第十四話 リカルド
反乱は収束した。リカルド公爵とルイス伯爵は捕縛され、ヴィゴール伯爵は戦いに敗れ逃げたところを民衆に殺された。
この時点でゲームの展開と少し違ってきている。ゲームでは三人共捕縛され、三人共仲間にした。セラムは歴史シミュレーション等では滅多に処断コマンドを使わない。どんなに能力が低くても大概のゲームでは邪魔にはならないからだ。グリムワールにおいてもその信条に従って仲間に出来るキャラクターは全て仲間にした。だが現実ではそうはいかない。例えば織田信長は裏切った実弟信勝や、義弟浅井長政を切腹に追い込んでいる。浅井長政などは十五歳で家督を強奪し、二倍以上もの兵力差に圧勝する程の英傑であるにも関わらずである。セラムもまた、今となっては全てを許して出来るだけ仲間に、などとは思っていない。
ゲームでは将軍だったセラムが少将、名前も出ていない副将軍が大将と中将、そしてヴィゴール伯爵は死亡。もはや小さな齟齬を恐れる段階は過ぎている。
彼らの処遇と今後の大まかなシナリオは既にセラムとアドルフォとガイウスの三人で話し合ってある。
セラムは計画通りに進めるため城の地下牢に向かった。
「彼らの様子はどうだ?」
セラムが牢番に尋ねる。
「リカルド公爵は『殺せ』と取り付く島もなく、ルイス伯爵は『唆されたんだ』と連呼しております」
「そうか。リカルド公爵を釈放する。許可はこの通り取ってあるから鍵を預けてくれ」
「確かに。ではくれぐれもお気をつけて。他の囚人とは目を合わさないようにして下さい」
牢番から鍵を預かり護衛の兵士と共に下に降りる。靴音に反応したのか横道の奥から声が聞こえる。
「誰だ? いや誰でもいい、ここから出してくれ! 俺は唆されただけだ、首謀者は別にいる! 全て話すからこっちに来てくれ。聞こえてるのか!」
牢番の言う通り脇目もふらず目的地まで行った方が良さそうだ。成程、こんな薄暗い地下にずっといては不安で気が狂ってしまうだろう。
一番奥の牢に直行する。そこには目を閉じてじっと座る偉丈夫がいた。
「リカルド公爵、お話に来ました」
「殺せ」
確かに取り付く島もない。だが処刑する為にここに来たわけではないのだ。
「そう言わずに。僕の話を聞いて下さい」
「お前は……あの時の総大将か」
「ええ、セラムと言います。場所を移しましょう」
鍵を開け、取り調べ等に使う別室に案内する。お互い椅子に座ったところで兵士にコップを持ってこさせる。
「どうぞ、水で申し訳ありませんが。人間飲み物を飲むと落ち着きますよ」
「お前は何者だ?」
「これは失礼しました、公爵」
セラムはここで初めて公爵を相手にきちんとした自己紹介をしていない事に気付く。礼を失しないようにセラムは一旦席を立ちスカートの裾を持ち上げ一礼する。
「エルゲント元将軍の娘でセラム・ジオーネと申します。今は軍の少将をやっております。どうぞお見知り置きを」
「やはり貴女がそうか」
「おや、ご存知でしたか」
再び席に座り直し聞き返す。
「ああ、名前程度だが」
「そうですか。挨拶はこのくらいにしておいて本題に入りましょう。貴方には引き続き国の為に力を貸して頂きたい」
「という事は私は無罪放免か?」
「そうなります」
「出来ない相談だな」
話にならんとリカルドが目を閉じる。
「そもそも私は国に対して反乱を起こしたのだぞ」
「国王は政務を執れないほど衰弱し、宰相は貴族側の理を顧みず、唯一の橋渡し役であった将軍が死に軍部は分裂、暴走」
「っ……!」
まるで判決を下す裁判官のように、信託を授ける神官のように厳かにセラムが述べる。それは国の内情を知る者が言いたくとも言えない事実だった。
「今のヴァイス王国にはグラーフ王国の脅威を退ける力が無い」
リカルドの顔に動揺が走る。
「貴公はそれでも自分の領地を、自分の力が届く範囲を守ろうとした」
「……そうだ。もう頼れる者はこの国にはいない。民を助けられる者がおらんのだ!」
リカルドが頭を抱え顔を伏せる。
「私には国は救えん……!」
リカルドは自分の無力さを嘆いていた。出来る事はやっていた。だが突き付けられた現実は常に絶望の色に染まっていた。リカルドは優先順位を付けたのだ。貴族として当たり前の判断、自分の領地の民が一番である。その結果がこれだ。
残酷な現実に打ち震えながらも、リカルドにはもうどうすれば良いのか分からない。
