる。

「飛べ!」

 白雪は、衝撃で吹き飛ぶ。

(なんという力、人間ではないか!)

 飛ばされながら思う。受け身のために着地地点をみて、驚く。

「――コンボが、繋がった!」

 白雪の落下地点に先回りしていたレイナは、また容赦なく雪を吹き飛ばす。

(くっ、某より、早いやもしれぬ)

 白雪は、打たれた所を走る激痛を無視する。

(なれば!)

 着地する瞬間、白雪はレイナが槍を構えているのを見た。

「更に、繋げる!」

 三度目の打ち据えに、白雪は対策を取っていた。槍が迫り、直撃するかに思われたその瞬間、白雪の体は闇に包まれた。

「――チッ」

 露骨に舌打ちするレイナ。

「逃げられたか」

 一瞬の霧のように現れた闇は、大気中に溶けて薄れていった。そこには白雪の姿は、どこにもいない。

「忍法だね。大雑把に言っちゃうと、僕らの魔法と一緒だよ。今のはおそらく、テレポート系の忍法かな?」

 いつの間にか近づいてきていたセレンが言う。

「そう遠くにはいけないはず、検索掛けるね」

 セレンは杖を自分の頭にむけると、杖が淡く輝きだした。

「…………お前ってさ、呪文なしで魔法使えるのな」

「うん、一応は。そのせいで学園長に目を付けられたんだ」

「お前の過去なんぞどうでもいいぜ」

「あはは、拗ねないでよ…………あ、みつけた」

「どこだ」

「校舎内を端っこの部屋からしらべているみたいだね。それにしても、早いな、あの子」

「忍者だからな」

「でもレイナちゃんも負けてないスピード持ってたね」

「竜騎士だからな。半人前だけど」

「あ、教員塔の方に入ったね。校舎には何もないって気が付いたんだね」

「教員塔か、じゃあもう追いかける必要ないな」

「それって職務放棄だよ、レイナちゃん」

 苦笑いを浮かべながら、セレンは言った。

「しかもね、あの忍者の子が先生に捕まったら、ソラくんの居所が聞けないよ?」

「――それもそうか、じゃあちゃんと捕まえないとな」

「最近のレイナちゃんは、ソラくんのことにならないとやる気ないよね」

「そうか? そんなことないぜ」

「まあ、いいや。今、二階の真ん中ぐらい。レイナちゃん、任せたよ」

 『シン・ヴォンドルガ』。レイナは呪文を唱えた。



(なんだ、これは……!)

 次々と繰り出される斬撃を、紙一重で避け続ける。

「まったく、レイナやセレンは何をやっているのでしょうか」

 腰に差している四本の刀の内、一本を右手で無雑作に振りながら、アスレインはぐちぐちと文句を垂れる。

「クソジジイが買っているからある程度はできるかとは思っていたのですが、こんな小娘一人捕まえられないのですか。はあ、残念です」

 斬りから、突きに、急に攻撃パターンを変えたアスレイン。それに白雪は対応できずに、一撃を胴にもらい、弾き飛ばされる。

「うぐ!」

「おや、防具に救われましたね。手加減しているとはいえ、私の攻撃をはじくとはいい防具です」

「……これで、手加減をしているのですか。おぞましいですね」

「私はこれでも、教員の中では弱い部類ですよ。むしろ今日の見回りが私であることに感謝してほしいぐらいです。これがほかの先生方ならあなたは今頃死んでいるかと思われますが?」

「……さしもの某でも、反撃せねばならぬか」

「やっとですか。もしやこのまま反撃されないなどという舐められたままあなたを捕まえるのかと思っていましたよ。反撃してくれなきゃ捕まえて殺すことができませんしね」

「参る!」

 白雪はクナイを投げつけた。

「いい狙いです。しかし、そのせいで読みやすい」

 クナイの軌道を読んで、簡単に避けたアスレインは高速で白雪に近付きつつ、左の刀も抜く。

「受けてみなさい」

 二刀流のアスレインは×型の剣戟を入れた。

「クロス斬り!」

「ッ!」

 白雪は死を覚悟した。ろくに反撃らしい反撃もできないうちに瞬殺される。

(こうなるのなら、先にソラ殿に伝えておくべきだった)

