第29話

 レイナとセレンの二人は、この間の、勝手に学園を抜け出した罰のために学園長室に呼び出されていた。

「二人の判決は、『特に何もしない』です」

 学園長代理のアスレインは、非常に不服そうに二人に判決を言い渡した。

「ま、だろうと思ったよ」

 レイナは両手を後ろ頭に組み、全く反省の色が見えていない。

「ほんと、セレンの読み通りだな」

「レイナちゃん、そういうことはせめてアスレイン先生がいないところで言ってもらえるかな?」

 二人の軽薄な態度をみて、アスレインはピクリと眉を動かす。

「私には学園長が何故あなた達を重要視するのか理解できない。いくら特別執行部員だからとはいえ、あなた達は優遇されすぎている」

「そう顔にしわ作んなよ、きれいな顔が台無しだぞ」

「ヴィム=ファイブ・レイナ、教師をからかうとはいい度胸ですね」

「って、セレンが言ってた」

「ちょ、僕に責任転嫁!?」

「セレンなら生徒じゃないから言っても問題ないはずだよなあ」

 レイナとセレンは同期で入学したものの、レイナを教える竜騎士科の教師がいなくなってしまったのでレイナは単位が取れなくなっている状況なのだ。セレンは卒業後、学園の司書を務めている。

「いつか覚えておきなさい」

「はいはい」

 アスレインを適当にあしらっていたレイナは、次にアスレインが言った言葉を聞き逃してしまう。

「そうでした、近いうちに竜騎士科の新任が来ますので」

「あ、今、なんて言った?」

「ですから、新しく竜騎士科の担任が来ますので、と伝えたのです」

「マジか、やっとか」

「ええ、学園側もやっとあなたのような問題児が居なくなってくれる算段ができるので、私としてもとても喜ばしいです」

「そうかい。相変らず嫌味たっぷりだなオイ」

「お互い様でしょう」

(もうやだ、この人たち)

 セレンは居心地が悪くなり、そう思った。



(強くならなきゃ……!)

 エレンは歯を食いしばり広い校内を走りながら思った。

(強く、ならなきゃ!)

 いつもならこういったトレーニングにソラが付くところ、しかし、現在ソラは頭蓋骨骨折の極めて危険な状態のため医務室で療養中だ。だからエレンはソラがしばらく動けない今、体力をつけてソラを驚かせようと思っているのだ。

 と、エレンを見守る人たちは思っていた。しかし、エレンはそんなことはちっとも思っていなかった。

(強くなって、もう二度と足手纏いになんかならない! ソラさんの足を引っ張らないように強くならなきゃ!)

 エレンはサイエルの森での一件を気にしていた。

 自分は、終始足手纏いであった。ソラさんに無理を言って付いて行ったにも関わらず、ルナ姉ちゃんのように役に立てず、白雪ちゃんのように役に立つこともできず、イリアちゃんやニカちゃんのように、セレンさんや、レイナさんのように――レイナさんのように!

「あっ!」

 考え事をしながら走っていたせいか、片足をもう片方にひっかけて転んでしまう。

「うぅ……」

 泣いてしまうかと思った。でも、視界に陰りがさして誰か来たのでぐっとこらえる。

「やあ、エレンちゃん。帽子、落ちたよ?」

「セレンさん……」

 セレンとレイナの二人は森での一件、ソラが連れ出したエレンのことをイリアと一緒に連れ出したと主張してソラとエレンの罪をかぶってくれた。そのおかげでソラもエレンも何も罰則は受けずに済んだのだ。もちろん、正義感の強いソラは医務室を動けないため、このことを知らないし、レイナからの言いつけで誰も話したりしない。

 セレンはエレンに手を差し伸べる。

「あ、どうも……です」

 セレンはエレンを起き上がらせると、落ちていた帽子を拾って、埃を払う。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「エレンちゃん、最近頑張ってるね」

「ええ、はい。ソラさんの足手纏いにならないようにって」

「ん? それはソラくんがそういったのかい?」

「いいえ、わたしが自分自身でそう思ったんです」

「フム……」

 少し思案気にセレンは呟く。

「エレンちゃん、人はね、少しずつ強くなればいいんだよ。いきなり強くなると心がついていかなくなる。それは冒険者にとってはある意味致命的になるかもしれないんだ。だから」

