第十三話 反乱鎮圧戦

 入れ替え予定の兵五千を防衛部隊に合流させ、七千の軍隊となった防衛線の砦の中でセラムはベルを待っていた。正確に言えばベルが持ってくる報告を待っていた。

 果たして暫くのち、一報を携えてベルが砦にやって来た。


「ベルはいつでもメイド服なんだね……」


 軍隊が駐留する場所にもメイド服で来るとは思わなかった。予め門衛に伝えておかなかったら捕まっていたであろう怪しさである。


「これは私の仕事服ですので。それより報告です。ヴィゴール伯爵とルイス伯爵が反乱を起こしました」


 とうとうこの時が来たか。セラムが肘を突いて手を組む。


「で、手はずは整っているか?」


「はい。計画通りに」


「ちょ、ちょっと待って下さい少将殿。貴族達が反乱を起こしたのですか? これも計画の内なのですか?」


 側にいたカルロが焦っている。セラムが悪戯っぽい笑顔で返した。


「そうだよカルロ君。戦争の準備をしたまえ。交代要員の五千は守備に置いていく。残りの二千で出るぞ」


「ええ? あ、いえ、はい。しかし少将殿、ここからではヴィゴール伯爵領とルイス伯爵領のどちらも距離があります。それとも王都に戻って守備を固めるという事ですか?」


「どちらも不正解だ、カルロ君。我々が向かう先は反乱軍の首謀者……」


 セラムが人差し指を立てる。


「リカルド公爵の所だよ」


 席を立って外へ歩き出す。カルロは混乱のあまり福笑いのような顔になっている。


「道すがら説明しよう」


 そう言いながらも部下に指示を飛ばす。この日の為にいつでも出撃出来るように準備してきた。あとは号令を下すだけで動ける。


「まず僕は前述の三人がグラーフ王国と密約を交わしているという情報を掴んだ。他にもいるかも知れんが残念ながら確認出来たのは三人だけだ。だがいずれも有力貴族ばかりであり放置は出来ない。そこで彼らの不利になる情報を集め反乱を扇動させる手を考えた。反乱軍に対する反乱軍というわけだ。しかし情報を集めるだけならまだしも彼らの領内で兵を集めるのは不可能。そこで先日の演説だ」


 カルロは暫し不可思議な顔をしていたが、一つの可能性に思い至ったようでかっと目を見開く。


「まさか解散した兵に紛れさせて……!」


「そのまさかだよ。あの時故郷に帰る兵と一緒に僕の息が掛かった者を領内に入り込ませた。今頃両伯爵は背後から民の反乱に襲われているだろうね。何せ彼らは領民にすこぶる評判が悪い。ヴィゴール伯爵は女癖が悪くその手のトラブルが多い。その火消しに税金の使い込みをして度々問題になっている。ルイス伯爵は横暴で、領民が彼の飼い犬に噛まれ大怪我を負った時に被害者側に罪をなすりつけ処刑した事があるそうだ。そして両名共私兵を密かに雇うため民に重税を課していたようだ」


 貴族が警備以上の私兵を持つことは原則禁止されている。


「詳細はアドルフォ大将も承知している。万が一彼らが王都まで辿り着いたとしても彼らだけならそこで食い止められる。ところがリカルド公爵は違う。彼は大規模な兵の動員が可能な公爵家にして、領民を愛し領民に好かれている人格者。ダリオ中将の無謀な作戦に反駁し兵を引く程自領民の消耗を嫌う、優しき領主だ」


「何故そんな人が国に反乱を……」


「さあな。彼には彼の正義があるのだろう」


 何となくは分かるがな、とセラムは心で付け加える。


「何にせよリカルド公爵側に何かを仕掛けるのは難しく、彼が兵を挙げるとかなり厄介だ。そこで両伯爵との連携を断つ事にした」


「ちょっと待って下さい。そこまで分かっていたのなら事前に防ぐ事だって出来たんじゃないですか? 何故挙兵するまで放っておいたのです」


「それは出来なかったんだ。グラーフ王国との密書のやりとりをしていた事は確認済みだが、それを盗み出す事は出来なかった。糾弾しても彼らはのらりくらりとかわしている内に証拠を隠滅しただろう。内に火種を抱えたまま戦争なんて出来やしない。中途半端が一番だめなんだ」


