第7話

 昨日と同じように、『無限倉庫』から荷物を取出し、荷車を引きながら銃使い科の訓練場に向かった。

 銃使い科の訓練場は、トレーニングルームと射撃場とをくっつけたような施設だ。

「おーい、弾薬持ってきたよー」

 ソルミレンは中にいるだろう誰かに向けて、大声を出した。

「おーう、ちょっとまってな!」

 奥から聞こえてきたのは、野太い男声。待つこと数十秒、訓練場の扉が開かれると、ソラの1,5倍はありそうな大柄な男がフランクそうに笑っていた。

 長身に続き、半そでから見える腕の筋肉はムキムキだ。ジャージで隠れている足も、きっとムキムキなのだろう。白い髪はツンツンのボサボサで、より一層彼の豪快さを醸し出していた。

「悪いな、自分で行こう行こうとは思っているんだが、どうも面倒でな。結局お前を頼りにしちまった」

「別に、これが私の仕事だからね。またいつでも頼ってきてよ」

「おう、また必要なときは世話になるぜ。それで、見ない顔だがそいつは?」

「この子は昨日から臨時職員のソラくん。ほれ、挨拶して」

 先輩にせかされてソラは一歩前に出る。

「ソラです」

「んん? お前…………」

 豪傑の男はソラをじっと観察する。

「な、なんですか!?」

「腕は細いが、いい体つきをしているな。鍛えているな」

「お、レオの筋肉ソムリエが久々に発動するな」

「ああ、自己紹介が遅れたな。我が名はサリエス・レオモン、みんな愛称を込めてレオと呼んでいる」

 白髪の豪傑はレオと言った。

「趣味は筋トレ、頭で考えるより体を動かす方が好きだ」

 みたままの脳筋だった。

「ソルミレン、ちょっとコイツを借りてもいいか」

「え、ちょっと待ってください。俺は事務員としての仕事が――」

「いいわよ」

「ええー!」

 あたふたするのはソラだけで、ソルミレンはソラを貸し出すのに躊躇しなかった。

「さっきも言ったけど、事務の仕事って雑務しかないからね。他の担任の希望があるんだったら、そっちを優先するもんよ」

「うぇえ~、この人自分の仕事を雑務だとぶっちゃけた、もうちょっと誇りを持ちましょうよ」

「吹けば舞うような埃みたいなものね」

「軽いって!? そうゆうことですか!?」

「まあまあ、今日の仕事サボれると思えばいいじゃない」

「いや、俺は早く仕事に慣れたいので、サボるわけにはいかないんですけど……」

「これも仕事のうちよ。今日一日、レオの言うことを聞きなさい、これは先輩命令よ」

「そこまでいうのなら、分かりました」

「だってさ、よかったねレオ」

「おお、今日は楽しくなりそうだぜ」

 レオはいい笑顔になった。

「んじゃ私は、まだやることがあるから」

 そう言って、ソルミレンは荷車を置いたまま走り去っていった。

「……あいつの足が生み出す脚力はすさまじいんだろうな」

(は!?)

 ソラは、ストレートな言い方をすると、何言ってるんだコイツと思った。

「ああ、いや、俺は癖みたいなものでつい活発な元気っ子をみると、こういったことを考えてしまうんだ。自分でも気持ち悪いとは思ってはいるんだがな」

 ナハハと恥ずかしげに笑う。

「まあ、とりあえず弾薬を運ぶのを手伝ってくれ」

 ソラとソルミレンが持ってきた荷車を指さす。弾薬は箱に詰められていて、一箱が両手に抱えられる大きさで、ソラは一度に二つ運べる。

「よっと」

「あん? お前さんなら一度にもっと運べそうだが?」

「これ以上持つと、箱が邪魔で前が見えないんですよ」

「ああ、なるほどな」

 レオは肩に二つずつ、合計四つを担いで、訓練場に入った。

 訓練場は、トレーニングルームみたく、10tと書かれた錘があったり、座って腕を鍛えるやつがあったり、名前がわからないがとにかく体を鍛えるのだとわかる機材がたくさんあった。

