第13話
ソラ、ソルミレン、そしてエレンを乗せた荷車付き馬車は、トリセイン総合学園を飛び出し、十二キロほど離れた街、ベルギウスに下りる道中にある。
本当はソラとソルミレンだけで買い出しに行くつもりだったのだが、エレンが「ついていきます!」と主張したので、保護者の立場二人の話し合い、結果連れて行くこととなった。
『いい社会見学になるでしょう』とソルミレンの弁、『目を放すと、また無茶な運動をするだろうから』とはソラの弁。エレンの機嫌がいいのは、外出を許可されたからか、はたまた馬車でソラと一緒だからか。
「もうすぐトリセイン王国の首都、ベルギウスに着くわよ」
三頭の馬の手綱を操るソルミレンが振り返らずに後ろの二人に話しかける。
「首都ベルギウス…………トリセイン学園を受験するときに宿に泊まったけど、観光なんてしてる時間も状況でもなかったもんな、どういうところかあまりわからないな」
「わたしも、あまり街には下りたことはないんです」
「へえ、エレンも……あれ?」
ソラは引っかかりを覚える。
(あまり? てことは、何度かはあるってことだよな、でも、エレンはついこの間トリセイン学園に入学してその後一週間俺と一緒にいた、じゃあ一体いつ下りたんだ?)
「あ、いい忘れていましたけど、わたし、小さいころから学園の方に住んでいました」
「なんだって! でも、それならレイナと知り合いだったのもわかる」
「なぁにぃ、言ってなかったの?」
「言う機会がありませんでしたから」
「ふうん、ルナも去年初めて在籍という形を取ったけど、その前は学園に住まわせてもらっていたのよ。だからエレンとは同じ境遇どうし、生徒でもないのに学園に住まわせてもらっていたものとして仲がいいの」
事情説明をソラにする。
「へえ」
「学園長がさ、そういう人なの。『救いの手を伸ばせるのなら救う』が学園長のポリシーね。ソラくんも救われたんでしょう」
「はい、そのおかげでこうして臨時職員としてエレンのコーチや先輩と買い物できているんですね」
「そうね。私たちは学園に助けられている、だからシッカリすることはしないとね」
「「はい!」」
ソラとエレンは力強く返事をした。
「あ、見えてきたわよ」
ソルミレンの言葉に反応して、エレンは馬車の窓から首を出す。
「わあ……!」
目に飛び込んできたのは大きな街と、街の三割を占める巨大な城だった。
「トリセインの王様はやさしい人でね、城壁と称して街の周りにバリアケートを造ったのよ、城壁なら城の周りにあるのにね。で、そのせいで街に入るには八つある扉のどれかを通らないといけないのだけど、モンスターに襲われる頻度が減ったからみんなそれほど気にしてないわね」
「飛んでくるモンスターとかはどう対処しているんです?」
「ほら、城壁の一部が盛り上がっているでしょう? あそこに見張り番がいて、モンスターが街に到着する前にみんなに接近を知らせるの。城の方でも見張りを付けていて、村のみんなと一緒に兵士が戦うわ」
「統率されているんだな」
「すごいです!」
「この馬車も、向こうはもう見つけているはず。トリセイン学園のものだってわかっているから検問でほとんど時間は取られないわ。ああ、いい忘れていた、あなた達は絶対に馬車から降りちゃダメよ、絶対にね、わかった?」
「「わかりました」」
「うん、わかればよろしい」
ソルミレンは三頭の馬の手綱を打って、スピードを上げる。
「もうすぐつくから」
そう言ってソルミレンは運転に集中した。
検問は顔パスだった。
検問官と顔見知りの様子から、何度も買い出しをしていることが判った。
そして、城壁の門が開いたとき、ソラとエレンは驚きと感動で「わあ……」と声を漏らした。
辺り一面、人が群がっていた。通りの左右に商店が並び、人々がそれを吟味している。その光景が道が続く限りずっと。ソラは、自分がとまった宿屋の近くには無い活気に驚く。
それを見透かしたように、ソルミレンが話しかける。
「どう、驚いたでしょう。ここの通りは食品や雑品なんかの生活必需品が売ってあるところ、前にソラくんが泊まっていたのは多分、宿屋や料理屋が多いエリアね」
馬をゆっくり歩かせながらソルミレンは教えた。
「エリア分けされていたのか。道理でこの街は料理店が多いと思ったんだよ」
「実際多いわよ、首都だけあって人の出入りが激しいのだから。その客層を狙って料理店があるようなものよ。ソラくんが泊まった宿って、三食そろっていた?」
「えっと、いえ、朝食だけでした」
