第十一話 戦局は静かに動く

「セラム様、かねてより調査していたリカルド公爵、ヴィゴール、ルイス両伯爵についてですが、共通の相手と連絡を取り合っている事が分かりました」


 ベルの報告はセラムの予想していたものだった。


「グラーフ王国の者でした。手紙の内容までは分かりませんでしたが」


「やはりクロか」


 彼らはグラーフ王国と繋がっている。それが直接的な反乱なのか、消極的な不可侵の密約なのかまでは分からないが。


「それにしてもリカルド公爵まで関わっているとは思いもよりませんでした。彼は愛国者で領民に優しい為政者でしたから」


「もしかしたらそれにつけ込まれているのかもしれんな」


「と言いますと?」


「公爵には自分の領地を荒らさない代わりに戦争に関与しないとする密約を交わし、両伯爵には公爵も了承していると嘘をつき野心を煽り反乱を扇動させる。周りが決起してしまえば公爵の意図とは関係なく反乱の盟主とされてしまうだろう」


 さて、どうするか。セラムとしてはゲームの展開通りに無理に抑えこまず反乱を鎮圧する方向に持っていきたいが、出来れば被害は最小限にしたい。


「それとアドルフォ大将より登城命令が来ております」


「分かった。すぐに行こう」


 休暇は終りだ。結局全く休んでいなかったが、元より自領の政務のために王都を離れたのだから仕方ない。暫くはまた城勤めの日々になるだろう。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ヴィグエントの街。かつては対グラーフ王国の防衛拠点として機能していたヴァイス王国の一都市である。今はそのグラーフ王国に占領され、住民は皆奴隷としての生活を余儀なくされていた。街の中心にある都市庁に本来の長はおらず、グラーフ王国占領部隊の中枢としてそびえ立っていた。

 その一室でヴァイス王国方面軍の司令であるグラーフ王国六将軍の一人、隻眼の軍師ホウセン・クダンとその副官ヴァレリーは今後の方針について話していた。


「俺がやるべき事は終わったからよ、後はここを亀のように守っていれば大体対処できるはずだぜ」


「はあ、しかしこの隙にヴァイス王国を攻め落とす作戦も司令殿ならば立てられるのでは?」


「やめとけやめとけ、補給線を構築しない間に無理攻めしても後が続かねえ。これ以上戦線を広げても対応できる軍もねえ。それに俺はゼイウン方面に呼ばれてる」


「あちらは苦戦中ですか」


「らしいな。ま、ゼイウン公国は大国だ。真っ正面から戦っても辛えだろうよ。そこで俺の出番ってわけだ。あっちの司令官は搦手が苦手だからなあ」


 そうですか、とヴァレリーは相槌を打つ。話を聞いて内心ほくそ笑んでいた。司令であるホウセンがここを出るという事は、つまり自分がここで一番偉くなるという事だ。ヴァレリーは出世欲が旺盛な男だった。ここで自分が手柄を立てれば更に偉くなる。次期六将軍候補も夢ではない。


「つーわけでここは頼むぜえ。いいか、好機だと思ってもこっちから出ずに籠城すんだぜ?」


「はい、行ってらっしゃいませ!」


 上司がいなくなった部屋で忍び笑いが漏れる。ヴァレリーはとうとう俺の時代が来たのだ、と叫び回りたい衝動を堪えるのに必死だった。

 その室内にノックの音がする。


「失礼します、報告がありますが、司令はいらっしゃいませんか?」


 ヴァレリーはくるりと向き直り手を後ろに回し背筋をピンと張って言う。


「ホウセン司令は後事を俺に託されてゼイウン公国に向かった。これからは俺を司令代理と呼ぶがいい。報告を聞こう、キルサン」


「はあ、いえ、はい、了解しましたヴァレリー司令代理」


 その響きにヴァレリーはにんまりと笑った。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 セラムが城に来て最初の仕事は試験を受ける事だった。これはセラムが申請しておいた戦時特別法案の一環である。

 これによって元々の法律では軍の入隊は成人である十五歳からだったものを、志願兵に限り十二歳から可能となる。しかしながら銃がある世界と違って少年兵など基本的に何の役にも立たない。なので体力試験、筆記試験を行い、両科目で合格点もしくは筆記試験で飛び抜けて優秀だった場合のみに限られる。後者は通信兵や補給部隊の事務方などに回される。

