第十七話 内政にて勝つべし
「物資がまだ来ないだと? 急がせろ」
ガイウスの執務室では人が激しく出入りしていた。セラムが報告に来ている間に三回話を中断されている。セラムも大概忙しいがガイウスはそれに輪をかけて多忙である。何せ彼にしか判断できない事柄が多く、しかも軍部と違い文官は一枚岩ではない。反ガイウス派も最近は大分大人しくなってはいるものの、あまり協力的ではない連中は確かにいるのだ。それでも大部分の貴族がガイウス派と手を取り合って政務をこなしているので、一時期よりかなり負担は減っている。リカルドが貴族を纏め上げているおかげである。
「今のは?」
報告の詳細が気になったセラムがガイウスに聞く。
「海からの貿易品の話じゃよ。船は港に着いているのに一向にこっちに来ない。荷降ろしに時間が掛かっておるんだと。まったく、いつもの事ではあるが今は占領された土地からの難民や戦災孤児が溢れておるからのう。困ったもんじゃ」
「荷降ろしですか……。ちょっとその報告書を見せてもらってもいいですか?」
許可を貰って報告書に目を通す。それによると今回の船は外国貿易の大型キャラベル船からの荷物。荷の種類は様々で作業を完了するまでに十日程掛かるらしい。
「十日! そんなに掛かるものなんですか」
「大きい船だと二週間以上掛かる事もあるからの」
荷を船から降ろすだけでもかなりの時間を要するが、一つ一つ中身をチェックしてリストと照らし合わせる作業にかなり手間取るらしい。
セラムはその報告書を読み終わってからニンマリと笑った。
「こんな事もあろうかと!」
一度は言ってみたい台詞十位以内に入る言葉である。
「何か妙案でもあるのかい?」
「今作らせている物があります。陸上輸送用に計画していた物ですが船にも使える筈です」
この為に材木屋と話をつけてきたのだ。セラムは紙に絵図を描き始める。
「これは?」
「コンテナという物です。要はでかい箱なのですが底面に足が付いており、対応させた荷車の台座に嵌め込めます。また、上辺には同じように穴が空いておりコンテナを重ねる事が出来ます。下の方には持ち上げる為の窪みがあり、軽い荷物でしたら人力で持ち上げる事が出来ます。大きいコンテナはそのまま仮設住宅にもなります」
「ふむ?」
ガイウスはいまいち言いたい事が分からないといった様子だ。
「こいつの本領は規格化された時に発揮されます。馬車に載せたコンテナごと必要な地点に降ろし別のコンテナをそのまま載せ替える、コンテナにふられた番号で荷物のリストを作り管理を簡略化する、といった用途が考えられます。つまり船の荷物を全てこれに入れれば荷物のチェックの時間を短縮し、そのまま馬車に載せて運ぶ事が出来ます」
「なるほど、分かってきたぞ。だが数がいるんじゃろう? 軍でそれを用意するとなるとかなり時間が掛かるぞ」
「民間の工房で作らせればよいのです」
「だが何箇所もの工房で全く同じ物を作らせるのは難しいぞ。利益を独占する為に独自の物を作ることすら考えられる」
「それは僕も考えたのですが、期間を設けて決められた規格通りに作られた物のみに補助金を与えるようにすればどうでしょう。例えば一年間限定の制度とし、作らせる。職人はその通りに作るでしょう。一年後その規格品が溢れかえり、違う工房の物を買っても同じように使える便利さが民間に知れ渡れば商人は同じ物を欲しがる。利に聡い者は需要があれば飛びつくものですからね」
「補助金か。高くつくな……」
「規格化は大量生産の基礎です。同じ物を大量に作れば職人の高い技術も要らず、安く早く作れる。最初は二重払いで金が掛かるように見えますが、長期的に見れば安くあがります」
「そういうものか」
「そういうものです」
ガイウスは熟考した後、顔を上げて言った。
「うん、採用」
「やった! これの予算通りますか?」
「通しておくよ。軍事輸送だけじゃなく民間流通にも使えそうだからね」
セラムは小さくガッツポーズをする。
「それにしても君は色々考えつくね。聞けば君の領地、一部で実験都市なんて呼ばれているそうじゃないか」