「やっぱり? そこのエリアは全体で結束していてね、宿に泊まった人が周りの料理店に行くように細工してるんだよ」
「だから一食しか出さなかったんですか?」
「そう。宿では朝食しか出ない、だから昼と夜は別の所で食べるしかない。つまり、周りの料理店だね」
「なんかセコイ気がします、それ」
エレンがぼそっと言って、ソルミレンがアハハと笑う。
「言えてるわね、ソレ。でもね、これは貧富の差をなくすための政策だから仕方がないのよ。みんな必死なのよね」
「生きるのに、ですか?」
「それもよ」
「も、って?」
ソラにはそれ以外思いつかない。
「王様のためよ。王様はやさしすぎるの、学園長と同じで弱きを助ける人だからね。だからみんな、『私たちは大丈夫です』ってアピールしているのよ、町の活気を見せてね」
「王様、みんなに好かれているんですね」
「そうよ、ベルギウスで王様が嫌いな人なんてほとんどいないはずよ、それくらいみんなが支持しているわ」
「それはそうと、先輩。ここでは食材は買わないんですか?」
「先に武器の発注よ。食材から先に買ったら馬が疲かれるでしょう。できるだけ、無駄のないように動き、最小限のコストで最高のパフォーマンスを得るのよ」
「あ、そうか」
「今年の戦士科はいろんな武器を使う子が多くてね、面白いものなんかブーメランを使う子なんているのよ」
「ブーメランですか…………??」
ソラはブーメランが分かっていなさそうなエレンに一応の説明をする。
「ブーメランてのは、投げて攻撃する武器なんだけど、使いこなしてくると、外した時に投げた持ち主の所に戻ってくるんだ。だからギリギリ当たらないところに向かって投げてわざと外したりする戦術もある」
「外している限り、何度でも撃てる銃みたいなものですか?」
「まあ、考え方としてはあっているな」
「ブーメランすごいです!」
「でもブーメランは当たると戻ってこないし、メインで使う武器じゃないんだけど」
「だから面白いのよ」
「それはそうですが…………」
「あ、ソラさん、道が広い所に出ましたよ」
「これはメイン通り。このまま左折すると王族が住む城に行くんだけど、今日はそんな予定はないからね、このまままっすぐ行って武器屋に行くわ」
ソルミレンは言葉通り、横幅二十メートルほどあるメイン通りを横切り、先ほどと同じような道に入った(それでも馬車が二列ならんで歩けるほど広い)。
「狭い道は人が多いから面倒なのよねー」
「走らないで下さいよ、人を轢いたら洒落になりませんから」
「わあってるわよ」
(本当にわかっているのだろうか)
「お、ほら、アレだ、あれがいつも世話になっている武器屋さん」
「どれどれ」
馬車の窓から顔を出して見てみる。
看板が掲げられていたので、簡単に見つけることができた。
「えっと、『メイトレイズの武器屋さん』? なんの捻りもないな」
「店の名前なんてどうでもいいのよ、問題は品質よ」
馬を店の前に停める。
(いや、それは営業妨害じゃないか?)
ソラの疑問なんて知らないで、ソルミレンは馬車から降りる。
「メイト! 来たわよ!」
大声を出してから、武器屋のドアを開ける。
「ソラさん、わたし達も行きましょう」
「そうだね」
ソラ達も馬車から降りて、ソルミレンの後を追った。
「お前ら下りるなって言っただろうが」
追いつくなり、ソルミレンはソラ達を睨む。
「いくら平和な街でも馬泥棒ぐらい入るの! ましてや学園の馬車よ! 闇市で高額で取引されるわ、もしそれが何かの事件に使われでもしたら? 学園の信頼は地に落ちるわよ!」
「ひえ! スイマセン!」
ソルミレンの剣幕にエレンは軽くおびえる。
「まあ、落ち着くのだ。ソルミレンどの」
店の奥からしゃがれた声とともに、老人が一人現れた。
「ゲニレイドさん。どうも、ご無沙汰しています」
「馬車ならメイトが裏に連れて行っておる、安心しろ」
「手間を取らせてすいません」
「いやいや、これも若い世代のためじゃと思うてな」
「先輩、この人は」
突然現れた老人に頭を下げるソルミレン。状況が理解できずにソラは聞く。
「この方はミシルン・ゲニレイドさん。伝説の武器職人なんて言われている鍛冶屋よ」
「昔の話じゃ、今は店も孫にくれて隠居生活満喫中じゃ」
ゲニレイドは微笑みを浮かべる。
「ソルミレンどの、こちらの二人は?」
「左のはカザキリ・ソラ、学園の臨時事務員で、右のは銃使い科の一年、ヘルス・エレン。どちらも今年入った者です」
「ほう、カザキリ姓の者か」
(この老人、俺の名前のことを知っている!?)
