第2話

 学園の教員塔の一番頂上の部屋。そこが学園長室だった。

 コンコン。

「クソジ――、学園長、カザキリ・ソラを連れてきました」

「御苦労、入りなさい」

「失礼します」

 先生は、大きな木製の扉を押して開ける。

「うわ……」

 扉が開かれることによって、学園長室の内部が見える。そこにはユニコーンやグリフォンのはく製や、さまざまなトロフィー、見たこともないマジックアイテム、壁に掛けられている歴代園長の絵の中には、ソラが知ってる有名な人物も画かれていて、思わずソラは声を出してしまった。

「おお、すまないなアスレイン先生。すまないついでに、彼と話がしたいので、ちと席をはずしてもらえんかの?」

 ダリキシア学園長だ。

 どっさりと書類が積まれている机から、ソラ達を覗きこむ。

「ですが――」

「なに、心配には及ばん」

「……分かりました。それではカザキリ、そのナイフを私に預けて下さい」

 アスレイン先生はソラに手を差し出す。逆らう意味もないのでソラは素直に腰からナイフを取り、アスレイン先生に渡す。

「それでは学園長、また、何かありましたらお呼びください」

 アスレイン先生はソラから受け取ったナイフを、スーツのポケットに入れて退室した。

「まったく、心配するなと言っておるのに」

 ダリキシア園長は席を立ち、ソラに近づく。

「キミが、ソラ君だね」

「はい」

「キミには悪いことをしたと思っている」

「はあ」

「まあ、立ち話もなんだ。あっちの机で話そう」

 ダリキシア学園長は談話専用と思われる長机とソファーを指差す。

「はい」



 アスレイン先生は、ソラから預かったナイフを見つめていた。

「これは……」

 アスレイン先生の専門教科は、武器の使い方を教える「武戦」なので、魔法関係はあまり詳しいとは言えない。しかし、だてに学園の先生をやってるわけではないので、ソラから預かったナイフが、何らかの魔法(あるいは呪いか加護か)を掛けられているのは分かった。

(まあ、気にするほどのことでもないでしょう)

 そう思ってアスレイン先生は学園長室を出て、扉を閉めてそこで待つ。



「ソラ君、キミは普通科を希望して、この学園に入学したね。キミは何を思って普通科を希望したのかね?」

 長机を挟んで、ソラとダリキシア園長は対峙していた。

「俺は、シノンの村で生まれ育ったんですけど、昔、村がモンスターに襲われまして――」

 ソラの話を遮って、ダリキシア園長は早とちりの答えを口にする。

「するとキミは、モンスターに復讐をするために――」

「いえ、ちょっと違います」

 ソラはダリキシア園長を遮り返す。

「そのとき村を襲ったのはオオカミの群れと野生の人狼でした。当時は村に討伐隊なんてありませんでしたから、村の男達は闇雲に戦いました。その時、俺もオオカミに襲われていて、逃げている所でした。といっても子供の足では逃げられる訳もありません。俺はオオカミと人狼に囲まれました。あのときは子供ながらに死を実感しましたね」

「ほう、それで」

 ダリキシア園長はすっかりソラの話に聞き入っている。

「一匹のオオカミが俺に跳びかかってきて、もうダメだ、って思った瞬間、そのオオカミは大きな足に変わっていたんですよ」

「変わっていた?」

「はい、最初はそう思いました。赤い、鱗の大足に。それで遅れながら気づいたんです。俺に跳びかかったオオカミはその足に踏みつけられて、身動きが取れなくなっていたんです。そして、足があることは当然その上もあります。視線を足から上げていくと、そこには赤い鱗に覆われたドラゴンがいました。昔のことなのでどの種類かはわかりませんけど、あれは確かにドラゴンでした。それで俺は驚きました、ドラゴンがいたことにまず驚いて、そのドラゴンに人が乗っているのにも驚きました」

「ドラゴンの上に人がのう。竜騎士じゃな」

 ソラは頷く。

「はい、その通りです。槍を持っていたから間違いないと思います。オオカミの群れはドラゴンの出現に戸惑っているうちに、アッサリ爪の餌食になりました。ですがこの時、唯一冷静だった人狼がどこかに隠れたんです」

「元が人間ゆえ、ある程度の知識があるからのう」

「人狼は仲間のオオカミを囮に使って、見つからないように隠れながら俺に近づきました。そのあいだに、ドラゴンは全てのオオカミを殺し尽くしました。そのホッと一息ついた所を狙って、人狼は物陰から飛び出し俺に襲いかかりました」

