第4章
第15話
城下町でウニコーンと幽霊が現れたという話が立って四日がたった。
「兄貴、怪我しちまった。これも俺が不甲斐無いばかりに、自分の弱さが恨めしいぜ」
白で統一されたベッドの上で、唯一無事だった左手を使い、ソラは兄貴の形見のナイフに語りかける。
「……その、すまない。某のせいだということは分かっておる」
その隣では、背凭れがない椅子に座った黒服の少女がいる。銀髪で、黒服の下には鎖帷子を着こんでいる。いわいる、忍者だ。
忍者少女は、申し訳なさそうに顔を俯かせる。
「某がした行動で、何人もの関係ない者を命の危険にさらした事も重々承知しておる。それに、某を庇って命を守ってくれたお主をちゃんとした医療機関ではなく、某の隠れ家で某の施した治療を受けさせているのにも心が痛む。本当にゆるしてくりゃれ」
「いや、本当にな。あの時気が付いたら、いつの間にか全身包帯でぐるぐるにされているとは思ってもいなかったぜ」
「これも某に命じられた大命のため、すまぬが耐えてもらいたい」
「大命ってなんなの?」
「機密事項ゆえ教えられぬ」
「そっか」
「すまぬ」
「――兄貴、俺、怪我しちまったよ」
「……その、すまぬと思っておるから、ちくちく嫌味を言うのはやめてもらえぬかの」
ソラと忍者少女は四百五十六回目の会話のループを繰り返した。しかし、ここにきてやっと、忍者少女の方が心折れた。
「嫌味でも言ってなきゃ、やってられねえよ。それに、暇だし」
「……暇ついでに某に嫌味を言うのをやめてもらえないだろうか、某、じつは泣きそうなのだが」
「ふう」
溜息をつく。
「この怪我、あとどれくらいで治りそうか?」
「……貴公の体力からして、あと二週間といったところじゃろう」
「チッ、まだまだ先が長い」
「いや、全身重傷でたったの四日間でここまで回復するほうが異常なのじゃ。貴公が高い回復力を持つエルフやゴブリンでもこの回復力は計算が合わぬのに、それが人間ならなおさらじゃ!」
実はこっそり回復魔法系の呪文を使っていたとは、ソラは言えなかった。
(言うつもりもなかったけど)
四日間、ソラは怪我のせいでベッドの上から動けないでいた。食事やトイレ、その他いろいろなことは、忍者少女が「某には貴公を世話する義務がある」と世話を焼いてくれるからいいが、何よりも暇だった。
「そういえば、もう四日だけどお互い名前を知らないよな」
とは言っても、ソラ達は四日間名前を呼びあわなくても暮して行けたのだから、問題はなかったのだが。
「……そもそも某は貴公と呼んでおるし、貴公は某の名前を呼ばずイキナリ要件を言っておるので名前を呼びあう意味はないのだが――しかし、貴公がそういうのなら某の名を明かそう」
「え、忍者って普通個人情報を誰にも教えないんじゃないの?」
「その通り、たとえ主にさえも秘匿するもの。しかし、某は貴公に責を感じ、貴公の望むことはできるだけ叶えようと思ったのじゃ」
「ふうん?」
ソラは、細かいことはよくわからなかったが、教えてくれるというなら聞いておこうと思った。
「それでは――某の名前は銀違。下の名は持っておらにます故、銀違と呼ぶがよろし」
「名前がないだって? いや、その前に、銀違は漢字圏の人だったのか」
「……うむ、いかにも。某の故郷は漢字圏内にある。と、言うよりも、あまり某の事を聞いてくれるな。あまり知りすぎると貴公を消さねばならぬゆえ」
「それは困るな、せっかく生きてたんだ。わかった、もう聞かないよ」
「それで、某はまだ貴公の名を聞いてはおらぬぞ?」
「お、そうだったな俺の名前は、ソラ。気軽にソラと呼んでくれ」
「……いやあ、正直に名乗るとは某は吃驚したでござるよ。某、これでも忍者なのですよ? ひとつある情報からすべてを調べ上げることすら可能なのに……」
「じゃあ、これは偽名だったという注釈をつけておく」
「……フフ、了解した。ソラ殿」
銀違は微笑んで了承した。
その頃、学園では、
「ソルミレン先生、ソラさんはまだ見つからないんですか……?」
赤色がかった長髪に、帽子をかぶった少女、エレンは悲哀の表情を浮かべてソルミレンに聞く。
「エレン、アンタも毎日よくやってくるもんだよ。でも、今日も何の情報も掴めてないよ」
ここ数日の日課のように毎日事務室にやってくるエレンに、今日もソルミレンは希望がない事を伝える。
「そう……ですか……」
元々元気がなかったエレンは、更に肩を落とし、落胆する。
「ほら、そんなに落ち込まないの。エレンがそんな顔してたら、ソラくんだって元気がなくなるよ?」
「はい……」