 もっとも殆どセラムのための制度であった。形だけ試験を受けて正式に軍に入隊させる算段である。

 体力試験の結果は、瞬発力や持久力は元の体を大きく上回っていた。若いし、体を動かす必要があまり無い現代社会で生きてきた体より動けるのはある意味当然だろう。ただ、筋力はやはり劣る。それでも現代の十二歳平均女子の数値よりは余程ましなのだろうが、男女の別無く下される試験結果としては落第点だった。

 問題は筆記試験である。点数が足りなくても受かった事にすると決定づけられたものではあるが、それで満足するつもりはセラムにはさらさら無かった。この世界より遥かに進んだ教育課程を経てきたセラムには、筆記だけで合格点に達する自信は当然あった。

 が、結果としては筆記試験のみで合格するにはギリギリのラインだった。アドルフォは「これなら私が採点しなくても一般で入れましたな。流石はセラム殿」などと言ってくれたが、セラムとしてはショックだ。一般教養はそこそこ採れたが、軍のための特別科目は分からないものが多かった。空の様子、空気の湿り気で明日の天気を判断する問題など、殆ど占いの域だと思う。軍事行動において天候は重要だとは理解できるし、気象衛星も無いのだからそういった情報で判断する事も必要なのだろうが。

 もっとショックなのは数理の難易度の高い問題が解けなかったものがあることだ。一応元の世界で大学まで入った(その後中退したのだが)学歴があるセラムが、中世レベルの問題が全問正解出来ないのは少し自信を無くす。正直知識だけは武器として通用する、とまで思っていたのだからアイデンティティがぐらつくというものだ。

 釈然としないが、これで正式に軍に入隊したわけだ。同時に少将の位を授与され、権限を与えられる。これは純粋に出自の力であり、セラムの目指す実力主義には相容れないものだが、潔白なだけでは国は動かせない。


「さて、早速セラム少将に報告がある」


 アドルフォがテスト用紙を机に置き改まって切り出す。


「何か問題でも起こったのですか?」


「ああ。とても頭の痛い問題だ」


 セラムは貴族達が動きを見せたのかと思ったが、その情報はセラムが独自に掴んだばかりのものだ。予めマークしていない限りそれは無いだろう。それ以外の心当りが無いのでアドルフォの言葉を待つ。


「北の防衛部隊で今反攻気運が高まっていてな」


「というとダリオ中将の」


「そうだ。どうやらヴィグエントに攻め込む事を国が決定したと噂が流れているらしい」


「妙な話ですね。我軍は未だ再編成も終わりきっていない。調練も足りないしこの状態で攻めて勝てるとはダリオ中将も思ってはいないでしょう?」


「うむ。当然国もそんな布告はしていない。勿論第一攻撃目標ではあるが、まだその時ではないというのが軍部の共通見解だ」


「ダリオ中将が唆されたとか?」


「功名心をくすぐられたというのはありそうな話だが、それもない。ダリオが事の次第を確認する書状を寄越してきた。そもそもあいつは良くも悪くも勝ち目の無いいくさはしない」


 一部の人間が焦っているという事か。考え過ぎかもしれないがこれもグラーフ王国側の策略かもしれない。


「ダリオ中将に返信されましたか?」


「まだだ。これからが本題でな。防衛部隊も大半が民兵だから彼らには農作業もある。そこで交代要員の兵士を連れてセラム少将に行ってもらいたい」


「ついでに説明してこいというわけですね。しかし何故僕なのですか?」


「ダリオや防衛部隊の様子を見てきて貰いたいというのが一つ。正直ダリオに長期間、大部隊を任せるのが不安なのだ。それに出来るだけダリオの発言力を削ぎたい」


「ああ、伝言して中将に事態を収めさせるよりアドルフォ大将の命令で少将が兵に説明した方が大将の命令権を兵に印象付けさせますね」


「セラム少将の発言力も増すしな。それに」


「それに?」


「あなたがやったほうがダリオが悔しがるだろう?」


(あ、この人意外と腹黒い)


 ニヤリと笑うアドルフォにセラムは少し呆れた。十二歳の小娘にダリオが蔑ろにされる様を想像しているのだろう。二人の確執は思ったより根が深いのかもしれない。

 だがそれならそれで利用できるかも、とセラムは考えた。二人の仲違いも、防衛部隊の噂も、貴族の動きも、グラーフ王国の策謀も逆手に取る一手を。


「でしたらアドルフォ大将。一つ妙案があるのですが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る