第十九話 ヴィグエント奪還作戦発動

 その日、ヴァイス王国の主要な人物が城の小会議室に集まっていた。

 アルテア王女、ガイウス宰相、リカルド公爵、アドルフォ大将、そしてセラム少将。この国の心臓であり、頭脳であり、脊椎である。議題が議題だけに大人数では遅々として進まない事が予想されるため、この五人で方向性と大まかな内容を事前に決めておこうという算段である。先に船頭を決めてしまって来たる軍議の舵を取り、山に乗り上げないようにするのだ。


「で、そろそろ良しとする根拠を聞かせて貰おうかしら。まずは現状から、ガイウス宰相」


「はい。現在政治上の安定を取り戻し、国情は一つの目的に向かって進める状況になりました。国民感情も抗戦、領土奪還の機運が高まっており、通行上の石は取り除かれたといったところです。現状の蓄えで十分な戦力を動員出来ますが、北部穀倉地帯を敵に抑えられている事もあり、大兵力の長期的な動員となると難しいものがあります」


「リカルド公爵」


「貴族は皆現在の国の方針を支持しています。国王の命に反するような事は無いでしょう。王都付近の主要貴族の領土では好景気が波及しており、兵の動員に当たっての障害、特に財政面ではある程度許容出来る状況かと思われます。ただし辺境は相変わらず厳しい経済状況が続いており、今まで以上の負担増は無理でしょう」


「アドルフォ大将」


「はっ。先の軍制改革から今まで務めてきた再編成、命令系統の明確化、兵の調練は順調であり、すぐにでも出陣出来ます。セラム少将が考案、開発した新兵器も運用可能であり、兵力は確実に増大しています。敵の動向ですが、今尚ヴィグエントの南側の補強を継続しており、今後更に堅牢になる見通しです。敵の司令官が交代し、ヴィグエントを陥落せしめた将の部下と思しき者が司令官を務めています。敵の備蓄については不明ですが、秋の収穫時期より早く行動を起こさねばこちらの被害が拡大する恐れがあります」


「よろしい。ではこれよりヴィグエント奪還作戦の概要を詰めるとしましょう」


 そう、長い準備期間を経てついに奪還に向けて軍を動かそうというのだ。


「ここにいる全員、これ以上期間を置いても敵との戦力差が開く一方という認識でいいのね?」


 全員が肯定する。


「ではこれから攻めるに当たりどういう方針でいくのかを決めましょう」


「都市攻めとなると定跡は包囲戦により士気を挫き降伏を迫るというあたりですが」


「それは反対じゃのう。先程も言ったように長期戦となると蓄えが厳しい。それに収穫時期を越えると敵の食料も充分なものになるのではないか?」


「収穫時期の戦争行為はなるべく避けたいな。民兵を動員する以上繁忙期に男手がいなくなる事になる。経済的にも大打撃だ」


 アドルフォの言にガイウス、リカルドの反対意見が飛ぶ。


「一つ訂正しておきますと、収穫時期に包囲を継続すれば敵の収穫を邪魔し、逆にこちらが都市近郊の畑を収奪する事も可能です。長期戦の一つの方法として有効ですが、敵の援軍や補給を考えると良し悪しです。やはり軍としても長期戦を避けるのが一番ではありますが……」


「問題点どういったものがあるかしら?」


「力攻めとなると我が軍の消耗が激しい、街の被害も甚大なものになる、そもそもヴィグエントの防備を抜けるかすら怪しい、といったところですか」


 セラムが以前から危惧していた事を発言する。


「その通りだ少将。悔しいが軍事力では我が軍は敵に劣る。真正面からぶつかって勝てるかは五分以下だ。甘めに見積もってもな」


 アドルフォの拳に力がこもる。若い頃から最前線で戦ってきた歴戦の兵士でもあるアドルフォの見立ては恐らく正しい。そして認めたくなくとも、兵の命を預かり指揮する者として冷静に現状把握をしなければならない。アドルフォの歯がゆさは察して身に余る。


「だがその見積もりを七分、八分に上げるのが戦術だ。幸いこちらには地の利がある。大義名分もある。人心もこちらに味方してくれるだろう。出来ればこの会議でその見積もりを九分にしたい」


「いざ戦闘が始まれば儂の出番は無いじゃろう。やれる事はやった。不甲斐ないがその結果が今じゃ。外交面ではゼイウン公国が最大の激戦地になっておりとてもじゃないがこちらに援軍を回せる余力はなさそうじゃ。ノワール共和国は先の我が国の敗戦で及び腰に拍車が掛かった。物資面での後方支援は引き出すが、直接的な介入は無いと思ってくれた方がええ。じゃがどんな状況になろうとも補給は切らさんように尽力すると誓おう」


