第14話

「待て!」

「……しつこい奴でござるな」

 民家の屋根を走る忍者は後ろを見ることなく、ソラが自分を追ってきていることを耳で知る。聞き取り方からして、追手は後方十二メートルほど離れていると忍者は予想を出す。

 次々と屋根から屋根へと飛び移る忍者は、ソラを厄介と思うと同時に、心中で称賛する。

(まさか某についてこれる者がおったとは、やはり世界広いし、しかし某も大命を預かる身、むざむざ追いつかれる訳にはいかぬ)

 一方、追いかけるソラは、

(クソッ、なんつー速さだ、魔法でスピード上げているのに全然追いつかねえ! しかも、相手は魔法を使って肉体強化をしている様子もない、つまり素で走ってあの速さかよ、相当個体値が高い獣人族か!?)

 相手の底知れなさに少々の恐怖を感じていた。

(これじゃその内に離される、その前に捕まえないと……!)

 そろそろ息が切れそうなソラは、知恵を絞る。

(この状況は相手の方が早いからこうなった。逆説的に言えば、相手が遅ければ問題ない! だてにレイナに訓練してもらっているわけではないんだよ!)

 数日前、「対、魔法使い」の訓練中、レイナとの会話を思い出す。


『そういえば、お前って竜騎士なんだよな』

夜の闘技場で偶然、ソラの攻撃がレイナに当たっていつもより早く訓練が終わったので話題をレイナに振った時の話だ。

『正確にはまだ竜騎士見習いってところだけどな。それがどうした?』

『魔法使いとして、ではなく、竜騎士として戦ったレイナの戦闘力ってどのくらいなんだろうって思ってさ』

『うーん、そうだな。今のアタシなら中型の竜なら単騎でギリギリ狩れると思うぜ?』

『マジか! つまり言い換えるとレイナの戦力はイコールで中竜ほどもあるってことかよ』

『おそらくな。というか、アタシと竜では戦い方が全然違うから、単純な比較はできないぜ?』

『アバウトなイメージだよ。でも、中竜か……戦ってみたいよな』

『うーん、今夜はまだ時間あるし、ちょっと戦ってみる?』

『え、いいの? イヤ、ちょっと待て、中竜規模の戦力と俺が戦えるはずがないだろう! 死ぬぞ! 俺が』

『胸を張って言うことではないぞ……。いや、考えてみればそれが普通か?』

 レイナは思い直した。

『まあいい。今まで通り、アタシに攻撃が当たるか、アタシがアンタを二十回殺したら終わろうか』

『俺を二十回も殺す!?』

『あ、言い方が悪かったな。アタシは寸止めするから、それが一キル判定』

『つまり、俺は二十回寸止めされたら負けって訳か』

『そういうこと。まあ、余興だと思っていいよ、見習いでも竜騎士の強さを見れるってさ』

『わかった。じゃあ待ってるから、武器を……』

『いらねー。武器なんか使ったらアタシの勝ち確だしな』

『超余裕じゃないですか、油断してたら俺が勝っちまうぜ』

『はいはい。じゃあ、始めるよ』

『おう――う!?』

 返事を返した瞬間、レイナの拳が目の前にあった。

『まずは一回目』

『ッ!』

 ソラは驚きながらも、手持ちのナイフで切りつける。

『遅い』

 レイナはいつの間にか数歩分後ろに下がっていた。そのせいで、ソラが振るったナイフは何もない宙をすり抜け、その瞬間にレイナは再び距離を詰め、今度は左胸に拳を放った。もちろん、寸止めだが。

『二回目』

『くッ!』

 その後、ソラの攻撃はレイナに当たりもせず、四分後には、この訓練は終了していた。


(あの時、スピードが売りの俺がスピードで負けた。再び俺がスピードで勝つためにはふたつの方法しかない。俺がもっと速くなるか、相手が遅くなるかのどちらか、だけど、ここから更に自分のスピードを上げるには凄まじい時間を要する、一日二日では見違えるほどは速くはならない。じゃあどうするか、もうひとつの方法、相手を遅くするしかない)

 ソラはレイナに手も足も出なかったあの日からずっと自分より早い相手の対処法を考えていた。そして、その結論を口にした。

「『デビ・シビル』!」

 ソラの中の魔力が消費され、その対価に現実をゆがめる現象が起こる。

「……ッ!? な――」

 忍者の全身の筋肉の動きが一瞬、おかしなことになった。「な」の続きは「に」なのか「ぜ」なのかはわからないが、忍者の体に異常が見られたのは間違いない。

次の一歩で、忍者の体が少しぐらついた。もともと屋根の上、ひとたびバランスが崩れると、あとは転倒へとまっすぐ進むのみである。

「よし!」

 ソラは結果に満足して、思わず声を出す。

 しかし、ここが屋根上だというのがまずかった。ソラ達が走っている家の形は「同」ではなく「合」の形、したがって、バランスを崩した忍者はもつれた足をなんとか直そうとするが、元がすごい速さで走っていた勢いのせいでうまくいかず、地上の通路側に転がり落ちる。

「グ、なんの! 着地と同時に受け身を取って――」

 しかし、それは天の運命が許さなかった。

 ちょうどタイミング良く、あるいは悪く、忍者が落ちる落下予測地には、今まさに馬車が走ってきていた。しかも、運悪く、曳いているのが馬よりも脚力があるユニコーンと馬の配合種のウニコーンだったのが運のつきだった。ウニコーンの蹴りは厚さ八ミリの鉄さえも蹄で貫通する。頑丈な甲殻種でなければ、死は免れないだろう。

(……ウニコーンか、某は蹴られて死ぬでござろうな。いや、むしろむざむざ捕まるよりこの方がかえってよかったのであろう)

 ウニコーンとの距離は二メートルほど、馬車の運転手は、突然降ってきた忍者に驚いた表情を浮かべている。

(ただ、某を轢いたことにより、ウニコーンが驚いて暴れだすのが心残りか……)

 ウニコーンは気性がやや荒い生き物。驚いたり、怒ったりすると暴れだす。忍者はその暴れたウニコーンの被害に遭う人々をかわいそうにと思った。


「させねえッ! させてたまるか!!」


 死を覚悟した忍者の耳に透き通った声が響いた。

 次の瞬間、気がついたら大きな懐に抱きしめられ、地面に倒れていることに気が付いた。

(この男、一瞬で屋根から地上まで!?)