「そう……ですか」


「僕に思いつけたのは出来る限り被害を最小限に反乱を鎮圧する術だけだったよ」


 今でももっと良い方法はなかったかと思う。セラムは預言者でも特別な能力者でもなく、只の人間だった。


「どこまで話したか……。そう、連携を断つ為にやった事は両伯爵の反乱のタイミングを早める事だった。偽の密書を使ってね。リカルド公爵はまだ両伯爵が挙兵した事を知らないんじゃないかな。だからこれからする戦は速度の勝負になる」


 セラムは改めてカルロに向き直って指示を出す。


「編成は騎馬を中心に、歩兵と装備は二頭立ての馬車に乗せ足を軽くしろ。縦隊で速度を最優先、敵が準備を整える前に辿り着くぞ!」


「はっ!」


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 王都から北東にあるリカルド公爵領。その領主であるリカルドは続く厄介事に頭を悩ませていた。


「リカルド様、デモ隊が領主館の入り口に詰めかけています」


 またか、とリカルドは嘆息する。今までこんな事は無かったのに最近領民に不満が溜まっているようだ。この前の要求は使途不明金の開示だったか。


「今度は何だ?」


「それが……彼らは口々に『この売国奴』と声を荒らげておりまして」


「何だと?」


 身に覚えがない、とは言わない。確かにグラーフ王国と「兵を出さない代わりに我が領内に兵を入れない」という密約を交わしている。だが当然領民には知れる筈が無いし、これも領民を戦火に巻き込まない為の決断だった。他ならぬ領民に売国奴とまで言われるのはあり得ない。

 となると同じように密約を交わした貴族連合から歪曲して伝わったか。流石にそんな間抜けではないと信じたいが……。


「他の貴族の様子はどうだ?」


「確認してみます」


「大変です!」


 慌てた様子で部下が走ってきた。


「今度は何だ」


「ヴィゴール伯爵とルイス伯爵が挙兵しました。王都に向かっているようです!」


「何だと!? 聞いておらんぞそんな事は!」


 彼らもグラーフ王国と不可侵条約を結んだのではなかったのか。もしかしてグラーフ王国や奴等に嵌められたのか。リカルドが焦る。


「リカルド様、王都からの書状が届きました」


「見せろ!」


『リカルド公爵、以下の容疑により拘束する。

 国家反逆の首謀者

 私兵の徴用

 敵国(グラーフ王国)との密談

 税金の横領

 軍事行動における命令不服従……』


 以下十数の罪状が有る事無い事書かれていた。事実もあるが言いがかりと言える内容もある。


「馬鹿な! これはガイウス派の陰謀か? 我らが戦えば無益な血が流れるんだぞ! どうしてまだ戦おうとするんだ。もはや我が国に勝ち目なんてないだろう! 何故国のあり方に拘る! 民を守ることが第一だろう!」


 リカルドが吠える。彼にとって人命こそが大切であり、それを守る為ならばどんな苦汁すら飲み込む覚悟があった。


「リカルド様、如何なされますか?」


「事ここに至っては仕方あるまい。我々も挙兵し革命を起こす! 兵数はこちらの方が断然多い!」


 リカルドが決心したその時新たな凶報が舞い込んできた。


「北西より騎馬隊多数! こちらに向かっております!」


「何!? 早過ぎるだろう!」


 リカルドの部隊は満足に装備を整える間もなく戦闘に突入してゆく。

 リカルド側から見て、戦局は絶望的と言えた。市街を出た原野で兵を布陣しているが、いいように敵騎馬隊に翻弄されている。

 一旦引いて市街戦を仕掛ければまだましだろうが、それは領主としての矜持が許さなかった。民衆が自分を見捨てる事があっても、自分が民衆を見捨てる事はあってはならないとリカルドは思っている。

