第十五話 鎮圧、その後

 リカルドはこの国の為に尽力すると約束してくれた。これで国の地盤が固まり反撃の態勢を整えることが出来る。

 セラムは家で次の一手を練っていた。


「ルイス伯爵の処遇はどうなさるのですか?」


 ベルが紅茶を机に置きながら聞いてくる。


「彼は反乱の首謀者として処刑される」


 誰か一人は責任を取る者が必要だ。リカルドを誤認逮捕で無罪放免とするにはルイスには死んでもらわねばならない。綺麗事が通るのは平和な国だけなのだ。


「何故リカルド公爵だけは助けられたのですか?」


「納得いかんか? そういえばベルはゼイウン公国出身だったな」


「はい。十歳までは暮らしていました」


 ゼイウン公国には生き恥を晒すより名誉ある死を美徳とする文化がある。それ故納得いかないところもあるのだろう。


「書類を洗い出した結果、リカルド公爵はグラーフ王国に対しあくまで消極的な協力に留まっていた。それに貴族の中で一番偉い公爵家であり、貴族に対する影響力も動員できる兵力も大きい。領内を良く収めており有能な御仁だ。とまあ、理を説けば幾らでも言えるがそんな事は解っているのだろう?」


 セラムはベルの入れてくれた紅茶を一口飲み息をつく。


「死ぬというのはある意味逃げなんだよ。まあ弱い人間なら誰かのせいにするか、何か尤もらしい理由を見つけて罪を自分以外に押し付けて生きていくだろうが、彼はきっとそれを良しとせず苦しみながら生きていくだろう。それこそが罰になる。彼は自領内の民を守る事こそ至上の責務だと考えていたが、だからこそ視点を変えてやれば国の役に立つと思ったんだよ」


 ベルはそれを聞いて納得したように目を伏せた。


「厳しいものですね、生きるというのは」


「そうだな」


 暗い雰囲気になりそうだったので別の話題を探す。セラムは以前から聞きたかった事を思い出した。


「そういえばこの世界には魔法があるだろう? 今まで見た事が無いんだがこの国で魔法を使える者は少ないのかい?」


 魔法使い隊はゲーム中盤で選べるようになる兵科だ。移動が遅く紙装甲だが破壊力と範囲攻撃が強みなよくあるタイプのものだ。性能はピーキーだが上手く使えばこの上なく有用なので、もし早めに使えるならばこれからの戦争もかなり楽になるだろう。


「それについては昔勉強なさった筈ですが」


「あー、それも記憶が飛んでしまったようだ。昔の事は少ししか……」


 便利な記憶喪失である。


「そうですか。それについて話すには歴史の勉強からしなければなりませんね」


 長くなりそうなので椅子はベルに譲りセラムはベッドに腰掛ける。


「この世界には創造神グリムワールが創られた聖神ユーセティアと邪神ニムンザルグの二柱の神がいます」


「ああ、聖神ユーセティアは教会に祀られているよね。王都で見た事あるよ。でもその言い方だとユーセティアとニムンザルグは実在するように聞こえるね」


「実在しますよ」


「物質的に?」


「ええ、四百年前聖神ユーセティアと邪神ニムンザルグが戦ったという記述が歴史書にあります。創造神グリムワールについては聖神ユーセティアが人々に伝えたと聖典に記されるのみですが」


 まじか流石ファンタジー世界、とセラムがあんぐりと口を開ける。四百年前では確かに神話としては近すぎる。それに創造神とやらにセラムは心当たりがあった。


『ようこそグリムワールへ!』


 この世界に来た時に聞いたあの声。あれこそがその神様なんじゃないかと思う。だとしたら会って一言文句を言ってやりたいものだ。


「話を続けますよ。我々は聖神ユーセティアの加護を受けて生きていますが中には邪神に信仰を捧げる者もいます。何故なら邪神ニムンザルグは信者から気まぐれに選び、力を与える事があるからです。選ばれた者は魔族と呼ばれ、大きな魔法の力を得たり、時には魔物を率いる者もいます」


