とある休日

 五月もそろそろ後半に差し掛かり、三人が共同生活を始めてから二か月近くが経とうとしている頃。

 日曜の朝だからか妙にハイテンションな和也によって、まだ午前中にも関わらず起こされた他の二人――充紀と淳は、とりあえずといったようにダイニングに集められた。

 初めて顔を合わせて以来、何かしらの話し合いをするときはダイニングに集合しようという暗黙の了解が、三人の中でいつの間にか出来上がりつつあった。単にダイニングが集まりやすいし話しやすいから、という理由もその中にはあるのかもしれないが。

「んだよ、お前……たまの休みなんだから、寝かせろよ」

「そうだよぉ。俺、日曜はいつも昼頃まで寝てるんだけど」

「もう、二人ともさぁ……せっかく久しぶりに三人揃ったんだから、寝てないで何かやろうよ!」

 眠そうな二人に、不満げな顔で和也が言う。眠い目をこすりつつ、充紀と淳はふと顔を見合わせた。

 この共同生活を始めてからというもの、実は三人が全員揃う日――つまり、三人の休みがぴったりと合う日はほとんどなかった。大学生である淳はともかくとして、充紀はその仕事柄土日でも関係なく出勤しなければならないし、和也も平日だの休日だのという概念がきっちり分けられた生活をしているわけではないからだ。

「確かに、言い得て妙とは思うけど。何かって……あんまりにも漠然としすぎてない?」

「プラン決まってんのかよ」

 眠そうに目をこする淳と、寝癖が付き放題の髪をガシガシと掻く充紀。そんな二人から掛けられた至極当然な問いかけに、和也は途端に表情を引きつらせた。どうやら言ってみたはいいものの、特に何をするという具体的なことは一切考えていなかったらしい。

 いわゆる、完全なるその場の思い付きというやつだろう。

 その様子に全てを悟ったらしい充紀は、呆れたような深い溜息を吐いた。

「まったく……お前はいつもそうだな。まぁ、それがお前らしいっていうところもあるんだけど」

「いやぁ、それほどでも」

「褒めてねぇよ?」

 もはや定番となりつつある充紀と和也の掛け合いに、淳が心の底から可笑しそうに笑う。

 その年相応の楽しそうな視線に、まんざらでもなさそうな表情を浮かべながら、充紀が話を戻すように再び口を開いた。

「んで、何するんだ? 決まってないなら、話し合いするなりなんなりしてさっさと決めようぜ」

 さもなくば、せっかくの貴重な休日が終わってしまうだろう。

 そう言外に込めれば、和也が慌てたように「そうだ、そうだよ!」と再びうるさく騒ぎ始めた。

「せっかく早く起きたのに、こんなことしてたらそれだけで午前中終わっちゃうよ! 昼過ぎたら早いんだから!」

 はいはい、となだめるように和也の肩を叩くと、淳は「せやなぁ……」と呟きながら何やら思案し始めた。

「お、淳ちゃん何かアイデアあんの?」

 期待に満ちた目で和也が見つめてくる。その視線を無視しつつ、淳はこれまでずっと考えていたことを、思い切って口にしてみることにした。

「あのさ……本棚、欲しない?」

「「本棚?」」

 二人のユニゾンに反応するように、淳がゆっくりと奥――テレビなどが置かれているリビングの方へ目をやる。その視線を追うように、二人も視線を移動させた。

 置かれた低いテーブルの上やその周りには、和也が主に使う――もちろん、淳や充紀が読むこともあるが――料理本、淳が充紀に借りて読んでいる推理小説、また充紀が仕事に使っているのであろうパソコンのいろは本、大学で使う淳の教科書など、雑多なものがごちゃごちゃと散乱している。

「あれ、いい加減どうにかしようよ。みっくんも和くんも、自分の部屋に片付けとくスペースないんでしょ。まぁ、言うとる俺もないけど」

 だから、今日作っちゃえばよくない?

 あっさりと言ってのける淳に、「それはいいアイデアだね!」と調子よく和也が乗っかる。そして、淳にずいぶんな正論を突きつけられ、言い返す言葉もない充紀が反対することなど当然あるはずもなく……。

 小さく溜息を吐くと――これはもう、無意識の癖のようなものだ――充紀は部屋に掛けられた時計を見た。ホームセンターは、そろそろ開いている頃だろう。

「じゃあ、まずは材料調達に行くか」

「「さんせー」」

 息ぴったりの元気な返事に、充紀は無意識に頬を緩めた。


    ◆◆◆


 アパートの駐車場に着くと、三人は和也の車へ集まる。充紀も当然免許を持ってはいるが、転勤族のため自分の車を持っていない(邪魔だからだ)。淳も一応引っ越し前に免許だけは取ったものの、まだ自分の車は持っていなかった。