 中央に並んだ部隊が槍を構え奥の敵本隊を目指す。その後ろでリカルドの本隊は街を守るように布陣する。


「敵が迂回するように街に向かっております!」


「本体から兵を分けろ! 街に入らせてはならん!」


「正面部隊、拮抗!」


「押し出せ! 奥の丘に敵の指揮官がいる。中央突破しろ!」


 敵の旗は見えている。その距離が戦場において如何に遠いかリカルドは知っていたが、作戦らしい作戦も立てられず押っ取り刀で駆けつけた状態ではそんな指示しか出せなかった。


「正面部隊の横から騎馬が!」


「何!?」


「迂回する敵を追いかけた部隊が別の騎馬隊に突撃されています!」


「くそ! そっちは囮か!」


 指示が追いつかない。そもそも戦場の命令は細かく変更して即応出来るようにはなっていない。本陣からの指揮を各部隊長に直接、時間差無しで伝えるような道具でもあれば別だが、そんな物はこの世界には無い。となれば相手は事前にこう来たらこう動けと事細かに命令を伝えておいたのだろう。かたやこちらは奇襲を受け全てが後手に回っている。事前準備がまるで違う。何せこちらは鎧さえ着けていない兵もいるのだ。


「左翼、潰走する部隊があります!」


「ここまでか……!」


 リカルドは覚悟を決めて前に出る。


「お前達は私が倒れたら降伏しろ」


 こうなれば責任を取って一人で果てるつもりだった。せめてこれ以上に損害が出ないよう指示を出す。


「引け! 引けー!」


 リカルドがただ一騎で駆ける。最後にあの丘に引っ込んでいる総大将を拝んでやる。もし騎士道精神すら無い卑怯者であればこの命果てるまで暴れまくってやる。そう心に決めての単騎駆けであった。

 列の先頭に出ると力任せに槍を横に一薙ぎする。敵兵が三人倒れる。向かってきた敵に更に一閃、そこで馬の突進力が無くなり足を止める。敵は怯んだのか半円形にリカルドを囲む。

 リカルドは大きく息を吸うとその全てを声にして吐き出した。


「我はリカルド! 総大将に一騎討ちを望む!」


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 セラムは小高い丘の上に陣を構え、馬上から戦場を見ていた。暇を見てヴィルフレドとカルロに馬術を習い、走らせる事くらいは出来るようになっていた。


「逃げる兵は無視しろ。深追いはするな。敵もヴァイス王国民である」


 事前の命令を兵達は忠実に守っていた。


「敵は街を守るように野戦に拘りますね」


「そうだな。なりふり構わず市街戦をされればこちらは苦戦しただろう。それをしないのは領民の被害を無視できなかったから、かもな」


 槍で足を止めて騎馬で横から突撃するだけで手応えもなく崩れていく。野戦で有用な鎚と金床というやつだが、指揮能力の問題ではなく、奇襲が成功したため指示も準備も間に合わず士気が低い故の事だろう。


「勝兵は先ず勝ちてしかる後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いてしかる後に勝ちを求む」


 孫子だ。戦争は準備段階でほぼ勝敗が決まっていて勝者は勝つべくして勝っている。今回は誰が裏切るか分かっていたから事前に調べ、準備を整え、常に先手を打てた。果たしてどこまでそれが通用するか。


「それにしても実際やってみると歴史上の人物が常に高所を取りたがるのが解るな」


 戦場を俯瞰して見ないと的確な指示が送れない。敵と味方がどんな動きをしているか見て取れる事がいかに重要か、セラムは戦場に立って初めて理解できた。中にはそれを逆手に取られて窮地に陥った馬謖のような例もあるが、航空偵察機が無い時代に高所を取るのは原則として非常に有利に働く要素であった。