 そういう事なら邪神信仰も理解できる。絶望した者、逸脱した力を得たい者、その理由は様々だろうがそういう人間は多いだろう。


「中には魔族と人間の間に子供ができる場合があります。そういう子らはやはり魔法を使えるようになります。やがてその子孫は増えていき、彼らは魔法使いと呼ばれるようになりました」


「つまり魔法は遺伝でしか使えないのか」


「そうです」


 こんな事ならゲームスタート時に魔法使いのキャラを主人公に選べば面白かったかもしれない。魔法が本当に使えるのなら一度は体験してみたかったのだが。


「ですが魔族には人に害為す者が多い。当然魔法使い達は恐れられ、迫害を受けてきました。彼らの多くは人里を離れ、隠れ住みました。ノワール地方には多くの魔法使いが落ち延び、彼らが造った街があります。そういった経緯もありノワール共和国は昔から魔法使いへの差別は殆ど無いのです」


「この国には差別があるのか」


「いえ、昔は魔法使い狩りが行われる程でしたが、今はかなり少なくなっています。そのきっかけとなった出来事があったのは今から百年前の事。ノワール共和国から一人の女性が世界中を巡りました。彼女の名はアウローラ。彼女は魔法使いの中でも珍しい治療魔法の使い手で、熱心なユーセティアの信徒でした。彼女は世界中の怪我人を治療魔法で治し続けました。まさしく命を賭して。やがて彼女は聖女と呼ばれ、その功績は教会をも動かします。今まで魔の落とし子として忌み嫌われていた魔法使いでしたが、各地で魔法使い差別廃絶運動が起こるようになり、教会も無視出来なくなったのです。『魔法使いも同じ人間である』教会からのその声明によって公的な差別は無くなりました。今は田舎にしか差別は見られません」


「ではこの国にも魔法使いはいるんだな」


「ええ。とはいえノワール共和国に比べると数はかなり少ないです。また強力な魔法が使える者もいません」


「という事は魔法使い隊を結成するのは難しいか」


「そもそも戦場で使うような大規模な魔法が開発された事自体ここ二十年程の事です。魔法を戦術的に運用している国はノワール共和国くらいでしょう」


 となると魔法に代わる技術が欲しい。次はその辺りを研究しようかとセラムは考えに耽る。


「何だか愉しげですね」


「そんな顔をしていたか?」


「ええ、意地悪そうな顔をしていましたよ。セラム様がそんな顔をしている時は何かを思いついた時です」


 ベルの言葉に、この世界に来てから性格が悪くなった気がすると思うセラムだった。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 アドルフォの元に一つの報告が舞い込んだ。


『ダリオ中将、謀反』


 駐留していた地方領主と共にグラーフ王国に寝返ったとの事だった。

 その文面にアドルフォは複雑な心境になった。好ましい人物ではなかったが、同じエルゲント将軍の元で働いた同僚としてどこかで信じていたのかもしれない。国を裏切るような奴ではないと。

 セラムにこの報告を見せると特に動揺も見せず「そうですか」と言った。


「これも織り込み済みか?」


「予想の範囲内です」


 その表情は余りにも年齢に似つかわしくない。その深謀遠慮と冷徹さ。彼女をそうしてしまったのはきっと父親の死とその立場、そして戦争という環境なのだろう。

 何ともやるせない気分になる。本来であれば友人と無邪気に遊んで、家に帰れば家族と共に食卓を囲む、そうあるべき年頃だろうに。

 だが私にも罪がある、そうアドルフォは自省する。最初はせめて自分達で盛り立て、様々なものから守るつもりであった。だがセラムの有能さに、その覚悟に甘え、今では色々なものを背負わせてしまっている。

 だからこそこの子が取る行動の責任は全て自分が負うと決めたのに。


「情けないな、私は」


 この程度の事で動揺するなんて。落ち込むアドルフォをフォローするつもりか、セラムが告げる。


「ダリオ中将の価値は恐らく彼自身が思っている程高くありません。彼が持つ情報は旧体制のものばかりです。これからの我々には左程痛手にはなりません。それよりも軍部が一枚岩になった事こそ喜ぶべきでしょう」


「そうだな……」


 依然眉を顰めるアドルフォをセラムは不思議そうに見ていた。

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