第1章

第1話

「えー、諸君。まずはこのトリセイン総合学園に入学おめでとう」

 壇上にいるのは、トリセイン総合学園の最高責任者、ダリキシア園長だ。

 完全な白髪と白ひげは、どこか、仙人を思わせる雰囲気を持つ。曲がった腰に左手をまわし、大きいわけでもないのに、よく通った声で話を始める。

「みなそれぞれ、何かを思ってこの学園に入学してきたと思う。それは、モンスターに対する復讐だったり、自分の腕を上げるためだったり、冒険者になって一攫千金を狙うためだったりと十人十色だと思う。それはいい、実にいい。しかしじゃ、もし――この中に軽い気持ちで入学してきた者がいたのなら…………。悪いことはいわん、学園をやめるか気持ちを切り替えろ。ほんの冗談が命を落とすかもしれん。ほんの悪ふざけが仲間を殺すかもしれん。ここはもうそうゆうところなのじゃ」

 ダリキシア園長は老人とは思えぬ殺気めいた雰囲気を醸し出す。

「ワシが入学してから卒業するまでに、同期で入学したうちの三十人が卒業までに死んでしまった。理由はモンスターに襲われたやら、調合に失敗して爆死したやら、北の『黒の塔』に行ってそれきりになった者など死因は様々じゃ。ここでは死が当然のようにある。つねに危険と隣り合わせにある。そのことをよく覚えてほしい」

 ダリキシア園長は柔らかい口調になる。

「最後に、キミ達にこのことを守ってほしい。なあに、たった一つだけじゃ、自分の命を大切にしてほしい。それだけじゃよ」





「うーん、入学式長かったー」

 新入生に割り振られた学生寮の部屋で、カザキリ・ソラはぐぐっと伸びをした。入学式中は、ずっとイスに座っていなければいけなかったので、結構退屈だった。

「でも、とうとう入学したぞ、トリセイン総合学園に」

 トリセイン総合学園。

 クロウリード魔法学校。セイスタン戦闘学院。と並び、三大学び舎と呼ばれている。

 クロウリード魔法学校は、魔法の使い方を。セイスタン戦闘学院では、モンスターとの戦い方を。そして、トリセイン総合学園は、魔法、戦闘の両方を総合的に教育する。

「と言っても、俺には魔法の才能はないけど」

 言って、改めて与えられた自分の部屋を見てみる。

「勉強机とベッドがひとつ、か」

 質素だなあ、とか思ってみる。これからここにどんどん自分の物が増えていくのか。

「送られてくる荷物も明日以降だしな、いまある手荷物はこれだけか」

 ソラは自分のベルトに付けてある大きめのナイフに意識をむける。

「兄貴、俺はここまでやってきたぜ。今はまだ普通科だけど、いつか、力ある学科に入るからな」

 トリセイン総合学園は、科が複数存在する。ソラが受かった普通科以外にも、メジャーなところでは死霊術科、精霊魔法科、白魔法科や、マイナーなところでは銃使い科、錬金術科、生物解明科など、多岐にわたる。この中で、普通科は特別な科であると言える、その理由は、「普通科のみは他の学科の授業を選択して、合同で受けられる」という所にあるだろう。

 だから、授業の組み方次第では、戦士科の生徒だけが受けられる授業を一緒に受けたり、白魔法科の授業を受けて、治療魔法のスキルを上げたりできる。いうなら、非常に柔軟性が高い学科だ。その授業で良い成績を出した者は、学科を変更できることになっている。そのため、普通科は「補欠科」と陰口を叩かれているのも事実だ。

(いいさ、俺はここから登り始める。見ててくれよ、兄貴)

 ソラが決意を新たに、拳を握っていると、


 コンコン。


 ソラは意識をナイフからトビラへ移す。

(誰だろう。今日はもう休むだけだと聞いていたんだけど)

