第12話

 学園長室の以前ソラが座ったソファー、今そこに座っているのはレイナとセレンの二人だ。向かい側のソファーには学園長のダリキシアンと、その後ろに武戦の講師とダリキシアンの秘書を兼任しているアスレイン先生が立っていた。

 しかめっ面をしているレイナはそっぽを向いて、基本的に会話をしているのはセレンと学園長、アスレイン先生の三人だ。

「……それで、二人を捕まえてみましたが、どうも口を割りません。向こうが何人いるのか、それすらわかりませんが、どうやらセイスタン戦闘学院との繋がりはなさそうです」

 セレンは手振りを入れて説明をする。

「そうですか、とりあえずその二人の身柄はこちらで引き取ります。あなた達は引き続き侵入者を洗い出してください」

「はい、わかりました」

「それにしても、セイスタン学院以外で忍者とはな、意外なものじゃ」

 ダリキシアン学園長が興味深く、白ひげをなでる。

「ええ、そうですね、僕も初めて見ました。もうすぐ二十になりますが、ここ数年久しぶりに驚きました」

「ケッ、意外でもなんでもないぜ、あいつらが使うのは結局のところ『体術』の延長線だ、訓練次第では無名の学校や、その気になれば個人でも忍者やっていけるぜ」

「レイナちゃん……」

 セレンが名を呼んで諭してレイナはだまったが、そのツッケンとした態度は改めない。

 アスレイン先生がムッとした表情を少しだけだしたが、それを察したダリキシアン学園長が「まあまあ」と、なだめに入る。

「とにかく君たちは、引き続き捜索を続けてくれ」

「はい」

「フン」

「それでは学園長、アスレイン先生、失礼します」

「……」

 セレンとレイナは立ち上がり、退室する。その際、セレンは礼をしたが、レイナはしなかった。

 バタン。扉を閉める。

「……レイナちゃん、扉越しにあかんべーって、子供じゃないんだから」

「フン、こんなもんじゃアタシの気は収まらないぜ」

「まあ、今は抑えてよ、もうちょっと、僕たちに力が付くまで」

「――もうすぐ、もうすぐだ」

 レイナはセレンを残して先に歩き出す。

 そんなレイナを困ったように苦笑し、セレンは数歩遅れで付いていく。

「『君』には期待してるよ」

 誰にも聞こえないような小声でセレンは言った。



「ろくじゅういーち、ろくじゅうにー、ろくじゅうさーん」

 エレンは細い二の腕をプルプルと震わせ、上下に動く。

「頑張れ、あと七回だ」

 その表情は苦痛そのもの、しかしエレンは上下運動をやめない。

「ろくじゅうしー、ろくじゅうごー、ろくじゅうろくー!」

「きついだろうけど半分は超えた! もうすぐだ!」

 ランナーズ・ハイにも似た興奮と躍動感を感じて、エレンは限界を訴える個所を無視する。

「ろくじゅうなな! ろくじゅうはち! ろくじゅうッきゅう!」

「よし、最後の一回だ!」

 ゴール手前、もう臨界点をこえようとしている自分の体に気付きつつ、『おわり』という開放感を求めて最後に叫ぶ。

「ななっじゅう!」

 限界を超えたからだと、達成感を爽快に感じつつ、呼吸荒くその場に倒れ込む。

「おめでとうエレン、とうとう腕立て伏せ七十回達成だ!」

「ハアハア、ありがとう、ござい、ます……」

 エレンは地に伏したまま礼句を述べる。いつもなら伏したままで言わないのだが、今くらいはいいのだろう。

「大丈夫か? はい、ボトル――て、起き上がれる?」

「すいません、腕が張った上に震えて……もう少ししたら起き上がれ――ひゃあ!」

 ソラはエレンの華奢な体を抱き起し寄せた。

「あ、ごめん、急に抱き起されてびっくりさせちゃったね。でも、頑張った女の子をいつまでも土に付かせるのは俺の気が許せなくて」

 気恥ずかしそうに左手で頭を掻きながら、しかしもう片方の手は、エレンが滑り落ちることが無いようにしっかりと抱きかかえている。

「やっぱり、イヤ――だよね」

「い、いいえ! ソラさんに抱きしめてもらえるなんて嬉しいというかありがたいというか心強いというか、ソラさんさえよければずっとこのままで――いえ! 何でもないです!!」