「だから?」

「ゆっくり強くなれるならそうした方がいいと思うな、僕は。ソラくんだってそこまで急激なトレーニングはしてなかったはずだよ?」

「そう言われてみれば、そうですね」

「ね?」

「でも、レイナさんは最初から強かったと聞きます」

「あー、うん、えっとね……レイナちゃんは別、あーゆうのは、そう……うん、そういうものだから」

「そういうもの?」

「うーん、なんというかなー」

 知識人のセレンにしては珍しく説明に困っているようだ。

「うんとね、これはレイナちゃんのプライバシーにかかわる事だから、僕の口からは何も言えないんだ。ごめんね」

「?」

 エレンはまだよくわかっていないようだが、セレンは曖昧に微笑んで「それじゃ」と、この場を後にする。

「あ、さよなら」

 エレンは良くわからないところもあったが、自分は特別じゃないと再認識し、帽子をかぶる。

「ムリをしないように、頑張らなきゃ!」

 そう意気込んで、走り込みを再開した。



 本校舎、廊下にて。

「白魔法科への編入手続き、明日には処理されるようですよ」

 廊下を歩くイリアに、後ろからそう声を掛けたのは、ルゴミ・コルバートだ。普通科担任の教師で、元凄腕の盗賊というちょっと特殊な経歴を持つ教師である。

「え、あ、コルバート先生」

 声を掛けられたことに反応して、振り返り、コルバートと顔を合わせる。

「こんにちは」

「はい、こんにちは。最近は学園にも慣れたせいか、挨拶をおざなりにする生徒も増えてきています、そんな中でイリアさんは礼儀正しさを失わない品行方正な生徒さんですね」

 元盗賊という経歴からは想像できないほどコルバートは華奢な優男で、そのせいか一部の女子生徒からの人気も熱い。

「あ、ええと、ありがとう、ございます……」

 あまり人から良い評価をもらったことのないイリアは、少し気恥ずかしそうに下を向いた。

「白魔法科に行っても、その素直な性格はそのままでいてほしいですね」

「あの……はい!」

「フフフ、では僕はこれから授業計画をしなければならないので」

 コルバートはニコッと微笑んで、先に進んでいった。

 それを見ていた近くの女子生徒たちがキャーと小さく悲鳴を上げる。

(わあ、やっぱりコルバート先生は人気があるなぁ)

 と、その女子生徒の集団がイリアに近付く。

「ねえ、そこのアナタ」

 その中の、リーダー格の生徒がイリアに声を掛ける。

「え、はい?」

「コルバート先生と何を話していたのかしら」

 リーダー格の女子生徒は、威圧的にイリアに詰め寄る。この問いも、本当に何を話していたのか聞きたいわけではなく、単に自分が話しかけられなかった腹癒せでしかないようだ。

「え、あの、編入のことで、お話を……」

「編入?」

「アザレアさん、コイツ、近々白魔法科に編入するんですよ」

 アザレアに進言したのは、イリアと同じ普通科の普段あまり話さないクラスメイトだった。

「へえ――」

 アザレアの目がイジワルに輝く。

「受理されるのは明日ですか? それとも明後日? まあ、いつでもいいですわ。ワタクシ、待っていますわよ」

 アザレアとその一派は、オーッホッホと高笑いしながら何処へか去って行った。

「あれ、私もしかしてイジメられる……?」



 最近の死霊魔法科では、二つの変化が起こっていた。

 ひとつは、クラスの嫌われ者、ミゴシ・ナレッドがクラスメイトに嫌味を言わなくなって、かわりに筋トレをやりだしたこと。授業合間の休み時間はバーベルで腕の筋肉を、昼休みは銃使い科の訓練所を借りて筋トレ、放課後はバカ広い校庭を走り回って体力作り、まるで本当に人が変わったみたいだとクラスメイトは思っていた。

 もう一つ、クラスのアイドル、スナプ・ルナが三日に一度の割合ですべての付き合いを断っていることだ。これにはクラスメイト達はナレッドの変化以上に驚いた。なにしろ、ルナが誘いを断る事なんてほとんどなかったからだ。

(で、実は気付いちゃったんですよねー)

 今も教室で机に突っ伏して、寝たふりをしながらルナとナレッドを観察している女子生徒がいた。

(ルナちゃんとナレッドくんの二人が変わったキッカケ)

 新聞部部員、平部員ながらその働きは目を見張るモノで、次期部長は彼女だろうと各所で囁かれている。彼女――ノウ・ルシファー、通称ルーシーはそんな人物だ。

(新聞部のため、私のため、二人には期待してますよ!)

 ルーシーは、これからの新聞部の事を思って、ほくそ笑んだ。



 学園のどこか。

「……紅一、ソラ殿の部屋は?」

 どこか薄暗い部屋、部屋の暗さに溶け込むような黒い忍者装飾と、それとは真逆の存在感を表す銀の髪をした少女がいた。

「異常ナシ」

 少女の問いに、無人かと思われた部屋の一角から、ぬっと男が出てきた。

「……次郎、学園に怪しい動きは?」

 次の問いにも、また人の気配がなかった闇の中から、返事が帰ってきた。

「現在、確認されていません」

 こちらも、先ほどの男と比べたら幾分か若いが、体の基礎がちゃんと作られている青年だ。

「……三奈代、某らの勢力にあだなす外敵的存在について、何か掴んだか?」

 前の二人を習って、この問いに答える忍者も闇から生じた。

「ガルミラという名を使っていること以外、ほとんど分かりませんね」

 この忍者はまだ若い女性だった。

「……筑四、その他について何か」

「特になしッス」

 例によって、この忍者も暗闇から現れた。しかし、この忍者は他と違って雰囲気が軽い。

「あ、いや、エルフの里のことがありました」

 ピクリ、と白雪の眉が動いた。

 白雪はあの場にいながら、老木の異変に気付けず、ソラが怪我をしてしまったことを悔やんでいた。

「村長の葬儀なんですが、亡くなってからちょうど五十日目たったので、火葬するらしいです。なんでも、エルフの習慣で死後五十日は弔わないみたいッスね」

 筑四が報告を終えると、みんなが一様にして白雪を見る。

「……報告ごくろう、皆、引き続きよろしく頼みたい」

「御意」「了解」「はい!」「ウッス!」

 それぞれ返事をして、皆、周囲の闇に溶け込んでいった。

(某は――話に聞いたダークエルフの事を調べるかのう)