「ゲニレイドさん、ソラくんのことを知ってるんですか?」
「いいや? はじめて会ったわい」
と、タイミング悪くドアが開かれる。
「おじいちゃん、馬の誘導終わったよ」
「おお、メイト、ご苦労だったな」
ソラ達三人、振り返る。
「お、ソルミレンさんと、その連れだな」
「悪いねメイト、馬を片付けさせちゃって」
「次から気を付けてね。て、言っても聞かないだろうけど」
メイトはため息交じりに呟く。
「で、今日は武器の注文?」
「そうそう。今年の戦士科にはいろいろな武器を使う子が多くてね、はいこれ注文表」
ソルミレンは羊皮紙を一枚、メイトに渡す。
「えーと、なになに? モーニングスター、ヌンチャク、ナックル、ブーメラン? と、それからハンマー系が三つか。ブーメランって、ソルミレン、今年の戦士科はずいぶんユニークだねえ」
「ここ最近、主要武器以外の武器を持つ子が増えてきたのよね」
「わしらの時代は剣と槍と弓の三種類だけじゃったが、最近はいろいろと武器の種類も多くなってきたものじゃ」
ゲニレイドが昔を思い出すように言った。
「とりあえず先に支払いを……あ、馬車に置いてきた」
ソルミレンがソラを見る。
「悪いけど取ってきてくれない? ちょっとやめてよ、そのあからさまな嫌そうな顔」
「わかりましたよ」
「あ、私が案内するわ」
メイトが羊皮紙をそこら辺において、ソラについて行く。
「ありがとうございます」
「いいわよ敬語なんて、多分同い年くらいだし」
「むむ、新しいフラグの予感……」
「何を言ってるんですか、先輩」
「ううん、こっちの話」
「?」
「じゃあ、ついてきて」
メイトは、さっき入ってきたドアに手を掛け、外に出る。ソラもそれに続いた。
店の隣の建物は、どうやら工房らしく、メイトは店と工房の間にある狭い道を通る。
「あ、私のことはメイトって呼んでね。武器、防具を買い求めるなら私によろしく」
「防具? 防具は着ると体が重くなって、いつものスピードが出せなくなるから着ていないんだよな」
「ええ!? 防具を着ていないですって!?」
「まあ、そもそも攻撃に当たることがあまりないからな」
「キミ、そんなんでよく生きてこられたね」
「スピードにはまあまあ自信があるからね」
「でも、最低でもライト級のものだけでも着けておいた方がいいよ。あ、ここに馬を止めてある……」
メイトは言葉を詰まらせた。
「あ」
ソラも、驚きに口を開いた。
馬車のすぐ近くにいたソイツは、おそらくソルミレンの物であろうガマ口を右手に持っていた。
「…………しまりましたな」
「おそらく「しまった」の丁寧語のつもりなのだろうが、ぜんぜん焦ってないな、お前」
黒服の下に鎖帷子を着こんでいる銀髪の少女は、ガマ口をソラ達に投げつけた。
「おわ!?」
メイトの顔めがけて直進してきたガマ口をソラがあわてて腕を伸ばしてキャッチ、メイトの顔を傷つけることが目的ではない忍者少女は、ソラ達が慌てている隙に逃走を開始した。
「あ、待て!」
ソラはガマ口をどうでもいいとばかりに放り投げると、追跡を開始した。
「――え? どういうことなの?」
状況が飲み込めないメイトは、
「とりあえずおじいちゃん達に知らせなきゃ!」
ソラが放り投げたガマ口を拾って、メイトは店に走って戻った。
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