「それで、どうやってキミは助かったんじゃ?」

「竜騎士さんです。竜騎士はまるで、人狼が隙を突いて襲撃するのが分かってたかのような動きでドラゴンから飛び降りると、持っていた槍で思いっきり人狼目掛けて叩きつけました。脳天にヒットしたので、人狼は動かなくなりました、多分、気絶したのだと思います。そのあと、ドラゴンが気絶した人狼を口でつまみ上げて飲み込みました」

 一度ソラは呼吸を整える。

「それでこの時思ったんです。カッコイイなと。自分もいつか、あの竜騎士さんみたいに誰かを守れるようになりたいと」

「じゃが、なぜ普通科を選択したんじゃ? 話を聞く限り、キミは武道系の学科に進む方がよかったのではと思うが」

「武道系の学科に入学するのも悪くなかったのですが、俺はまったく武道の経験がありません。普通科で一度、基礎を教えてもらってから再度、武道系の学科を受けようと思ったのです」

 けどまあ、入学取り消されましたけど。の言葉は飲み込んでおく。

「ソラ君、キミさえよければ次の試験まで一年間、臨時事務員として学園で過ごさせておいても構わない。学園側はその責任がある。事務としての仕事はあるが、終わったら好きなことをして構わない。なんなら、武道系の教員に基礎を教えてもらうのもアリだ」

「え、それって……」

「どうするかはキミが決める事だけどな」

 ダリキシア園長はにやりと笑った。

「さあ、どうする?」

「やります! やらせて下さい!!」

「決まりじゃな。おい、アスレイン先生」

 ダリキシア園長が呼ぶと、扉が開かれる。

「なんですかクソジ――学園長」

「今日からソラ君を臨時事務員として雇うことになった。悪いが教員塔の部屋をひとつ準備してくれないかのう」

「分かりました。ついてきなさい」

 アスレイン先生は、やはり淡々と言って、ついてくるのを確認しないで行った。

「ソラ君」

「はい、なんですか?」

「もし辞めたくなったらいつでも来なさい。シノンの村に帰るための準備をするからの」

「ありがとうございます」

 ソラはダリキシア園長に一礼してから、アスレイン先生を追いかけた。

「遅い、教員塔は迷いやすいので離れずついてきて下さい」

「そう思うのでしたら待ってて下さいよ」

「そうそう、ナイフはお返しします」

 アスレイン先生はポケットからナイフを取り出すとソラに差し出した。

「どうも」

「――」

「……」

「――」

(会話続かねー)

 黙ったままがなんとなく息苦しかったので、ソラはふと思ったことを聞く。

「あの」

「はい、なんです?」

「アスレイン先生は何を教えているんですか」

「私は武戦の授業を専門的におしえています」

「武戦?」

「武器の使い方を教える教科です」

「へえ、じゃあアスレイン先生は相当強いんですね」

「総合的に見れば、私は弱い部類です。それでも、専門分野では上位ランクだと思っています。しかし、求められる強さなんて、状況によって異なります。どんなに有能な魔法使いだって、アンチスペルゾーンではライトひとつさえ唱えられません」

「アンチスペルゾーン?」

「魔法が使えない場所の事です。試験問題でも出たはずですけど」

「つまり、そのアンチスペルゾーンでは、魔法使いよりも俺の方が強いってことですか?」

「あなたのほうに勝率があるだけです。もし、その魔法使いが格闘にも優れていたら? むしろ、格闘の方が得意だったら?」

「さすがにそんな訳――」

「ない。とは言い切れませんよ、クソジジイはあれでも大魔導師レベルの魔法使いな上、今なお現役の太刀使いですから」

 学園長がいない時はクソジジイで通してるのか。ソラは何とも言えない気持ちになった。

「さて、ここがあなたの使う部屋です」

 アスレイン先生はひとつの部屋の前で立ち止まった。

 さすが職員塔、見た目が学生寮の部屋よりも立派な作りになっている。

「事務の仕事は明日からになると思われます。今日は部屋で待機しておいてください」

「分かりました」

「それでは、くれぐれも、くれぐれも! 余計な事はしないでください」

 何故二度言ったと思わないでもないが、余計なことは言わないで置くことに限る。

「はい、部屋でおとなしくしています」

「それでは、私は用事がありますので」

 アスレイン先生はそのままもと来た道を戻っていった。

「――さて、栄誉あるトリセイン総合学園に入学したその日の内に、入学取り消しになって、さてどうしようかと思っていたら学校の臨時事務員になって」

 ソラは案内された部屋の扉を開ける。

「まあ、結果的によかったと言えなくもないような状況になったからなー、うん、何とも言えない」

 ソラは微妙な気持ちのまま、新しく提供された自室に入った。

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