 白雪は、空間移動でこの場を離れた。



 ある日、レイナがいつものように校舎の屋上で昼寝をしていた時である。

「ん…………んん」

 レイナはどこからとなく聞こえてきた羽ばたきのような音で目を覚ました。

 寝転んだ体制のままで眼球を動かし、周囲を見回してみたが、特にそれらしいものはない。

「何の音だ? コレ、羽ばたきっぽい感じだな――よっと」

 全身をバネのようにして、起き上がる。

「ドラゴンだとしたら、五メートル級小型っぽい感じだな」

 と、その時、レイナに悪寒が走った。

「ッ!?」

 本能的に、レイナはその場から跳び下がった。

 ヒュン! ズガン!

 そして、レイナが先ほどまでいた位置に、何かが高速で落下してきたのである。

「チッ!」

 二歩目、三歩目と、今度は意識的に跳び下がる。

(今のは、光の槍の魔法か? アタシの寝床が抉れてんじゃねーか)

 槍が飛んできた方向、上空を見上げて少しだけ驚く。そこには、五メートルほどの大きさの、人を乗せる生き物の影があったからだ。

(さっきまで何もいなかったのに、まるで一瞬で現れたかのように……いや、羽ばたきの音はしていた――ああ、なるほど、昼時の強い光を放つ太陽のど真ん中にいたせいで見えなかったのか)

 一瞬で姿が見えなかった敵のカラクリを解きあかして、内心レイナは心躍った。

「いいね、いいね! そーゆうの好きだよ! アタシは!」

 叫んだレイナに呼応するように、光の槍の二撃目が来た。

 今度はそれを体を捻ってあえてギリギリの所で避ける。その狙いは、屋上に突き刺さった時に抉れて飛び散る校舎の残骸が目当てだ。

 飛び散った残骸の中から握り拳ぐらいの残骸を瞬時に見分け、掴みとる。

「今度はアタシの番だ!」

 レイナは校舎の残骸を握った手を振り上げて、思いっきりブン投げた!

 普通なら届くはずのない距離、しかし、

「生憎とアタシは強いんでね、アタシより上にいるなんてうぜーぜ、引きずり降ろしてやんよ」

 敵が相手をしているのはレイナだ。自らを天才と自称し、学園唯一の竜騎士科の生徒、特別執行部委員の中でも上位レベルの能力の持ち主だ。多少の無茶くらいなら押し通す!

「うし!」

 石が的中したのか、乗っていた人影が羽をもつ生き物から落下した。レイナは得意げにガッツポーズをした。

 しかし、それはすうっと煙のように消えていった。

「あ?」

 レイナが不快げに声を出したのと同じタイミングで首元にナイフが添えられていることに気が付いた。

(いつの間にアタシの後ろに?)

「筋はいい、けど、バカ正直に真っ直ぐ戦うだけじゃ――うわあ!」

 レイナは急にしゃべりだした敵なんぞお構いなしに、後ろに倒れるようなタックルを仕掛けた。

「単純な力の押し合いならばアタシの方が強いみたいだな」

 よろけた相手にすかさず足払いを仕掛けて確実に横転させる。

「ちょ、まって! ストップ、ストーップ!」

「なんだあ? 先に仕掛けてきたのはお前の方だろうが、今更命乞いなんぞ聞きたくねーぞ」

 と、ここでレイナはやっと相手の姿をまともに見る。

 茶色い髪と情けなく倒れ込んでいる姿を見て、多分人間だろうとあたりをつける。着ている甲冑は少し重そうだが、中型くらいのモンスターの攻撃なら簡単に防げそうだと思った。

「今のは、なんていうか、そう、実力試験みたいな」

「わかんねーよ、アタシに伝わるように言え」

「そんな! アスレイン先生から何も聞かされてないの!?」

「…………ああ(そういえば森から帰ってきた時にそんなこと言われたような気がする)」

 レイナは曖昧な記憶を思い出した。

「てことはお前アレか、新しい教師か」

「うん、そうだよ」

 男は立ち上がった。

「僕の名前はサクラバ・ハク。そして、」

 ハクは上を指さす。

「アイツが僕のパートナー、レッドドラゴンのフレイだ」

「……」

 レイナは、フレイの背に色々と荷物が乗っているのを目視できた。その中に槍が入っていることも確認できた。

「――なんだ、手加減してたのか」

「え、今なんて言ったの?」

 レイナはニヤリと口を歪める。

「いいや、何でもないぜ」



 医務室にて。

「なんだったんだ、今の揺れは」

 ソラは独り言を呟いた。

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