必需品を揃えよう
「えーと、オーブンレンジと炊飯器は買ったやろ。洗濯機も冷蔵庫も予約したし……」
共同生活が始まって、そろそろ一週間が経とうとしている。
そんな日の昼下がり、淳はアパートを離れ、近くの大手電気店の中を練り歩いていた。今朝の出勤前、充紀に渡されたメモ用紙を眺めながら、ぶつぶつと独り言をつぶやく。
大学の入学式はまだ何日か先のことなので、近頃の淳はなんとなく暇を持て余していた。
ほとんど何も揃っていない部屋で過ごすというのも何となく躊躇われたため、今日はこうして生活必需品――主に家電を揃えにやって来た。引っ越して来たばかりということもあり、これから過ごすことになる街を色々と見て回ることも兼ねている。
「これで、大体揃ってきたね。ねぇ、和くん……」
メモ用紙からいったん目を離し、一緒に来ている和也がいるはずの方向へと顔を向ける。が……。
「あれ、和くん?」
さっきまで隣で喋っていたはずの、和也の姿が見えない。あっちの方に面白そうなものがあるだの、MDプレーヤーが見たいだの、関係ないことばかり口にしながらやいやい騒いでいたから、もしかしたら自分が買い物に集中している間に一人でどこかへ行ったのかもしれない。
今日はバイトもレコーディングも入っていないという和也は、淳一人での買い物が心配だからと、自称『送迎係兼付き添い役』として一緒に着いてきた。一丁前に親のようなことを言っていたというのに……まったく、どっちが子供なんだか。
充紀にこのことを話して聞かせたなら、きっとまた呆れたように溜息を吐かれてしまうだろうな……なんて思いながら、自分より年上であるはずなのに自分よりはるかに落ち着きのない同居人――和也を連れ戻すべく、淳は再び歩き始めた。
「――あぁ、おったおった。和くん」
「淳~、どこにいたんだよぉ。探したじゃん」
案の定、和也は音楽機器のコーナーにいた。軽く手を振る淳の姿に気付くや否や、いつものようにへらへらと笑いながら、能天気に駆けてくる。
まるで、迎えに来た母親を見つけた幼稚園児のようだ。……二十五歳の立派な成人男性を捕まえて幼稚園児呼ばわりするのも、ちょっとどうかと思うのだが。
「淳ちゃんったら本当マイペースだよなぁ。オレが目を離した隙に、勝手に離れてくんだからさぁ」
「勝手に離れてったのは和くんの方でしょ。俺はみっくんに頼まれたものを、普通に見に行ってただけなんだから」
『みっくん』というのは、充紀のことである。好きなように呼んでいいと言われたので、その言葉に甘えて自分の呼びやすいような名前を……と考えた結果、こうなった。
充紀本人は最初「三十超えたオッサンに、みっくんはないだろ……」と苦々しい顔をしていたが、何度もしつこく呼んでいると、いい加減慣れたのかそれとも諦めたのかは知らないが、そのうち何も言わなくなった。
ちなみに先ほどから幾度か呼んでいるから分かると思うが、和也のことは『和くん』と呼ぶことにした。こちらは嫌がるどころかむしろ嬉しそうに返事をしてくれるので、淳としても呼び甲斐がある。
まぁ、和也ならよっぽどのことがない限りは何と呼んでも怒らなそうな気がする……というのは、ここだけの話だ。
「あ、そういえば当初の目的忘れてたわ……」
悪びれる様子もなく、しれっとそう言って頭を掻く和也。
「それ、みっくんに聞かれたら確実にぶん殴られるよ」
「み、充紀くんには絶対内緒だからね!」
「うーん、どうしよっかなぁ」
「お願い! 神様仏様淳様!!」
「冗談だよ」
あははっ、と二人で声を上げて笑う。
出会ってからまだそんなに経っていないけれど、最初に遠慮しなくていいと言われた安心感からなのか、単純に年上二人に挟まれるという環境がそうさせているのか、初日に感じていた抵抗や緊張感などはほとんどなくなっていた。
和也の明るい声をなんとなく聞き流しながら、淳はもう一度、手元のメモ用紙に目をやった。持っていたボールペンを使い、買ったものの名前を斜線でどんどん消していく。
「……あ、そうや。みっくんが、仕事で使うからファックスも見といてくれって言ってたんやった。別に急がないらしいから、今日は買わないけど」
「電話付いてるやつ?」
「和くん……ファックスは大抵電話付いてるよ」
「そっか、そういえばそうだね。パソコンは?」
「みっくんがノーパソ持っとる。インターネット環境はちゃんとあるし、仕事持って帰ってくる時以外は自由に使わせてくれるって。……あぁ、でもデスクトップのやつが一台いるか。俺も、これから大学の授業とかで使うかもしれんし。あと、個人的にはプリンタもあった方が……あぁ、でもそれは今日頼まれてないしなぁ」
「その辺は、追々充紀くんも交えて相談しようか」
「そうだね」
ようやく真面目モードになってくれた和也と、あぁでもない、こうでもないと様々に話し合いながら電気屋を巡る。
「あ、見て淳。このファックスかっこよくない?」