 運動のせいかエレンの顔は赤く、太陽の位置の関係かソラの顔を見ないでエレンは「何でもありません……」ともう一度呟いた。

「そうか? イヤじゃないなら、エレンは疲れているんだし、もうちょっとこうしていてもいいんだぞ?」

「だ、大丈夫です! もう立てますし!」

 赤い顔のまま、エレンはソラの手から抜け出す。が、

「あ!」

 やっぱり疲労が溜まっているのか、ふらりとよろめく。倒れてしまう前にソラは手を差し伸べてエレンを受け止める。

「やっぱり疲れ切っているみたいだな。汗もすごいし」

「~~~!」

「こら、暴れるな! 脱水症状と日射病で倒れても知らないぞ!」

「にゅう……」

 そこまで言われたら仕方がないと、エレンは大人しくなる。

「はい、口開けて」

「?」

 ソラはボトルを手に、エレンに開口を要求する。

「まだ腕、動かせないんだろう?」

「はい、そうですけど……でも」

「でも?」

「その、それはさすがに」

 ボトルは上がでっぱっていて、そこに口を付けて飲むタイプ。しかしそれには手を使わないといけない、だからソラは『自分がボトルを支えるから、その間にスポーツドリンクを飲んで』と言いたいのをエレンは理解したうえで遠慮をする。

 むしろ、理解したからこそ、か。

「俺の言うこと、何でも聞くんじゃなかったけ?」

「……………………わかりました」

 えらく長い時間考えて、誰かに目撃された時の言い訳を考え付いたところでエレンは了承する。

「口開けて」

「あ、あー」

 覚悟を決めて、目をつぶり、その代りのように口を開ける。

 ソラは開いた口に、ボトルの先端を挿入する。

「ん、んぐ」

 ボトルから、スポーツドリンクを吸い出す。

「何だアンタら、幼児プレイか?」

「ぶっ!」

「うわ!」

 言葉の意味はよくわからなかったが、エレンは突然人が出てきたことに驚き、ソラはエレンが吹き出したスポーツドリンクを顔面で受け止めて、それぞれ驚いた。

「けほけほ」

 むせているエレンは、こんな時に考えていた言い訳を口にすることができない。代わりにソラがいきなり現れた人物を忌避の目で見る。

「いきなり脅かさないで下さいよ、先輩」

 先輩ことソルミレンは眉を寄せて言い返す。

「現れるくらいでびっくりしたのは見られて困ることをしていたからだ」

「急に現れれば誰だって驚くよ!」

「そうですよ、ソルミレン先生!」

「ふーん? そんなもんか?」

「そうなんですよ!」

 こくこくと、エレンも頷く。

「ふーん、で、アンタらは何をしていたの?」

「エレンにスポーツドリンクを飲ませていたんですよ」「ソラさんにドリンクを飲まされていたんです!」

「ちょっと待てエレン、その言い方だと俺が一方的に飲ませたように聞こえるぞ?」

「言い直します、ソラさんにドリンクを飲まさせてもらっていたんです」

「先生どっちでも一緒だと思うんだけどな。まあいいけど。でも、その過程がわかんないんだけど」

 ソラとエレンは、腕立て伏せの事情をソルミレンに話した。

「だから俺は何も後ろめたいことはしていません」「されてません」

「ふうん? まあ別にいいけど」

「てか先輩、なんでグラウンドにいるんです?」

「あー! わっすれてた! これからちょっと買い物に出かけるんだった!」

「へえ、買い物ですか。何かの教材か何かですか?」

「そう、新入生用の武器の注文と、学食の為の材料を仕入れてこなければならないの。一人で面倒だなあと思っていたらあなた達の姿が目に入ってね」

「行きませんよ」

「イヤだなあ、私はそんなこといわないわよ。ただ、もし一人だと道中さみしくて武器屋の主人や食材を集めるときにうっかりさっきのことを話してしまうかもだけど」

(コイツ……)

「まあ、ソラくんは忙しいものね、私は一人さみしく買い出しに行ってくるわ」

 決まった、とばかりにソラ達に背を向ける。

「お、俺もご一緒しますよ」

「フフン」

 ソラ達に見えない顔はニヤリと歪んだ。

(計画通り!)

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