 重力に引かれるだけでは、時間が足りない。屋根のヘリを裏から蹴り、重力プラス下への勢いを利用して、一瞬で地上への移動を可能にしてみせた。しかし、

「ヒヒーン!」

 当然のように、驚いたウニコーンが蹄を高々と掲げる。

 地上にて、商売や買い物をしていた誰もが、倒れている男が蹄で蹴られて死ぬであろうことを予想した。

 ウニコーンの蹄が振り下ろされる。

「『デビ・シビル』」

「ヒヒ――」

 ドスン ウニコーンは蹄どころか、全身でソラと、ソラに抱きしめられた忍者少女を押しつぶした。

「大変だ、人が潰されたぞ」「だれか警護隊を!」「バカ、それよりも次に狙われるのは俺たちだぞ」「逃げろ! キサマら邪魔だ、どけェええ!」

 しかし、ウニコーンはいつまでたっても暴れる様子がない。むしろ、ヒクリとも動いていないことに、みんな気付き始めた。

「おい、動かないぞ」「どうなっている」「今のうちに警護隊に通報を!」「武器を、今のうちに武器を!」「まさか、死んでるの?」「まさか! ほら、いまピクッて動いた」「やっぱり動くのね! 早く逃げ――あれ?」

 若妻っぽい人が何かに気付く。

「ウニコーンが痙攣している? いえ、違う。これはむしろ、下側から力を加えられたような動き――まさか!」

 若妻っぽい人に続き、その可能性に思い至った五十代ほどの獣人族のおじさんが声を荒げる。

「ウニコーンの下敷きになった奴らが生きているぞ! 誰か、力に自慢のある奴、二、三人ほど手伝え!」

 獣人族のおじさんは、ウニコーンに近づき、頭部を持ち上げようとする。おじさんの声に反応した力自慢二人が、それぞれ加勢する。

「俺も手伝おう!」「僕も!」「細身だけど、居ないよりかはましなはず!」

 力自慢二人に感化された男衆がウニコーンを囲む。それぞれが思い思いにウニコーンを掴み、持ち上げる。

『わーせ!』

「おい小僧、生きているか!」

 獣人族のおじさんが、ウニコーンのしたから現れたソラにコンタクトを取る。しかし、答えたのは忍者少女の方だった。

「医者を! 今まで意識があったのじゃが、みなが集まった途端意識が途切れたのじゃ!」

「嬢ちゃん退きな、おいお前、このボウズを引っ張ってくれ」

 獣人族のおじさんは、若妻っぽい人に声を掛ける。

「わかりました!」

 買い物かごを近くにいた人に押し付け、ソラをウニコーンの下から引きずり出す。

「親父さん、もうそろそろ腕が限界だ!」

 力自慢の一人が、血管を浮かび上がらせながら言った。

「お前ら! ゆっくり下ろせ。ここまで来てウニコーンが起きて暴れたらすべてがオジャンだからな!」

『おう!』

 男どもがゆっくりウニコーンを下す。

「いいぞ、いいぞ、よし!」

 下ろしても、ウニコーンは起きたりはしなかった。

「よし、お前らよくやった!」

『わあー!』

 獣人族のおじさんと力自慢二人、加勢した男衆はその場にいた全員の拍手合切を受けた。

 ちょうど、この時に警護隊が到着した。十二人構成で、全員息が切れている。走ってきたのだろう。

「おう、遅かったな」

 力自慢が笑顔で迎えた。おそらく知り合いだろう。

「お前……いや、それよりもウニコーンは、あれ? 気絶してる?」

「ちょうどいい、歩道なのに馬車で乗り込んできたバカを連れ去ってくれ」

 ウニコーンの飼い主、混乱に乗じて逃げようとしていたところをもう一人の力自慢が首根っこを押さえて阻止している。

「了解した。ああ、すぐに動物牢がつく、それまでもうちょっと待ってくれ」

「おうよ」

「おい、そういえば助けたあの坊主はどこに行った?」

 誰かの発言に周りのみんなはざわめき始める。

「そういえば、黒服のちっちゃい女の子もいないわね」

「まさか、あの子が連れて行ったとか?」

「それこそまさかだぜ、こんなに大勢人がいるんだ、誰にも気付かれずにどこかへ行けるわけがない」

「でも事実、二人は居ないわよ?」

「おい……もしかしたら、今の二人は幽――いや、なんでもない」

「ウソだろ!? 俺らは一体だれを助けたんだ」

 救出された二人がいなくなった。残ったのは腕の疲れと気絶したウニコーンに交通法を破った男。

「う、うわー!」

 一人が発狂すると、どんどんそれが伝播する。数分後には、そこにいた住民が全員が発狂した。


 学園に死霊魔法科といった霊に関する学科があるが、普通の人には霊はまだ恐ろしいのだ。

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