「白かぁ……結構シンプルやし、みっくんが好きそうなデザインだね」
「とりあえず写真撮って、充紀くんに見せようか」
「賛成。あとは……ってちょっと和くん!」
「見て見て淳ちゃん、このウォークマンよくない? 欲しいなぁ~」
「はいはい。それはいずれ、和くんのお金で個人的に買ってください」
「ちぇ~……」
「あんまりふざけてたら、みっくんにチクるよ」
「ちょ、それだけは勘弁! ――……」
「――……」
◆◆◆
「ただいま……はぁ、疲れた」
今日一日の営業回りを終え、すっかり暗くなったアパートの廊下を歩いていた充紀は、今や一人ではない――最低でも、和也か淳のどちらかが中にいる――アパートの一室で足を止めた。スーツのポケットから鍵を取り出し、ドアを開ける。
玄関を開けてすぐのところにある、ダイニングのテーブルに向かい合って座っていた和也と淳が、入ってくる充紀の方を一斉に見た。ほぼ同時に顔をぱぁっと輝かせ、椅子を引き立ち上がる。
「充紀くん、お帰り!」
「お帰り~。待っとったよ、みっくん」
もともとおしゃべり気質である和也と、普段以上に饒舌な淳によって、部屋の中は一気に騒がしくなる。まさかこんなことになるなんて、少し前までの自分ならきっと考えもしていなかったことだろう……と思いながらも、充紀はこの状況を心のどこかで楽しんでいた。
「ところで淳、今日頼んだ買い物の方はちゃんとうまくやってくれたか?」
「うん」
スーツの上着を脱ぎながら淳に問うてみれば、元気の良いうなずきが返ってくる。脱いだ上着を受け取ってくれた和也から「ちょっとー、オレも行ったんですけど」という不満の声がかかったが、この際無視だ。
ニコニコと機嫌良さそうな笑みを浮かべながら、淳はキッチンの方を指さした。水道とコンロの間にあるスペースに、まだ使われた形跡のない真新しいオーブンレンジと炊飯器が置かれている。
「洗濯機と冷蔵庫は、明日届くことになっとる。お金は払ってあるで、それも明日俺が受け取っとくよ。明日は和くんもバイトや言うてたし、俺しかここにいないから」
「あぁ」
「それからファックスだけど、良さそうなのがあったで一応写真撮っといた。あとで見せるね。パソコンはどうしよっか? どうせならデスクトップのと、あとプリンタも欲しいなって思うんだけど……まぁ、別に急ぐことでもないし、なかったらなかったで全然いいんだけどさ」
「確かにデスクトップパソコンも、プリンタも、あった方が便利ではあるな。……まぁ、でもそれはまた追々。今はそんなに余裕ないし、しばらくは俺のノートパソコンで事足りるだろ」
「うん、わかった」
淳の口から出た予想以上の模範解答に、充紀は普通に受け答えしながらも内心では驚いていた。
正直言うと、一人暮らし初心者で勝手があまりわかっていない淳にこのようなことを頼むのは少し心配だった。まるで、我が子を初めてお使いに出すような親の気分だ。
けれど、それもどうやら杞憂にすぎなかったらしい。
「よくできました」
淳の自信に満ちた笑顔にほだされるように、頬を緩ませながらその頭を軽く撫でてやる。「子供扱いせんでよ」とむくれられてしまったが、十以上も年が離れている相手を子供だと思わない方がむしろ難しい。
まぁ、それを本人に言ったらますます不貞腐れられてしまうだろうが。
「オレだって行ったのにさぁ……充紀くんひどいよね」
むぅ、と拗ねたように唇を尖らせながら、和也が非難の目で充紀を見る。
「何、お前も頭撫でてほしいの?」
「別にそういうわけじゃないけどぉ」
「大して褒められることしとらんでしょ、和くんは」
茶化すように淳が口を挟む。
「だってさぁ、聞いてよみっくん。和くんったらね……」
「ちょ、淳ちゃんストップ! その話はしないって言ったじゃん!!」
淳が口を開こうとするのを、焦った様子で和也が止めに入る。そんな和也に、充紀はまるで不審者を見るような視線を向けた。
「和也……お前、また何か余計なことやらかしたのか?」
「未遂だもん!」
「未遂ってことは、やらかそうとしたのは事実なんだな?」
「和くん、自分で墓穴掘ってしもとるよ……」
充紀のジト目と淳の呆れたような視線から逃れるように、和也は慌てて背を向けた。わざと明るい声で、誤魔化すように言う。
「ご、ご飯食べようよ! 三人揃ったんだしさ!」
「あー、和くん逃げる気?」
「ったく……調子のいい奴め」
今日はカレーだよ~、と不自然なほどの大声で言いながら台所に向かって行く和也の背中を、充紀と淳は苦笑気味に見送った。
「まったく、どっちが年上だか……」
「ホント、そうだよね。俺もそう思う」
「お前の方がよっぽどしっかりしてるわ」
「ふふ、ありがとぉ。みっくん」
「ちょっとー! 二人で話してないで、暇なら準備手伝ってよ!」
「「はいはい……」」
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