 厳しい。誰からともなく重い空気が流れた。皆の額に暑さの所為だけではない汗が滲む。


「二方面から攻め上がるのはどうでしょう。私とセラム少将が二手に分かれれば敵の手も分散する。敵の駐留部隊だけならこちらに数の利があります」


「敵が迎撃部隊を出してこれば良しですが、敵がはなから籠城を決め込んだらどうします? 兵数を減らせず攻城戦にもつれ込めば長期化は避けられません」


 リカルドが挙げた作戦は尤もなものだが、アドルフォの指摘にも一理ある。それだけで勝てる相手ではないという事だ。

 その後様々な議論がなされるも、試算した勝率が七割を上回るものは出なかった。舌は踊り、皆が渇きと疲労を覚える頃、今まであまり発言しなかったセラムが切り出す。


「よろしいでしょうか」


「どうぞセラム」


 セラムが手を上げる。進行役のアルテアの許しを得て話し始める。


「敵の強い所では戦わずこちらが有利な所で戦う、戦術の基本です。そこで我が軍の強みを再確認してもらうためにこちらを用意しました」


 セラムが紙の資料を各人に配る。


「まず一頁目をご覧下さい。我が軍の兵科とグラーフ王国軍の兵科についてです。我が軍の代表的な兵科は常備軍の歩兵、騎兵、弓兵、輜重兵、そしてバリスタやトレブシェットを用いる攻城兵です。民兵については各貴族が用意するため装備がバラバラであり、兵科としては民兵という括りで考えます。対するグラーフ王国軍ですが、こちらは種類が多い。今まで挙げた兵科に加え、重装歩兵、ワーウルフの部隊などの異民族からの吸収兵、少数ではありますが魔法使い部隊、捕虜や降伏兵からなる戦奴などが確認されております。その内ヴィグエントに駐留する兵は歩兵、騎兵、弓兵、重装歩兵、そして戦奴が考えられます」


「ふむ、それ程特殊な兵科はいないのだな」


「ええリカルド公爵。主力はゼイウン公国、北方の魔物討伐、モール王国の反乱兵の鎮圧に割かれており一般的な人間相手と考えてかまいません。しかしながら各兵の練度で考えれば我が軍を凌ぐものばかりです。二頁目から六頁をご覧下さい」


 皆が紙を捲る。そこには各兵科の細かい記録が載っていた。


「我が軍の兵科毎の力量を示した物です。走力や遠投などの数値から見た戦力となります。全体的にグラーフ王国軍よりも劣っていると言えます。例外的にヴィルフレド大佐率いる騎馬隊だけは群を抜いていましたが」


「彼の騎馬に関しての実力は本物だよ。酔狂で彼を大佐に推したわけじゃない」


「騎兵全体としてはそこまで優秀とは言えませんが、彼の指揮権を拡大させた今では頼りになる兵科です。そしてもう一つ、弓兵にご注目下さい。我が軍の弓の有効射程は百二十メートル。これはグラーフ王国軍のおよそ一・三倍と思われます。つまり弓の性能だけなら優位だという事です」


「問題はその運用方法というわけか」


 リカルドの言葉に頷く。


「そして僕は今まで新兵器開発と同時に新兵科とその運用方法を考えてきました。それが医療兵と工兵と砲兵です」


「ほう? 医療兵は分かる。従軍医を兵科にまで拡大させたんじゃな。その工兵と砲兵というのは何じゃ?」


「工兵は戦場における工作を専門とする兵科です。土木建築に特化し、陣地構築や障害の破壊、築城や道路の敷設などを担当します。場合によっては戦闘にも参加する準戦闘員です。砲兵は僕の新兵器を運用するための専門兵科です。残念ながら五台しか用意出来ませんでしたが」


「それはすぐにでも全部隊で運用出来るものなのか?」


「運用自体は可能です。が、活用出来る人間は限られるでしょう。何せ全く新しい兵科、しかも実戦経験が無いのです。一先ずは僕の部隊に組み込んで運用方法を実践して見せる方向で考えています。どうかご容赦を」


「ふむ。で、貴女はその小規模な部隊で何をするつもりだ?」


 リカルドの指摘や疑問は当然だ。強力な兵器が無いこの世界の戦争は数こそが正義だ。農民でも槍を持たせれば戦力、そんな常識の中で生きてきたのだ。

 勿論セラムもその考えを否定するつもりは無い。だが今までの戦争の仕方で勝ち続けるのは無理というものだ。人間は進歩する生き物なのである。


「それが七頁以降に書かれています。実際の運用と戦術、それを基にした作戦です」


 その後セラムの立てた作戦を基に話し合いが進められた。一番年若い少女が立案し、老練者がその穴を埋めていく。このヴィグエント奪還作戦は新しき世代の象徴とも言うべきものであった。

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