第10話

「へえ、そりゃまた何とも愉快そうなことに巻き込まれたな」

「そもそもの発端はエレンを焚きつけたお前だろうが!」

 レイナは悪びれる様子もなく、にやにやと笑った。

「だって面白そうだったからさ」

「危うく俺は、この学園から出て行かなければならないところだったんだぞ」

「結局ソルミレンは納得してくれたんだろう? なら何も問題はない」

 グラウンドを走るエレンを見詰めながらレイナは言った。

「とゆうか、お前って一体何なんだ? 最初は学園の生徒かと思ったが、授業に出ている様子もないし、アホみたいな量の魔法を使えるから先生かと思ったが、どう考えても教員側があんな真似をするはずがない」

「いや、もしかしたら居るかもしれないぜ?」

「いるか! もし居たとすれば、この学園は相当終わっている」

「まあ居ないんだけどな」

「だろうな! で、結局のところ、お前はなんなの?」

「ま、隠しているつもりもないし、その内誰かから聞くだろうから先にアタシから言っておこう」

「もったいぶるなよ、早く言え」

「アタシは、この学園でたった一人の竜騎士科の生徒だ」

「竜騎士、だって!」

 竜騎士といえば、ソラが小さいころに、村とソラを助けてくれたソラにしてみればこの道を進むキッカケになった存在。モンスターの中でも無類の強さを持つドラゴン種を狩る強さと、そのドラゴンを従える支配力を兼ね備える、並大抵の者が目指してなれるものじゃない。

 竜騎士だからそんなに強いのか、そんなに強いから竜騎士なのか、の前後関係は分からないが、しかし、レイナの並外れた『穴』の数を思えば、それも理解できる。

「そう。正確には、教える先生がいないから、まだ竜騎士にはなりきれてないんだけどな」

 そう付け加えるレイナに、ソラは尊敬と畏怖の念を向ける。

「いや、それでもスゲェよ、竜騎士なんてなりたくてもなれるものじゃないって。これまでの態度は改めないけど、尊敬はするよ」

「尊敬するなら態度改めろよ、まあいい、っても、竜騎士もいろいろとつらいぜ? イロイロと面倒事が飛んでくるんだから」

「その辺の事情は知らないけど、その分だけ期待されてるんじゃないのか?」

「そーかねぇー? アタシはそうは思えないケド、まあ、アンタがそうゆうならもうしばらくは頑張ってみるよ」

「おう、俺には具体的なことはしてあげられないけど、頑張れって言ってやる」

 そのセリフに、レイナはにこっと微笑んだ。ちょうどその時、グラウンドを十周走り終えたエレンが、ヘトヘトになってソラ達の目の前に来た。

「ふう、ふう、ソラさん、は、走り、終えまし、た、ハア、ハア」

「うん、お疲れエレン。少し休憩しよう」

「はい!」

 ソラは傍らに置いていた、スポーツドリンクが入っているボトルをエレンに渡した。

「それじゃ、アタシはそろそろ行くわ」

 レイナは腰を上げ、尻に付いた埃を払って校舎内に向かって歩き出す。

「おう、また今夜ヨロシクな」

「あ、レイナさん、さようなら」

「うーい」

 振り返らず、腕だけを振り上げてそれに応じて、レイナは校舎内に入ってしまった。

「……それで、ソラさん。今夜もヨロシクって、なんですか」

「え?」

 そこには何故か、天真爛漫の笑顔はなく、問い詰めるような厳しい顔があった。



 レイナは校舎に入ると学園長室に向かった。

 途中、どこかの科の生徒とすれ違って、小さく悲鳴を上げられたが、レイナはその生徒に目もくれないで歩き続けた。

「ああ、メンドクセー」

 教員塔の最上階てっぺん、学園長室の扉を前に、嫌そうに溜息を吐く。

「あれ、レイナちゃん?」

「あん?」

 背後の気配には気付いてはいたが、まさか話しかけてくるとは思ってもみなかったのでレイナは内心驚き気味に振り返る。

「なんだ、お前か」

「うん、僕」

 セレンは柔和に微笑む。

「なるほど、お前ならアタシに話しかけてもおかしなことはないか」

「うん? なんのこと?」

「いーや、こちらの話だ。お前がここにいるのは偶然か?」

「ううん、必然。レイナちゃんと一緒、僕もまた呼ばれた口」

「お前なあ、なんでそんなに柔らかい顔でいられるんだよ。アタシはもうこんな生活、嫌気がさしているってのによぉ」

「うん、僕も、最近の学園長たちの僕たちの扱いはちょっとモノ申したいところ。呼び出される頻度が増えてる」

「いっそのこと、子供のダダのように暴れまわろうかな」

「暴れるのは勝手だけど、ちゃんとその後のことも考えてよね。僕はレイナちゃんが打ち取られるのを見るのは辛いから。僕だけじゃなく、エレンちゃんも、そして、『彼』も」

 セレンは左を指さす。

「な!」

 つられてレイナは視線を向けるが、そこには誰もいない。

「冗談だよ」

 セレンは微笑みを残して、お先にと学園長室の扉を開けた。

「ぬお! セレン、テメェよくも騙しやがったな!」

 レイナも遅れずに、扉が閉まりかけている隙間を開き直し、セレンを追いかけた。

(それにしても、『彼』で引っかかるなんてね。レイナちゃんがそれほど入れ込んでいるとは、驚いたよ)

 セレンは内心そう思った。



「よし、今日はこれまでかな」

「はい、ありがとうございました」

 ソラからスポーツドリンクとタオルを渡してもらい、笑顔でそれを受け取るエレン。

「汗かいてるから、そのままにしないでシャワーを浴びること、その時に腿とかをほぐすこと、いいね」

「はい、わかりました」

「エレンちゃん」

「はい?」

「ここ、汗、拭いきれていないよ」

 ソラは、おでこの横に拭き切れていない残った汗を指でついっと拭い取る。

「ふぁ……ありがとうございます」

「ううん、それからシャワーを浴びたら髪をちゃんと乾かすこと、湯冷めして風邪をひいたら困るし、せっかくの綺麗な髪が傷んだら嫌だろう?」

「むー、そこまで言われなくてもわかってますよ、子供じゃないんですから」

(いやいや、俺から見たら十分子供だし、むくれる姿まで子供じゃないですか)

 エレンは腕を組み、ほっぺを膨らませそっぽを向いていた。

「何で苦笑いのままなんですか。もういいです、先にシャワー浴びてきますね」

 エレンはむくれたまま校舎に入った。ソラはエレンが校舎に入ったところで気が付く。

「まさか、この後も一緒にいる気じゃないだろうな……」

 あり得そうで怖かった。

「しまったな、レイナにエレンのストーカー思考をやめさせるよう言っておくべきだった」

 くっそー、と悪態をつきながら、ソラも校舎内に向かった。


「…………」


その様子を、遠くの木から眺めている人影があったことを今は誰も知らない。

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