 しかし、刀は白雪を斬らなかった。

「――どういうことですか、カザキリ・ソラ」

「え?」

 白雪はある単語に反応して閉じていた目を開いた。

「あ……」

 白雪の目に映ったのは、ナイフで二本の刀を受け止めて、白雪を守っているソラの姿だった。

「どうもこうもないですよ。命の恩人が襲われてるんです、止めに入って助けるのが普通でしょ」

「……ソラ殿」

 ソラはチラリと後ろを振り向いてニコッと笑った。

「カザキリ・ソラ、あなたは今自分が何をしているのか、お分かりですか? 今なら無かったことにしてあげますから、ナイフを引いて、後ろの賊を渡してください」

「断る。アスレイン先生、悪いけどこればっかりは無理だ」

「…………教師と一戦交えるということは、学園に対して敵対するということですよ」

「ソラ殿、某のことは気にするな。ソラ殿に迷惑をかけるわけにはいかない」

「あ? 関係ないよ、そんなの」

「そもそも、ソルミレン先生に聞きましたが、アナタはそこの賊にやられたのでは?」

「まあな、でも、昨日の敵は今日の友、俺はもうコイツのことを仲間だと思っている」

「そうですか……なら、仕方ありません。学園の敵を排除します」

「そんなことさせねえぜ!」

 アスレインの真後ろにあらわれたレイナは、槍をアスレインに叩き付けた。

「レイナ、アナタまで教師にさからうのですか?」

 左手の刀で後ろからの不意打ちを受け止めて、アスレインは問う。

「教師に逆らっている訳じゃねえ、ソラの味方をしているだけだ」

「結果的に同じことです」

 右の刀を後ろに刺して、レイナへの牽制をする。当然、当たるとは思ってもいない、レイナが数歩分後ろに下がればよかっただけだ。

「よう、ソラ。ちょっと見ないうちに痩せたんじゃないか?」

 アスレインを挟んで、レイナはソラに話しかける。

「まあな、ちょっと怪我をしていたんだよ、でもまあ、動ける程度には回復してるぜ」

「そうか、じゃあ問題ないな。今日の訓練は実践だ、アスレイン先生と戦って生き残れたらアタシらの勝ち、負けはイコールで死を意味するから気を付けろよ。それとそこの忍者、ついでだしお前も手伝え、今は少しでも戦力が欲しい」

「……承知」

「刀は二本のままで十分ですね、来なさい、私がすべて斬り捨てます」

「遠慮なく!」

 まず最初にレイナが飛び出した。大槍を突出し、とにかく一撃を狙う。

「狙いが甘い」

 レイナが突き出した槍は、簡単に刀で払われてしまった。そこに逆側からソラがナイフを持って飛び出す。ナイフのリーチはほとんどないので、相手の懐に近付かなければ攻撃できない。だから攻撃の前にかなり近づかなければいけない。

「踏み込みが浅い」

 アスレインが刀を振るう。明確に狙ったものではないが、その範囲内のものを両断する攻撃だ。ソラが踏み込みすぎていたら、斬られていただろう。

「一瞬で間合いを詰めなければ今みたいに反撃をくらいます。対人戦の基本です」

「なれば、これならどうであるか」

 白雪は、ソラが引いた瞬間に、入れ替わるように進んでいた。しかし、まっすぐ進んでいたら刀の餌食になっている。だから白雪は、その高い身体能力で地を蹴り宙に浮いていた。