 「今日は充紀くんの運転ね」と言って、和也は車の鍵を充紀に渡した。「何で俺なんだよ」と文句を言いながらも、充紀は素直に受け取る。

「いいじゃん、たまの休みなんだしさ」

「はぁ……別にいいけど」

 諦めたように一つ溜息を吐くと、充紀はロックを解除し、慣れたように運転席へ身を滑らせた。

「そういや和也、この辺ってホームセンターあったっけ」

 転勤してきて間もないので、充紀は淳と同じくあまりこの街のことに詳しいわけではない。それでも最低限、仕事に困らない程度には覚えたつもりではあるのだが。

 この街に長く身を置いているという和也――すでに充紀の隣、助手席へと腰を下ろしていた――から、すぐに「うん、あるよ」と明朗快活な答えが返ってきた。

「ここから、だいたい車で十分くらいかな。……あぁでも、渋滞しやすいところにあるから、もっとかかるかも」

「なるほど。まぁまだ時間はたっぷりあるんだし、ちょっとくらい渋滞したって問題ないけど」

「えー、途中でトイレ行きたくなったりしたらどうするのさ」

「お前は家族旅行中の小学生か」

「冗談だよ」

 テンポの良い会話にクスクスと笑いながら、淳は後部座席へ乗り込む。そういえば、一度和也の運転する車には乗ったことがあるけれど、充紀が運転する車に乗るのは初めてだ。

 仕事柄営業用の車によく乗るという充紀の運転は、滑らかで非常に乗り心地が良かった。和也の運転もなかなかのものだったが、ドライビングテクニックで言えば充紀の方が上だろう。

「あ、充紀くん。もうすぐだよ。そこの道を右に曲がったすぐのところに駐車場があるから、そこに停めて」

「わかった」

 日曜だからか和也が言った通り少し混んでいたものの、幸い目立った大渋滞に巻き込まれることはなく無事目的地へと辿り着く。

 前座席から降りる二人の後を追いながらも、自分の出身地にはない大きな建物が連続するのに、淳は何度も立ち止まっては逐一目を見張った。

「すごい……」

 この前電気屋に行った時も、同じような衝撃を受けたことを覚えている。けれどやっぱり、何度見ても施設の壮大さと人の多さにはまだ慣れない。

「淳、何してるんだよ」

「周りの風景が物珍しいんだよ。ね、淳ちゃん?」

 呆れたような、けれど可笑しさと微笑ましさがこもった声。先を歩いていたはずの充紀と和也はいつの間にか立ち止まって、瞳を和ませながらこちらを見ていた。

「……あっ、ごめん。すぐ行くから」

 慌てて追いかけようとする淳を制し、二人がこちらへ戻ってくる。

「いいよ、ゆっくりで」

「オレたちも、淳に合わせるから」

 これが、年上の余裕というものなのだろうか。

 早く追いつきたいな……と心の奥底で願いながら、今だけは大人しく二人に甘えて我が儘を言ってみようかな、などと淳は考えた。


 ホームセンターに足を踏み入れてからも、想像以上に広く大きかった店内を歩きながら、淳は子供のように幾度も瞳を輝かせた。「広いねー。迷子になりそう」とか、「あんなものまで売ってるん? へぇ~」などと無邪気に話しかけてくる淳に、思いがけず笑みがこぼれる。

「はしゃぐのはいいけど、目的忘れるなよ」

 言いながら充紀が頭を撫でると、「大丈夫やって」と少し拗ねたような表情で見上げてくる。

「本棚の材料買いに来たんよ。それくらい覚えてるて」

「だよなぁ、ごめんごめん」

 ハハッ、と軽く笑えば、ますます拗ねたような表情になる。幼い頃の弟や妹を思い出して、充紀は懐かしそうに目を細めた。

「って、あれ? 和也は?」

「また、どっか関係ないとこに行ってんのやろ。前に電気屋行った時も、気付いたらいなくなっちゃってたんやもん。目的忘れてるのは俺じゃなくて和くんの方だって」

「ったく……どっちが子供だか」

 幾度目になるか分からない台詞と溜息を洩らしながら、充紀が「探しに行くぞ」と促せば、淳は苦笑を浮かべながら「うん」とうなずいた。


 ――その後、まったく関係のないコーナーで案の定フラフラと寄り道をしていた和也を捕まえ、三人は当初の目的であった本棚の材料と道具を購入していく。

 ある程度集まった頃には、時刻はすでに昼になろうとしていた。三人の手には、本棚用の板を初めとした多くの道具が抱えられている。

「はぁ……帰ったら、組み立てる前にまず飯だな」

「お腹すいたねぇ」

「お前あんまり貢献してないだろ」

 のんびりした調子で和也が言えば、間髪入れずに充紀から鋭い突っ込みが飛んだ。

「すぐ寄り道しようとしやがって」

「時間かかっちゃったのってむしろ和くんがあっちこっち関係ないとこ行っちゃってたせいだよね」

 じぃ……と二人から非難の視線を向けられ、和也は冷や汗をかきながら「あ、あはは」と乾いた笑い声を上げる。

「そ、そんなことより。せっかくだし帰り、なんか食べていこうよ」

「いいけど、帰りはお前が運転な」

「えぇっ」

「いいじゃん、もともと和くんの車なんだし」

「淳ちゃんまでひどい……」

「問答無用。さぁ、さっさとレジ通して車戻るぞ」

「うぅ……充紀くんの鬼」

「何か言ったか」

「いいえ、何でも!!」

「せんせー、和くんがみっくんのこと、鬼って言ってましたぁ」

「ちょ、淳ちゃん!!」

「かーずーやー?」

「ひぃっ!!」

「あははっ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る