第3章

第11話


 エレンのトレーニングコーチを引き受けて一週間がたった。

「見られている? あんたそれ自意識過剰じゃねーの?」

「先輩に相談した俺がバカでした!」

 朝食のステーキにフォークを突き刺し、口に運ぶ。

「まあまあ、そんな怒っちゃやーよ、で、もうちょっと詳しく話してよ」

 ソルミレンは手のひらをひらひらと振って、悪意がないことを示す。

「……敵意みたいなものはないんですよ」

「あんたアレでしょう、『殺気!』とか言って後ろを振り返る奴」

「もういいです、先輩と先輩に話した俺がバカでした!」

「ちょっと待ってよ! さりげなく私まで馬鹿にしたわね! まあいいわ、続けて」

「…………視線に気が付いた瞬間にそっちを向くんですけど、誰もいなくて」

「コイツ幽霊おばけとか信じてるよ、ソラくんは子供だねえ」

「お前の妹、何科に入ってるか知ってるか?」

「冗談よ、冗談。続けて」

「終わりですよ、視線に気付いたけど向いてる奴は誰もいない、それだけの話です」

「うーん、頼れる先輩が察するに、それがナルシストのソラくんの自意識過剰な思い込みじゃあなければ……」

「死ね」

「あれ今私死ねって言われた? 先輩なのに死ねって言われた?」

「言ってません、続けてください」

「………………それは多分、忍者のせいよ」

「ご馳走様でした」

「ちょっと待ちなさい! まだ残ってるのに席を立つな、もったいないだろう!」

「注意する点そこじゃないだろう!」

 ソルミレンのボケにはついていけないと思ったソラは、話を無理やり収めに掛かる。

「とにかく、もうナルシストでも何でもいいですから、言いふらさないで下さいよ」

「え~」

「俺が釘を刺さなかったら絶対言ってましたね、やめてくださいよその顔、本気で嫌がっているじゃないですか」

「だって、そんな面白そうなことほっとけないもん」

「アンタに相談したのは本当に間違いだったよ!」

 ソラの大声で、食堂に残っていた生徒がちらほらとこちらを見る。

「ほら、座りなさいよ。みんな見てるでしょう?」

「……」

 いつか絶対仕返しをしてやろうとソラは心に決めた。

「そうだ、今日の昼は何か用事があったりする?」

 座り直して、ソラは答える。

「エレンちゃんのコーチがありますが?」

「なんだよ、結局一日中べったりか」

「結局ってなんですか結局って、それに、俺とエレンちゃんはいつも一緒にいるという訳ではないですよ」

「そうなのか?」

「現に、今は俺と先輩しかいないじゃないですか」

「ソラさーん! おはようございます!」

 タイミングを見計らったかのようにエレンが笑顔で駆け寄ってきた。

「あ、ソルミレン先生、おはようございます」

「ういーエレン、おはよう!」

 ソラをチラリとみて、それを臆にださないでエレンに笑顔を向けた。

「スイマセン先輩、訂正します」

「うん、当然よね」

 頭部の獣耳はぴょこぴょこしている、機嫌がいい証拠なのだろう。

「さて、ちょっとお願いがあるのだけど」

「……(嫌な予感しかない)」

「このロリコン野郎と言われたくなければ、聞いてもらうわよ」

 ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

「ぜひ聞かせていただきます」

 頭を下げるのには数瞬の時間もいらなかった。

「ほえ?」

 エレンは小首をかしげた。



 お昼、エレンのトレーニングをいいところで終わらせて、ソルミレンに言われたこと――お昼に学園内にある小森に一人で来るというお願いを実行していた。

「しかし、広すぎるだろうこの学園、敷地の中にちょっとした森があるとか、驚いて言葉も出ないぜ」

 ――『森に入ったら小道に沿って歩くと開けた場所にでるから、そこで待ってて』とソルミレンが言っていたが、

「しっかし、先輩遅いな。呼び出した本人が遅れるとか、あり得ねぇだろ」

「お姉ちゃん、いるの?」

「あ?」

「え?」

「よぉ、ルナ。って、勝手に呼ぶけどいいよな」

「ええー!」

 金の短髪、黒に近い茶の瞳、活発系女子を思わせるその人は両手を頬にあて大いに仰天した。



「ご、ごめん、ちょっと気が動転しちゃった」

 あはは、と愛想笑いを浮かべるルナ。

「でも、なんでソラくんが? 私はお姉ちゃんに呼ばれてきたんだけど……」

「あれ、ルナも? 俺も先輩からここに来るように言われてきたんだけど、昼ごはんまだだから用事なら早めに終わらせてほしいんだけど」

「あ、これ食べる?」

 握りしめていたバスケットを思い出し、それをソラに差し出す。

「これは……?」

「サンドイッチ。お姉ちゃんがお昼に食べたいから作ってこいって準備したの」

「いいのか? 俺が食っても」

「遅れたお姉ちゃんがイケナイの。お姉ちゃんったら勝手なことを言って、それにいつも振り回される私のことも考えないで。だからいいの」

「先輩、いつもルナのことを振り回しているのか」

「うん、そうなの」

 姉を悪者にしてソラにサンドイッチを渡すルナ。

「じゃあ、遠慮なく」

 バスケットからサンドイッチをひとつ掴み、口に入れる。

「――うん! おいしい、とても美味い!」

「そんな! 本職の人と比べたら私なんてまだまだ……!」

 ルナは謙遜するように両手をブンブンと振る。

「いや、本職りょうりにんとなんて比べること自体が間違いだろ……それでルナが勝ったら料理人は料理人足りえないだろうし」

 一応、突っ込んでおく。

「まあ、本職の人と比べても引けを取らないと思うけどな」

 このセリフの直後、ルナは顔を赤くしたが、ソラはサンドイッチを食べるのに夢中でそれに気付かない。

「もうひとつ食ってもいいか?」

 指をペロリと舐めつつ、目線はバスケットをじっと捉えている。

「も、もちろん! こんなのでよければどうぞどうぞ」

「サンキュー」

 ソラは言うがすぐにバスケットに手を伸ばす。

「うん! うまい!」

 ソラは食べるのに夢中で、ルナはそんなソラに夢中で、上の木枝から二人を監視する影が居たことに気が付かなかった。

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