第11話〔変身〕
彼はさる高貴な家柄に生まれた。三才の時当時人気のあったテレ
ビアニメ「狼少年」の主人公にあこがれ「ぼくはケンになる。」
といった。それが彼の最初の将来の夢だった。お母様は優しく答
えた。
「はいはい。これからはケンと呼びますね。」
お祖父様は相撲がお好きだった。ケンも何度か連れていって貰っ
たことがある。
「お祖父様はどのお相撲さんが好きなの?」
「それはいえないんじゃよ、ケン。立場があるでな。」
「どんな立場?」
「難しい立場じゃよ。」
「僕大きくなったらお相撲さんになるんだ。」
それが六才の時の彼の将来の夢だった。
中学高校と進むにつれて、彼もすこしづつ気付くようになった。
自分は決して自分の望む通りのものになれるわけではないこと
を。それでも彼はそのことに気付かないふりをした。
大学生になって、彼はオックスフォード大学に留学した。今思え
ばそれは彼の人生で一番自由な時期だった。学友は何の隔てもな
く彼と付き合い、高貴な家柄をからかってHOLYとあだ名した。
ダウンタウンに出掛け、パンクロックに熱中し、映画をみてブ
ルックシールズにファンレターを出した。「ロッカーになりたい」
それが二十二才の時の彼の夢だった。しかし、それが実現できな
い夢だと言うことを、もう彼は知っていた。
帰国した彼の前には、既に一本のレールが敷かれていた。そこか
らそれることは最早許されていない。「相撲取りになりたい」
「ロッカーになりたい」「ケンになりたい」そう思う心のいかに
強くても、彼は定められた運命を引受けなくてはならなかった。
しかし辛抱強い彼も、時には怒りに我を忘れることもある。昨年
弟が結婚した。まだ独身の彼を世間はからかった。
「お前らが話をつぶしてばかりいるからじゃないか!」
世間に対する怒りがむらむらと燃え上がった。
「独裁者になりたい。まずポビュロポリスの町長に立候補し、当選
したら親衛隊を組織し、リージョンを思うままに仕切りたい」
選挙権、被選挙権、それこそが彼にとってハビの外では永遠に手の
届かない夢なのだった。
深夜堀で囲まれた屋敷の中から彼はハビタットにアクセスする。
この架空の世界の中でのみ、彼は成りたいものになれるのだ。
「はろはろ。HOLYケンです。」
いつもながらの一日。それがハビタットを血で染める惨劇の一夜
の始まりとはさすがのHOLYケンも知らない。
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