 そこで、長椅子に座っていた男子生徒二人組が、入ってきたレオに気が付き、話しかける。

「レオ先生、外に居る時間長かったな、ソルミレンさんと長くしゃべってたのかよ」

「先生には無理だって、あの人もなんだかんだでガード固いし」

 そこには悪意的な邪悪さはなく、仲のいい先生をからかう程度の健全さはあった。

「お前ら、いい加減先生に敬意を払え。確かに先生はソルミレン先生のこと好きだが、厳密にはいい感じの肉付きの足が好きなんだ」

「それつまりソルミレンさんが好きってことでいいだろう」

「よし、お前らは今から学園の外回りを走ってこい」

「うげ! マジかよ」「勘弁してくれよ」

 と言いつつも、男子生徒はソラ達と入れ替わりで外に出る。

「サボって歩くんじゃないぞ」

「うーす」「へいへい」

 男子生徒たちはジョギング程度のスピードで走り出した。

「……慕われてますね」

「ここじゃ娯楽が少ないからな、教師すらからかいの種なんだよ」

「でもソルミレン先輩の足は好きなんですね」

「まあな」

「…………」

「とりあえず、そこの隅っこの方に置くぞ」

「うっす」

 部屋の隅、邪魔にならないようなところに箱を積み重ねておく。五回も往復して、やっとすべての箱を運び終わった。

「ふう、疲れた…………」

 額にうっすらとかいた汗を手の甲で拭う。

「あの……」

「え?」

 女の子の声が聞こえた。しかし、銃使い科という場所と、レオのむさ苦しいイメージのせいで、ソラはその声が最初女の子の声だということに気が付けなかった。

「あの……!」

 もう一度掛けられた声は、最初よりも少しだけ大きく、やっとソラも自分が後ろから声を掛けられているんだと理解した。

 二度目の呼びかけともあって急いで振り返ると、ソラよりも頭ひとつちょい分小さな女の子が、水色のタオルをソラに差し出していた。

「これ、よかったら使いますか?」

「ああ、ありがとう」

 受け取って、額の汗をぬぐいながらソラは女の子を観察する、赤みのかかったロングヘアに、なぜか部屋の中なのにキャップ帽子をかぶっていて女の子の顔を少しだけ隠している。わずかに膨らみかけた胸と、低い身長から、ソラは何でこんな子がこんなところにと、思ってしまった。

「洗って返すよ」

「気にしません。それに、タオルはわたしも使いますし」

「え、君が使う用だったのに、俺に貸してよかったの!?」

「アナタが汗をかいていたから、わたしはタオルを貸したまでのことです」

「エレン、体調はもういいのか」

 レオが女の子に話しかける。

「はい、レオ先生」

「先生って……君、もしかして生徒!?」

「え、はい。そうですけど」

(嘘だろう!?)

「ソラ、お前が驚くのは無理がないだろうが、エレンは正真正銘、今期入学のウチの科の生徒だ」

「うぇえー……」

「まあ女が入ること自体珍しいのに、それがこんなちびっ子なんだから誰しもみんな驚くよな、男共もエレンにどう接していいかわからずに挙動不審になっていやがる」

「珍しいって、この子の他にも女性がいるんですか」

「ああ、もう一人な。お前さんより3つほど年上の奴だ。けどアイツは今『黒の塔』の未開拓地を埋める仕事をしていて、一年ほど留守だから実質エレンが唯一の女科員だ」

「『黒の塔』攻略に!? すげぇ」

「わたしもいつか会いたいです」

「いや、あいつは興味を引かないやつは全く反応しないからな……先生のことも授業中以外は視界にすら入れてくれないもんな。他の科の男から告られたことがあるんだが、そしたらあいつ、どうしたと思う?」

「どう、したんですか」

「ガン無視シカト。それでもめげずに男は話しかけたんだが、とうとうキレてよ、なんで無視するんだーって怒鳴ったんだよ、そこであいつはやっと男が自分に話しかけていることに気が付いたんだ」

「なんですかその、聞くだけ聞いたらとんでもない人格破綻者みたいな人は」

「レオ先生、その男の人はどうしたんですか?」

「ああ、自分のことがリアルに眼中にないとわかるとショックを受けて一週間寝込んだよ」

「うわぁ……」

「まあ、そんなエグイ奴には『遭わない』方がいいと思うぞ」

「人格は置いておいて、わたしはその人みたいに強くなりたいです」

 エレンは心からそう願う。

「それならまずは体を鍛えるんだな。でも、走っている途中で倒れるなんてもうするなよ」

「はい、以後気を付けます」

「倒れたって、大丈夫なの」

 相手が子供だからか、ソラの保護欲が刺激された。

「はい、もう大丈夫だからこそ、ここにいるんです」

「ソラ、人には運動ができる個体差、いや、個人差があるだろう?」

「え、あ、はい、そうですね」

「エレンは見ての通りちびっ子の女の子だ、まあもちろん先生やお前さんに比べれば体力や運動能力は大幅に落ちているよな?」

「えぇ」

「だけどコイツは自分がどこまでやれるかの見極めができてない」

 ポンと、大きな手の平をエレンの頭に乗せる。エレンは特に嫌がる様子もないが、反論する。

「そんなことありません、わたしちゃんと見極めは出来ます」

「ホントに見極めが出来てる奴なら、ぶっ倒れる訳ないだろうが」

 ポンポンとエレンの頭を軽く叩く。そのせいで帽子がずれてエレンの顔を隠す範囲が広がった。

「そこで先生、今いいこと思いついたんだが……」

「お断りします。ノーサンキュウです、ありがとうございませんでした」

 とっさに思いつけるだけの断りの言葉を並び立てる。

「おい、先生まだ何にも言ってないだろう」

「いえ、なんだかろくでもないことに巻き込まれそうな予感がしたので全力で拒否しようかと思いまして」

「じゃあアレだ、銃使い科の担任として事務員にお願いがある」

「うぇえー、ひどい搦め手きたよ……」

「エレンのコーチをしてやってくれ」

「そんなことだろうと思いましたよ! しかし、この子が了承しなければこの話は流れます!」

「どうだ、エレン。こいつにお前の体調管理を任せてみないか?」

「そうすれば、わたしは強くなれますか?」

 エレンはソラの顔を見上げ、次にレオに確認するように聞いた。

「少なくとも、一人で無理してまた倒れるよりかはずいぶんましだと思うぞ」

「そうですか…………わかりました。わたし、この人に身を任せます」

「うぇえー、まじかー」

「そうゆうことだ、ソラ。エレンのことをよろしくな」

「ちょっと待ってください! ねえ、ちょっと!」

 ソラの呼びかけもむなしく、レオは訓練場のさらに奥に行ってしまった。

「ソラ、さん。わたし、頑張ります。だからわたしを強くしてください」

 あまりにもまっすぐなお願いに、ソラは、

「わかったよ」

 自分を重ねてしまい、了承してしまった。

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