第5話

「――疲れた」

 自室に帰ってきて早々ベッドに倒れ込む。今日は新入生の為の教科書、魔導書、各種物品を運ぶのが主な仕事だった。ソルミレンによると明後日ほどまで物資を運ぶのを主な仕事になるらしい。

「でも、それが終われば基本的に事務の仕事は緩くなる。それまでの辛抱だ」

「ホントにそう思うか?」

「少なくとも、そう思うことでモチベーションは…………って、またお前か」

 唐突に何の音も脈絡もなく現れたのはレイナだった。

「今日は電球ついてるんだな」

「まだ寝る時間じゃないからな、てか、その言い方だとここがいつも電気がついてないみたいに聞こえるぞ」

「アンタが来るまではついてなかったよ」

「いや、それはそうだけどさ…………あ、頼んだ件は今日はパスだ、他にやることがある」

「デブの所に行くのか?」

「デブ? だれだよ」

「えーと、神輿とかそんな名前の奴」

「神輿? ああ、もしかしてミゴシ?」

「そうそう、それだよ。そいつの所に行くのか?」

「そうだ。てか、アレは太っているというか大柄なだけだとおもうぞ」

「どっちでもいいぜ、そんなの。で、あんたミゴシがどこにいるか知っているのか?」

「これから知る予定だ」

「一体どう行くつもりだったんだよ。まあちょうどいいや、本当はあんたの実力とか見ておきたかったし、アタシも一緒についていくよ」

「それは構わないが、お前はあいつがどこにいるか知ってるのか」

「安心しろ、ぬかりはない」



「ここは闘技場っていってな、この学園の体育館みたいなものだと思えばいい――体育館は別にあるんだけどな――そこの内壁は物理、魔法の両方にバカみたいな耐性があって、どんだけ固いと言ったらワタシや上級生でもキズ一つ付けることすらかなわないぐらいだな」

「へえ…………」

「お、来たようだ」

 レイナの言った通り、闘技場の入口からふたつの人影が見えた。一人は長身の男で、見覚えはないが、もう一人は間違いなくナレッドだった。

「まさか、本当に来るとは」

「まあアイツも中途半端に暴れて不完全燃焼感はあったんだろう。だから怪しい上級生の誘いにホイホイついてきたんだろうよ」

「ちなみにお前何年生だよ……」

 トリセイン総合学園だけではなく、クロウリード魔法学校、セイスタン戦闘学院の三校に共通するシステムだが、入学の際には年齢が関係ない。入学に値すると学校側が判断した者ならだれでも入学できる。だから、前期生のレイナと今期生になる予定だったソラの歳が近しかったなんてことが多々ある。

 レイナは答える必要がないと思ったのか、さらりと無視してソラの背中を叩いて前に出す。

「さあ、行って来い。アイツを倒さなければスッキリしないんだろう」

「ああ!」

 向こう側も、準備ができているのか、ナレッドは杖を抜いて迎え撃つ体制はできているようだ。上部で光が輝いた。攻撃ではなく本当にただの光のようだ、きっとナレッドを連れてきた男が『シャインライト』を出してくれたのだろう、これで暗さは気にならなくなった。

「『ジェイド・グライ』!」

 闇系の魔法、ナレッドの杖からでる闇から生成された有機物の球を放つ魔法。だけど、そのデカさが尋常じゃない、ソラの記憶が正しければ、『ジェイド・グライ』で生成される有機物の球は直径十から十五センチの球だ。しかし、ナレッドの杖から生成されている球は四十センチはゆうに超えている。

「おお、でかいな」

 レイナは面白いものを見るように口元が緩む。

「いっけー!」

 ナレッドの『ジェイド・グライ』が放たれる。

「吹き飛べ!」

 ナレッドの意気込みが聞こえる。

「アタシまで巻き込むのかよ」

「あれ?」

 景色が一瞬で変わり、近くでドカンと破裂音がした。というか、ソラはレイナに抱えられていた。

「今のはサービスだ、アタシまで巻き込まれそうだったからな」

 ポイとソラを捨てて、レイナは下がった。強かに腰を打って軽く悶絶しているソラにレイナが声を掛ける。

「次、来るぞ」

「クッ」

 直撃だけは避けようと、腰を浮かせて駆け出す。三歩と進まぬうちに着弾した『ジェイド・グライ』の爆風に飛ばされる。

「おらー、逃げてちゃ負けるぞー」

「野次飛ばしてくんな!」

「ほら、次が来た」

 普通よりも大きな『ジェイド・グライ』が向かってくる。

(着弾する前の『ジェイド・グライ』を見れば、あんなもの当たるモンじゃない!)

 しかし、目視できてない今は逃げるしかない。足を動かし、軸をずらし、爆風の圏外に出る。

「あのデブも虚勢だけじゃなかったんだな、連発でデカい『ジェイド・グライ』を撃ち続けているんだもんな」

 ドドドッン! 避けることに精いっぱいでうかつに近づけない。

「なら……!」

 決死の覚悟で近づくしかないかと、逃げるルートをナレッドのいる方向へ向ける。

「へえ、向かったのか」

 観戦者のレイナは、もう完全に他人事の視点で見ている。

「今までので爆風の大きさは分かっている、避けることはもう簡単だ!」

 ソラは最初からナレッドに突っ込んではいかず、相手の技を見て、それがどこまでのものかと見極めた。『ジェイド・グライ』を次々と放つナレッドは、今まで避けてしかいなかったソラが自分に向かってくることに焦りを感じる。

「だけど軽率だな、モンスターなんかと戦うには問題ないが、相手は魔法使いだぜ?」

 レイナの不吉なセリフを呟く。それに呼応するようにソラは足元に違和感を感じた。

(足が、動かない!?)