「さあ、授業に行ってきなさい。何か分かったら、すぐに教えるから」
「はい、先生」
エレンはしょんぼりしながら、「しつれいしました」と事務室を出て行った。
「――まったく、ソラくんは何をしているんだか。エレンだけじゃなく、うちの妹も、はてはあのレイナちゃんまで、最近は元気がないみたいだし」
「ソルミレンさんも、最近はずっとソラくんのことしか考えていませんよね」
パソコンに入力していた事務員がぼそっと茶々を入れる。
「なあに言ってんのよ、あんただって最初の頃は私がずっと見てあげたでしょうが」
「ハハッ、そりゃあそうだったッスね」
事務員は軽く笑って、自分の作業に戻った。
ソルミレンは思う。
(でも、ホントにソラくんは何をやっているやら。まさかとは思うけど……いえ、そんなわけないわ、ソラくんに限って、もう殺されてしまったなんてあるわけがないわよね)
「邪魔だ、そこを退け」
レイナは大槍を片手に、ゲルニアと対峙していた。
「断る」
学園唯一の出入り口で、ゲルニアは外に出るレイナを通せんぼするような位置に立っていた。
黒いロングコートは、背が高いゲルニアにはよく似合っていた。手にしたタバコを口に持っていき、「フー」と紫煙を吹き出して、ゲルニアは指先でタバコの先端を揉み消す。
吸殻をポケットに入れて――そこで、凄まじい勢いで迫ったレイナの槍がゲルニアを襲う。
「だから、無駄だ」
ゲルニアは、最初から分かっていたかのように首を横に傾ける。
今までゲルニアの首があった場所に、槍が突き抜ける。
「だから、なんで避けられるんだよ!」
「だから言っているだろう、生徒と教師では絶対的なレベルの実力差があるんだ。いくら君が特別製だからと言っても、それは変わらないのだよ」
レイナが突き出した槍を左手で掴んで、槍の動きを奪う。
「校舎に戻れ、ヴィム=ファイブ・レイナ」
「断る!」
「実力行使で謹慎室に入るというのか?」
「ゲルニア先生を張り倒して、学園を出ていく」
ゲルニアは溜息を吐く。
「仕方のない奴め」
ゲルニアは『ジェイド・グライ』を唱える。
「な!」
ジェイド・グライは直径十から十五センチほどの闇の球体だ。呪文自体は珍しくもないし、ナレッドのように球体が大きいという訳でもない。学校で始めて魔法を習う者用の、いわば練習台のような闇魔法だ。当たってもそこまでダメージはない。しかし、ゲルニアが唱えた『ジェイド・グライ』はそうでもなかった。
ほぼゼロ距離から発せられた『ジェイド・グライ』に当たるのは仕方がない、しかし、
「うそ……だろう?」
『ジェイド・グライ』がレイナに当たった瞬間、黒煙が吹き上がり、数メートル吹き飛んで背中から地面に叩き付けられた。
「ただのジェイド・グライなのに何故と思っているな、これが生徒と教師の差というものだ。さあ、校舎に戻れ、ヴィム=ファイブ・レイナ。お前のことだ、動けないなんてことはないだろう」
「――クッソタレが!」
倒れたまま、レイナは地面を叩き付けた。
「レイナちゃんも情緒不安定、その他、最近ソラくんと深くかかわった者は失敗が多くなったり、ボーっとしたことが多くなったり、ソラくんの影響の強さが窺えます」
学園長室にて、セレンは学園内の近況報告をしていた。
「ふむ、やはりカザキリ姓名は伊達ではないかのう。ヴィム=ファイブ・レイナにソルミレン先生、この二人が呆けているのは少々困るのう。その妹のルナくんも、関係が薄そうなイリアくんもソラくんがいなくなったと聞いてから授業中にミスすることが多くなっていると聞くし。関わりを持っている中で無事なのがナレッドくんと君だけか」
「ナレッドくんはソラくんと仲が悪いですから、僕の場合は第一にレイナちゃんのことを考えているから無事なんですよ」
「ふむ、事を急いで瞑・黎明との接点を作らなかったのは、正解だったのう」
「……ダリキシアン学園長、あなたは何をしようとしているのですか」
「――まあ、居なくなってしまったソラくんの穴を埋めることから始めるかのう、セレンくん、帰ってよいぞ、残りの忍者の洗い出しに戻ってくれ」
「…………わかりました」
セレンは学園長室を出て行く。
出て行ったセレンは歩きながら考える。
(――カザキリ姓名は伊達じゃない、と言っていたけど、これはどういうことなんだろうか? 特にカザキリという名前に聞き覚えはないけど、ちょっと調べてみようかな)
どうせ、ソラくんはしばらくすれば帰ってくるだろうし、そう思ってセレンは図書室に向かった。
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