「僕がいる」
リカルドの動きが止まる。
「こちらに付いて貴族を纏めて下さい。今の我々には貴族に影響力を持つ者がいない。貴方がいれば後顧の憂い無くグラーフ王国を攻められる」
「………」
「考えておいて下さい、我々と共に国防に励む道を。お帰りは牢ではなくこちらへ。部屋を用意しておきました」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「国防か。……今更だな」
用意された部屋でリカルドが溜息を付く。一度国を裏切った身、全て無かった事にするなど虫のいい話だ。
部屋には多少の本や資料らしき物がある。あの少女は考えろと言っていた。これらにも目を通せという事だろう。
「それにしても、何故私が密約を交わしているとばれた? それに鎮圧の手際が良すぎる」
不可解な事が多すぎる。同じく密約を交わしていた貴族達の挙兵、これについてもおかしい。
「彼らが私とは違い最初から革命を起こすつもりであったなら、私を盟主に仕立てあげる為に根回しをして私も挙兵せざるを得ないよう慎重に事を進めていた筈だ。ならば何故あの時期に挙兵した? するならば私を説得した後、同時に挙兵するべきだ。そうすれば革命の成功もあり得たであろうに」
リカルドが思案する。
「最初から疑われていたのか?」
思えば領民の示威行為もここ最近急に頻発するようになったものだ。彼らの主張にしても不可解なところがある。使途不明金については主に防衛費を増やした為ではあるが、兵は恩赦を取引材料にして犯罪者を使ったりして費用を抑えていたし、増えた兵で公共事業をするなど領民には恩恵を受けさせている。領民が不満に思う理由としては弱い。
ヴィゴール伯爵やルイス伯爵領でも反乱が起きたらしい。となるとこれらは誰かが裏で糸を引いていたと考えられる。
「だとすると誰が?」
アドルフォ、彼は戦場での指揮は巧みだが政争や謀略には疎い。彼が全てを計画したとは考えにくい。
ダリオ、論外だろう。もし彼がそこまで切れ者ならそもそもこうまで軍部の分裂は起こっていない。
ガイウス、彼ならば貴族を疑う事もあるかもしれない。だが彼は穏健派だ。今までのガイウス派と貴族派の対立に血が流れなかったのは彼の性格によるところが大きい。彼ならば挙兵に至る前に抑えこもうとするだろう。
アルテア王女は聡明であると聞く。表立って動いた事は無いがずっと牙を隠していた可能性はある。だがあの優しく争いを好まないレナルド王、そのご息女がこんな奸計を考えつくような育ち方をするものだろうか。微妙なところだ。
「いや、もう一人いたな」
エルゲント将軍のご息女、セラム・ジオーネ。未だ軍に入りたての彼女がここまでやれるとは思えないが……。
「まさか……な」
よぎった考えを振り払うように顔を横に向けたリカルドの視界に机の上の資料が映る。
「この資料、この前の軍制改革の物か」
混乱した軍部を立て直すには良く出来た代物だとリカルドは思っていた。細かい階級分けには命令系統の優先順位が明記されており、上にいくほど給金が良くなるのは勿論、死亡した際の遺族年金も設けられている。かつては無かった制度だ。死亡した場合は勲功がない限り遺族に対する保証が無かった。それも特に金額が定められているわけではなく、場合によってまちまちだった。だがこの制度なら分かり易いし、上の階級ほど保証が手厚い。勿論死にたがる者などいまいが、これなら戦場に行く兵士の心配事も一つ減るだろう。戦費が増える事になるが、死後二十年まで一年毎にいくらという支払い方法なのですぐに多額の軍事費を用意しなければならないという事もない。これで士気と労働意欲が増すのなら決して安くはないが良い制度である。
つらつらと見ていくと信じがたい文言が目に入った。
「発案者、セラム・ジオーネ……!」
信じられん。これをあの少女が考えたというのか。しかも軍に入る以前に。リカルドが驚愕する。
だが最近あった防衛隊の不可解な解散劇もそういえば彼女の演説が発端だった。領民の不満が発生し始めた時期も被る。あれも全て彼女が考えた計略だとしたら……。
「もう一度信じてみるか。この国の可能性に」
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