 空中からクナイを投げる。

「いい判断です。しかし、相手を選びます」

 アスレインはまるで最初からクナイが飛んでくるのが分かっていたような動きで、クナイを避ける。

「この場合は、空中での停滞時、着地の瞬間を狙って反撃が待っていますので、どちらかというと悪手」

 避けた先に、まさに着地の瞬間の白雪が居た。そして、宣言通り避けることができない白雪に一撃を入れる。

「グッ」

 白雪は一撃に合わせてクナイで防御した。しかし、白雪の小柄な体格や、空中ということもあって、かなり後ろまで吹き飛んだ。

「あなたは軽いですね、何気ない一撃でもすぐに吹き飛んでしまう」

「おいおい、アタシら三人が簡単にあしらわれたぞ、教師っていうのはどんだけバケモノなんだよ」

「教師と生徒の間には絶対的な壁があります。今のままの状態なら、百年かかっても私を倒すことなんてできませんよ。これでも、まだやると?」

 アスレインは冷たく言い放った。


「いいえ、これ以上はやりません」


 レイナの後ろに人の影が現れた。

「セレン、それとジジ……学園長」

「アスレイン先生、剣を引きなさい」

「しかし……」

 食い下がろうとするアスレインにダリキシアはもう一度同じことを言う。

「アスレイン先生、剣を引きなさい」

「――わかりました」

 学園長からの命令には逆らえず、アスレインは両手の刀を腰に吊っている鞘に戻した。

 ダリキシアはソラに視線を向ける。

「ソラくん、君が無事と聞いて安心したよ」

「はあ」

「いろいろ言いたいことはあるが、そこの忍者を渡してもらおう」

「……断ったら?」

「カザキリ・ソラ! ダリキシアになんてことを」

「アスレイン先生も呼び捨てじゃん」

 レイナがぼそっと呟いたが、誰も聞いていなかった。

「いや、と、そういう訳かね」

「…………」

「それなら仕方がないのう。その忍者の子は好きにすればいい」

 ダリキシアはそう言って、一人みんなに背を向けて行った。

 あっさり引いた学園長に呆気にとられていると、今度はアスレインがしぶしぶといった感じで、捨て台詞を吐く。

「カザキリ・ソラ、ジジイがああいっているので今回は特別に見逃します。しかし、次は本気で斬りますよ」

 アスレインもダリキシアについて行った。

「…………ふう、助かった」

 ソラはその場でへたり込む。あんなことを言っていたが、アスレインに手も足も出ないのに、その上をいくダリキシアにあんなことを言ったのだ。内心ではがくがく震えていた。

「レイナ、俺たち生きてるってことは、勝ったんだよな?」

「バーカ、こんなの勝たせてもらっただけだ」

 レイナも、廊下の壁に背中を預け、そのままずるずると滑り崩れる。

「教師と生徒の間には絶対的な壁がある、か。アタシの全力が、あんなに簡単にあしらわれた……。これでも、少しは自信あったんだけどな」

 半分くらい、心ここにあらずの状態のレイナに、セレンが近寄る。

「こうなることくらい、最初から分かっていたことでしょ? 最近、ソラくんに教える立場になったからって忘れがちだろうけど、レイナちゃんもまだ半人前の生徒なんだから、ね?」

「うるせー、バーカ。一人だけ生徒じゃないからって調子に乗るな。お説教は明日でもできる、今は今すべきことをやる」

「うん、そうだね」

 レイナとセレンは、ほとんど同時に白雪を見た。

「さて、銀の髪がステキなお嬢さん、ぜひともお話を聞かせてくれないかな?」

 セレンがいつものにこやかな顔で、白雪に聞く。

「セレン、ここじゃなんだ。ソラの部屋に行くぞ」

「え、俺の意見は?」

「誰も聞いてねえよ」

「……ひでぇ」

「歩くのが面倒だから、魔法で飛んでいくぜ、いいな?」

「まあ、僕からは異存はないけど。ソラくんは?」

「かまいません」

 ソラは、白雪に視線を送る。なんだかんだで数日を共にした二人の間には、すでにアイコンタクトができるレベルになっていた。ソラの言いたいことを瞬時に察した白雪は、口を開く。

「……某も、かまいませぬ」

「決まりだな。『ポルデウス・ルネ・ティーナ』」

「ッ!」

 レイナが呪文を唱えた途端、ソラの頭に異常が起こる。たとえるなら、棍棒で殴られる衝撃を、直接脳に受けたかのような、目に映る景色がぐにゃりと歪んだ。

 気持ち悪い、そう感じた瞬間には、頭に起こった異常な感じはなくなっていた。

「はい、着いた。うん、暗いな……セレン、明かり」

「はいはい」

 軽く返事をして、セレンは杖を取り出す。

「『シャインライト』」

 杖先に、光の球体が現れて、うっすらとカーテン越しの明かりしかなかった部屋を明るく照らす。

「呪文唱えなくてもできるのになんで呪文唱えてるんだよ」

「練習だよ、僕にとっては魔法は呪文なしで使えるのが当たり前だから、みんなと同じことができるように練習してるんだよ」

「ふーん、要らねえな、その練習」

 あはは、と、セレンは困ったように笑みを浮かべる。

「とりあえず、俺の部屋がいつの間にか汚れているんだけど。というか、この無雑作に投げ散らかされてる服って、おそらく、というか、明らかにエレンのものだと思うんだけど」

「というか、お前が居ない間ずっと、エレンがこの部屋に泊まっていたからな」

「あと、明らかにエレンのサイズじゃない服もあるんだけど」

「あ、それアタシ」

「お前、人の部屋で何やってるの?」

「まあ、そんなこと気にするな。そこのベッドにエレンが寝てるんだから、静かにしろよな、もう」

「なんで俺が悪いみたいに言ってるの?」

 レイナは持ってた槍をポイっと軽く放り投げ捨て、その場にごろりと寝転がった。

「セレン、アタシは眠いから寝る。後ヨロシク」

「おい、ちょっと待てお前、おい!」

「まあまあ、ソラくん、落ち着いて」

「セレンさん、なんであなたも言い返さないんですか」

「まあ、僕はあんまり気にしてないよ。入学してからずっとこうだからね」

 そういえばと、ソラはレイナとセレンが同期入学者だということを思い出した。

「ほら、もうレイナちゃん眠ってるよ、こうなったら先生が起こそうとしても起きないからね」

(ソラ殿、このセレンという者、なんだか底がしれませぬ、用心なされ)

 白雪が声を潜めて、ソラだけに聞こえるように伝えた。

「さて、じゃあレイナちゃんの代わりに僕が今までのことの顛末を聞くよ。順番に、本当のことを詳しく教えてね」

「……はい」

「そっちのお嬢さんも、ね」

「……承知」

 そんなことをしている内に、新しい日が活動を開始する。

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