 ソラは不審に思いながら、自己の在室と、入室の許可を許す。

「はい、開いてます。どうぞ」

「失礼、カザキリ」

 一言断ってから入室してきたのは赤いスーツの女性だった。たぶん学園の先生だろう。

「ええっと、どうされましたか?」

「カザキリ、あなたにとても残念なニュースがあります」

「はい」

 見知らぬといえど、学園の先生から残念なニュースがあると聞いて、ソラは身を引き締める。

「カザキリ・ソラ、あなたの入学を取り消します」

「入学を取り消し……? ええー!」

 ようやくこの学園に入学できたのに、一息つく間もなくそれが取り消し。

「な、何故です?」

 ソラは入学を取り消されるようなことは何もやっていない。そう言い切れる。だから、納得できる理由を聞きたかった。

「有り体に言えば、こちらのミスです。普通科の入学人数の制限は五十人、しかし、学園は間違えて五一人合格者を出してしまいました。そこで、入学試験の結果が一番悪い人の入学を取り消してしまおうというハラです」

 女性教員は淡々と言う。感情を表に出せないとか、そんなんじゃなくて、ソラの入学が取り消させることなど、どうでもいいのだろう。

「――そんな…………」

「さらに言えば、生徒が一人、あなたがその部屋をふさいでいて、部屋がない状態になっているのです。ここの生徒ではないあなたにはこの部屋を使う権利はありません。まだ荷物も届いていないようですし、即刻この部屋から立ち退いてください」

 さっき普通科の生徒数が五十人と言っていた。しかし、合格者を五一人出してしまったので、部屋がひとつ足りない状況になってしまったのだ。

「そんな、急に言われても、俺はどうすればいいんですか!?」

「ですから、立ち退けばいいんです」

「そうじゃありません! 立ち退いた後です! 俺の住んでいた所はシノンの村ってところで…………」

「ああ、シノンの村は遠いですね。分かりました、帰るに帰れないという事ですね。ここに来てしまったのは学園のミスなので移動に掛かる経費は全て負担しましょう。それから、今日の就寝場所も用意します」

「クッ」

 そうだけどそうじゃないのだ。

 トリセイン総合学園に入学すると言う事は、ひとつの栄誉なのだ。合格通知が来た時は、村のみんなは自分のことのように喜んで祝福してくれた。きっとこのまま村に帰っても、誰もソラのことを責めたりはしないだろう。

 でも、それじゃソラがやりきれない。


「あの! ごめんなさい!」


 とつぜん、部屋に少女が飛び込んできて、ソラに頭を下げる。

 ソラと同い年か、ひとつ下か。この子があまって部屋に入れなかった子なのだろう。

 自分のせいで、ソラが入学取り消しになってしまったのを、悪く思っているのか、目に涙まで浮かべてる。

「イリア、あなたは学園長室で待ってるようにと言いました。それなのに、なぜここにいるのですか?」

「ダリキシア園長先生が、行きたいなら行ってもいいとおっしゃいました」

 イリアと呼ばれた少女は、自分を弁護する。

「チッ、あのクソジジイ」

「は?」

 いま何か、すごいことを聞いてしまったような気がする。

 イリアもキョトンとしてしまっている。が、本来の目的を思い出したのか、ソラを見て、ハッとする。

「カザキリくん、私のせいで入学取り消しになってホントにごめんなさい。謝っても許されないのは分かっている。でも――」

「いや、いいんだ。それに、このことでアンタが謝るのはおかしい。ミスったのは学園の方なんだから、アンタは胸張って、堂々としてればいいんだ」

「そうです、イリア。悪いのは私達学園の方です、あなたが頭を下げるのはお門違いです」

 そう思っているのなら、せめて、それらしい態度をとれよとソラは思った。

「とりあえずカザキリ、あなたは私と一緒に学園長室に来てもらいます。いまある荷物をまとめて――」

「荷物はこのナイフだけです」

「そうですか、分かりました。ではイリア、今日からこの部屋はあなたのものです。今日は大人しく部屋にいてください」

「は、はい」

「カザキリ、付いてきなさい」

 そう言って先生はうしろを見ずにさっさと歩いていく。

 ソラは追いかけて部屋をでたところで、ふと思い出したように部屋に向き直る。

「えっとさ、ホントにあんま気にするなよ?」

 イリアはぼーっとして、それが自分に向けられた言葉だと気がつきあたふたしている。ソラはフフッと苦笑してから先生を追いかけた。

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