第10話〔中央軍〕

丸山悟はひさ屋大黒堂のトップセールスマンだった。この二年間

売上で彼に勝るものはいなかった。悟は今日もセールスバッグと

座蒲団をかかえて営業にでかける。


昼の代々木公園はひとでいっぱいだ。中には地面に座り込んで話

に夢中のひとたちもいる。悟は何気なくそうしたひとの輪に近づき

そっと、座蒲団をさしだす。

「地面に直接腰を下ろしてはいけません。お尻が冷えたら、痔に

なりますよ。」

それが悟のセールストークのきっかけだった。人の輪に溶け込ん

だ頃、ごく自然に切り出す。

「この中に疣痔、切れ痔、脱肛の方はおられませんか。ひさ屋

大黒堂の不思議膏は、そんなあなたの必需品です。」


このセールストークで、悟はトップの地位を保ってきた。ほとん

どのお客が直ったお礼のハガキをくれることが悟の自慢だ。しか

し今年入社した新人の一人が、彼とは全く異なる方法で驚くほど

の売上をして、今やかれのトップの座を脅かしつつあった。


悟は偶然渋谷駅前で、その新人の営業の現場を目撃したことがあ

る。

「へーい彼女お茶しない?」それが新人のセールストークだった。

「これ買わなきゃ絶対損だよ。二年分一括購入すれば映画のチケ

ットもおまけについてる。ローンを組めば月々わずか500円だ

よ。買ってくれたら、次の日曜日に東京ディズニーランドに連れ

ていっちゃうんだけどな~。」


嫌なものをみてしまったと悟は思った。それを必要とする人と商

品との幸福な出会いのきっかけを作るのが営業の極意だと彼は思

う。あれではまるで詐欺だ。そんなにまでしてトップになりたい

か。悟はその夜むしゃくしゃした気分でコンピューターに向かっ

た。こんな日はハビタットに限る。ひととひととの出会いは、親

切と誠意だ。犬のマークが立ち上がり、ハビタットが始まる。


アバタ通りはアバタでいっぱいだ。中にはヘッド交換でヘッドを

地面に置きっぱなしのアバタもいる。彼は何気なくそうしたアバ

タに近づき注意する。

「中央軍特攻警察所長ポッポです。ヘッドを地面に置いてはいけ

ません。ヘッドシーフにとられますよ。」

いつもながらの平和な一日。それが、ハビタットを血で染める

惨劇の一夜の始まりとは、さすがのポッポも知らない。



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