水道の敷設や手押しポンプの設置、それに伴い水道料金を税として徴収している事などを言っているのだろう。勿論検地を改めてやり、簿記でしっかり帳簿をつける事によって税の公平性は上げている。他にも汚水を川に流す事を止めさせる為に簡単な沈澱式と濾過式を組み合わせた浄水場を建設中だ。
「はは。実はその頭を金で買って頂きたいのですが」
「ん? 何かな?」
ガイウスはこの少女と話しているのが楽しくて仕方ないという表情で聞き返した。セラムは確かな手応えを感じ本題に入る。
仕事上の発言力を高めるには自分の実力を認めさせるのが一番なのである。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「アドルフォ大将、やりました!」
セラムは息巻いてアドルフォの執務室に転がり込む。
「軍事予算、上げて貰いましたよ!」
「おお、やったじゃないか。これで少将の新兵器が本格的に作れるな」
「まだまだ必要な物はありますからね。お金がいくら有っても足りないですよ」
実際セラムの持ち出し分がかなり多い。儲けた金は右から左だ。
「しかし予算はともかくとしても……」
「人材……ですね」
再編成に伴って仕事は増える。しかし片足のアドルフォと軍事素人のセラムでは書類仕事はともかく実務担当がいない。勿論軍はこの二人だけではないのだが、階級が高く優秀な職業軍人となると少ない。
「こうなれば少々強引に増やすか」
アドルフォがリストを捲る。
「彼なんかどうかね?」
「いいですねえ。指揮能力、判断力共に申し分なし。異論は無いですよ」
二人は生け贄を決めるようにニヤリと笑った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ヴィルフレドは扉の前で服装を正した。訓練中に唐突な呼び出し、しかもアドルフォ大将からだという。どんな要件であれヴィルフレドにとって良いものではないだろう。
(うう、嫌だなあ。俺はただ平穏に暮らしたいだけなのに)
彼の父親は騎士だった。騎士の位は一代限りのものだがそれに満足する者はそうはいない。彼の父親もまた息子を立派な騎士にすべくヴィルフレドを軍に入れた。だが彼自身は出来れば実家の農園を継いで一生を終えたかった。
入隊後彼は適正を認められ騎馬隊に配属された。馬は好きだったが軍隊生活は彼の心境を大きく動かす程ではなかった。「農園を継ぎたい」から、「何事も無く除隊できたら馬を買って農園に戻る」という夢に変わっただけであった。
だから偉い人に呼ばれるというのは彼にとって厄介事に違いないのだ。
一つ咳払いをし、覚悟を決めて扉をノックする。
「ヴィルフレド少佐、入ります」
「入りたまえ」
返事を確認してから扉を開ける。予想と少し違い部屋にはアドルフォ大将だけでなくセラム少将もいた。アドルフォ大将は机に両肘を立てて両手を組んで口元を隠している。セラム少将は笑顔を隠そうともしない。が、その笑顔は悪戯を仕掛ける直前のような笑顔だ。
嫌な予感がする。ヴィルフレドは唾を飲み込む。
「おめでとう大佐」
セラム少将がそう言った。ヴィルフレドは聞き違いだと思った。
「えっ」
「今日から君は大佐だ」
聞き違いではなかった。嫌な予感は的中した。
この短期間で二階級特進、死ねという事ですか。そうですか。
農園が遠のく。
「じ、自分はそれ程功績を上げてはおりません」
「何を言っている。事前にルイス伯爵の反乱を見抜き防衛成功に導いただろう」
「えっ?」
「つまりそういうことだ」
勿論身に覚えがない事だが、セラム少将の悪い顔を見れば嫌でも察しがつく。つまり功績をでっち上げてでも自分を昇進させたい何かがあるのだろう。諦めるしか無いというわけだ。
「異論はあるか?」
「アリマセン」
「宜しい。では早速だが仕事の話だ」
ああ、やっぱり。ヴィルフレドは心の中で天を仰いだ。
ごめんよクリスタ、我が妹よ。兄ちゃんは帰れそうもない。
「なに、ちょっと部隊運用の実務を担当して貰いたいだけだ」
「宜しく頼むよ、ヴィル」
ヴィルフレドには二人の顔が悪魔に見えた。
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