「『ノズ・ディマ・レクション』だね、地面を闇で泥みたいな状態にする魔法。発動に時間がかかる上にそこそこの魔力を消費するから学生のうちはあまり見ない魔法だけど、泥に引っかかった相手を拘束できるのは結構な魅力だね」

「なんだセレン、こっちに来たのかよ」

「うん、僕はあのナレッドって子は知らないからね。それよりレイナちゃんの知り合いの味方をしたいよ」

「お前気持ち悪いな」

 レイナが嫌そうに顔をゆがめるが、セレンは微笑を浮かべていた。

「まあでも、あの子は足を止められたからもう勝機はないかな」

「いいや、アタシならあれくらいじゃ諦めないぜ。それに、あいつもまだ諦めてはいないみたいだし」

「でも、ほら」

 セレンがソラを指さすと、動けないソラに『ジェイド・グライ』が襲いかかるところだった。

「これは避けられないはず」

 セレンが呟く。きっとナレッドもそう思っていたのだろう。が、

「…………」

 闇色の爆風が晴れて、ソラの姿が見える。しゃがみ座って、手にナイフを握っているソラには、キズはあまり付いていなかった。

「あれ? 僕の見間違いかな、直撃したようにみえたけど」

「アタシの目にもそうみえた」

 観戦者の二人は不思議がっている。それは魔法をぶつけたナレッドもだった。

「なんでだよ! お前、俺の攻撃直撃しただろうが! なんで平気そうな顔しているんだよ!!」

「ずいぶん余裕そうだな、お前。敵に話しかける余裕があるんだったら攻撃に回せよ」

「それは後でもできる、それに現に俺は余裕だ。お前の足を止めた時点で俺の優位は決定しているんだよ」

「そうか。お前がそれでいいって言うんだったらそれでもいいが、じゃあ答え合わせをしてやろう」

 言って、ソラは手持ちのナイフを地面に――地面で発生している闇の泥に突き立てた。瞬間に泥から魔力が吸われて、ただの地面に戻った。

「ナニッ!」

「さっきの爆球もこれで防いだ。完全には防げなかったがな…………」

 無意識に、痛む左手を意識しながら呟く。

「でも、これでお前の優位は消えた。もっと言えばお前の爆球も足止めも俺には聞かないとなると、これはひょっとすると俺の優位なんじゃないかな?」

「抜かせ!」

 『ジェイド・グライ』! と力強く呪文を唱えるが、ソラはそんなものは簡単に避ける。

「クソ! チョロチョロ避けるなキサマ!」

「『ヴォンドルガ』」

 高速移動の魔法、ソラはジェイド・グライを簡単に避けた上に、ナレッドに接近する。

「クソッ!」

「二度目の悪態だぞ、お前もう負けるんじゃないか」

 あえて、ナレッドの背後から声を掛ける。

「畜生!」

 バッと振り返るが、既にソラは移動している。

「終わりだァ!」

 もう一度背後を取りなおし、ナイフのグリップを突き出すように右手を突き出す。ナレッドも声に反応して、振り返るがしかし遅い!

「オリィイイイイヤアアアアアッ!!!」

 ガンッ! 巨大な体躯のナレッドは殴り飛ばされた。

「はあはあ、」

 魔力消費の反動がでてきて、全身に気怠さが回って、肩で息をするように上下する。

 倒れたままうめき声を上げるナレッド、疲れているがしっかりと両の足で立っているソラ、勝敗は決した。

「それ、魔法具だね」

「え?」

 セレンがソラに話しかける。

「あ、紹介が遅れたね。僕はセレン、この学園で司書をしているんだ」

「コイツは学園の卒業生、卒業してそのままこの学園に就職したアホだ。ちなみにアタシの同期」

 レイナが説明の補完をする。

「魔法具研究会の前会長をしていてな、その知識とかは一応本物だ」

「そのナイフ、面白いね。ちょっとみせてもらっていい?」

 セレンはソラのナイフに興味津々だ。詳しく知りたくてうずうずしているのが目に見えてわかる。

「いや、でもこのナイフは兄貴の形見なので……」

「そう……なら、しかたないよね……」

 それでもセレンはナイフにしか視線が行っていない。表に出さないだけで、諦める気はないようだ。

「ほら、お前はあのデブの面倒を見てやれよ。お前が連れてきたんだから最後まで面倒をみてやれ」

「うん、そうだね。えっと、ソラくん、また改めて自己紹介させてもらうよ」

 そういってセレンは倒れているナレッドの方に行った。

「『ラフィール』」

 人差し指をナレッドに向けて、回復の呪文を唱える。『ラフィール』は掛けた相手の疲れを取り除く白魔法だ。

「さ、もう起き上がれるよね」

「うう、俺は……負けたのか」

「うん、残念ながらそうゆうことだよ、さあ、今日はもう遅い、明日の授業に支障が出ないようにもう部屋に戻ろう」

 ナレッドは緩慢な動きで起き上がると、ソラを睨みつけた。

「今回は俺の負けだが、次は負けん。首を洗って待ってろよ」

「お前それ絶対勝てないフラグだぞ」

「うるせえ! じゃあな!」

 ナレッドは言うだけ言って闘技場から出て行った。

「でも、なんか仲間になるフラグっぽくもあったな」

 レイナの呟きに、それは嫌だなあとソラは思った。

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