「セラム少将、単騎駆けをする敵がいます」


 カルロの声にセラムも目視で敵を確認する。


「良い兜だ。あれがリカルド公爵か?」


 前線の兵が薙ぎ払われる。周りの兵が敵を取り囲むと戦場に大音声が轟いた。


「我はリカルド! 総大将に一騎討ちを望む!」


 その声に敵も味方も静止する。どうするべきか戸惑っているような空気だ。


「戦闘行為を止めさせろ」


 セラムが馬を進める。


「まさか受けるつもりですか!?」


「見事な将だ。顔を見ないわけにはいくまい」


 殺しあう事を止めた戦場の真ん中をセラムが通る。一回り小さい馬に乗るは場違いな少女の相貌、困惑の顔は味方だけでなく、名乗りを上げたリカルドにも伝播した。


「まさか貴殿が総大将なのか?」


「そうだ。僕がこの部隊の総大将、セラムだ」


 こんな幼子が、とリカルドの顔に思いが表れている。


「見ての通りでな、悪いが一騎討ちで誉れある死を進呈することは出来ない。貴殿も女子供に勝ったところで何の名誉にもなるまい」


「こんな子供にしてやられたというのか」


 リカルドが力なく槍を落とす。同情の念は禁じ得ないが、セラムは露程も表情には出さず冷徹に命じる。


「捕らえろ」


 総大将が捕らえられたリカルド軍はその後抵抗すること無く投降した。

 戦いは終わった。これから戦場の後片づけと反乱の証拠探しをしなければならない。セラムが馬を降りて足を地面につけた途端、がくんと膝が崩れ落ちる。

 カルロが駆け寄ろうとした時、セラムはカルロを激しく叱責した。


「来るな!」


 膝が笑ってまともに立つことが出来ない。馬上にいる時は不思議と勇気が出たのだが、緊張の糸が切れたのか体が言うことを聞かない。だが指揮官はいつでも泰然と構えていなければならない。戦闘が終わった途端崩れ落ちる指揮官などに誰が付いていこうと思うのか。


「家に帰るまでが戦争だぞ」


 自分に言い聞かせる。体の支えを探して馬に手を当てる。その指の震えに気付いたのか愛馬が心配そうにセラムに顔を近づけた。


「大丈夫だ」


 愛馬の顔を撫でてやり脚を踏ん張る。何とか立てる事を確認すると、カルロに向き直った。


「只の筋肉痛だ。問題はない。それよりリカルド公爵の屋敷に行くぞ。反乱の証拠を押さえる」


「はっ」


 カルロは敬礼して部下に指示を飛ばした。

 領主館に兵を入れ家探しをする。密談の証拠を固める為だ。


「屋敷の中の書類の類は全て押収しろ。金品をくすねた奴は処刑するぞ」


 戦場の処理をした後セラムはカルロに尋ねた。


「この戦いの死者はそれぞれ何名だ?」


「味方が三名、敵方が四十二名になります」


 カルロが答える。


「案内してくれ」


 見ておくべきだと思った。自分の決断の結果を。

 それらは整然と並べられていた。かつて人間だった物体を一つ一つじっくりと見る。視覚と嗅覚と感情が訴える吐き気を必死で堪え、その場の全てに黙祷を捧げる。

 一枚の名画のようなその光景をカルロは黙って見ていた。まるで口を挟むと神聖さを損なってしまう、そんな面持ちだった。


「カルロ、ありがとう。この者達は丁重に葬ってやれ。それと後で味方の三名の家を教えてくれ」


「少将自ら戦死報告に赴かれるのですか?」


「僕の初めての指揮での戦死者だ。それくらいやらせてくれ」


 自罰的かもしれないが自分の行動の結果を受け止める必要があると思った。そうしないと人を死地に向かわせる資格などない。

 そんなセラムをカルロが複雑な表情で見ていた。

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