第五話 火達磨と雪女 結

「さてさて、お三方。説明が必要かしら?」

「ぜひ、お願いします」

「うむ。お願い致す」

「僕も教えて欲しいな」

 遠然坊と、落ちてきた火達磨はお菊さんに頭を下げ説明を求め、ミナトもそれに耳を傾けた。

「よろしい。では、話して差し上げますわ」

 こうして、受講者三名によるお菊の説明会が始まった。

「御覧の通り、お七と雪女は相思相愛だったの。私たち『命散れども恋せよ乙女』同盟は、彼女たち両方から相談を受けていたわ。

 まず最初に相談に来たのはお七の方。彼女は雪女に自分の想いを伝える術はないかと聞いてきた。

 そこで私は遠然房にある『火鼠の皮衣』を使うことを思いついたの。

 ちなみに遠然房に『火鼠の皮衣』があることは、遠然坊さんに道具を自慢されたという妖怪から聞いて知っていたわ。

 私はお七に、遠然房から『火鼠の皮衣』を拝借して持ってくれば、それを雪女に渡してあげると約束したの」

「ちょっと待ってください。どうして、その時点で私に言わないんですか?」

 遠然坊はお菊さんの話を遮って抗議する。

 お菊さんは事もなげに言った。

「だって遠然坊さん。道具を貸してって言ったところで、貸してくれないでしょう?」

「………………」

「せいか~い」

 図星を突かれて何も言えなくなっている師匠を、弟子は冷やかす。

 反論が鎮まったのを見ると、お菊さんは話を続けた。

「ところが、それからお七は姿を見せなくなって、同じころに連日季節外れの猛暑という異常気象が始まった。

 私はお七の身に何かが起こったに違いないと思って、雪女と共に彼女を探すことにしたの。

 まずは雪女に遠然房に行ってもらい、『火鼠の皮衣』の有無を確かめたわ」

 何と雪女は遠然房に来る以前から、すでに『命散れども恋せよ乙女』同盟の方に相談していたのだ。

 そして雪女が店に来たこと自体がお菊さんの指示だったと知り、遠然坊はがっくりと肩を落とす。

 落ち込む遠然坊に変わってミナトが疑問を示した。

「どうやって『火鼠の皮衣』がないって確かめたの?

 確かに雪女の依頼を師匠は断っていたけど、それは『火鼠の皮衣』があっても断るはずだって、さっきお菊さんは言っていたじゃない」

「簡単よ。遠然坊さんの性格からして、そんな依頼を受けたら『火鼠の皮衣』を見せびらかして自慢するはず。

 なのに、雪女に聞いたら自慢されなかったっていうじゃない。それですでに店内に『火鼠の皮衣』がないと確信したわ」

「またまた正解だね~」

 交わされるお菊さんとミナトの会話は、もはや遠然坊にとって一種の拷問(ごうもん)に近かった。

「で、それから私は『火鼠の皮衣』を手にしたことで、お七に異変が起こったと推理した。

 遠然坊さんの秘蔵コレクションだという『火鼠の皮衣』には、何か裏があるのではないかと考えたの。

 次に私たちは遠然坊さんに『火鼠の皮衣』を自慢されたという妖怪に、話を聞くことにしたわ。

 それで色々と分かったの。『火鼠の皮衣』は、一般に想起される赤い毛皮から作られたものではなく、透明な布状のものだったこと。

 そして、遠然坊さんがその道具を『火鼠の皮衣』とする根拠が、それを手に入れたのが他の四つの品と同じ場所だったからということ。

 それを聞いて私はピンときたの。ずばり遠然坊さんが持っていたのは『火鼠の皮衣』ではなく、別の道具だったとね」

「別の道具ですって!!」

 遠然坊は声を張り上げ仰天した。

 無理もない。ずっと『火鼠の皮衣』だと信じ込み、方々に自慢までしていた品が全くの別物だというのだから。

「ええ。遠然房にあった『火鼠の皮衣』と思われた道具――お七が拝借したそれは『天の羽衣』だったのよ」

「『天の羽衣』って? あれ……師匠?」

「ま、まさか……そんな馬鹿な……」

 ミナトの問いにいつもなら真っ先に答えてくれる遠然坊は、完全に乱心状態にあった。

 それを見て、火達磨が代わりを名乗り出る。

「僭越(せんえつ)ながら拙僧が。『天の羽衣』は『火鼠の皮衣』と同じく『竹取物語』にて記される品なり。これをまとったかぐや姫は、天を舞い月へと帰ったとされる」

「ふ~ん。でも、空を飛ぶだけじゃお七の暴走とはつながらなくない?」

「それは……」

 火達磨の説明は十分ではあったが、やはり本職とは違い十二分とは言えなかった。

 ミナトの追及に苦慮(くりょ)する火達磨に、お菊さんが助太刀する。

「そう。『天の羽衣』といえば天を舞う道具と思われがちだけど、その本当の力は別のところにあるわ。

 『竹取物語』を見ると、これをまとった途端にかぐや姫は大好きだったはずの翁のことを忘れ、未練なく月へ帰ったとあるの。

 つまり『天の羽衣』の真の能力とは、最も愛する者の記憶を失うこと。

 これは想像だけど、お七は遠然房から拝借した『火鼠の皮衣』があまりそうは見えない道具だったために、雪女に渡る前に確かめることにしたんでしょうね。

 火を発する自分が着ても、本当に燃えないかどうかを。その結果、お七は愛する者の――雪女の記憶を失ってしまった。

 ただ、お七はかぐや姫とは違い、愛する者を忘れても愛する想いまでは忘れなかった。

 誰かは分からない。けれど、会いたい気持ちばかりは募る。そんなとき、お七の取る行動は皆さんご存知よね?」

 お七は過去、愛する者に会うために火事を起こした。

 同じように誰だか分からない愛する者を見つけるために、お七が取った手段は火を起こす――熱を発することだった。

「あるいは、お七は能力を使い目立つことで、愛する者に見つけてもらおうとしたのかもしれないわね。きっと、自分に会いにきてくれるだろうと。

 それは間違ってはいなかったわ。こうして雪女はお七の元へ駆けつけ、そして愛の力で『天の羽衣』の力を打ち破ったのよ!」

「おお~!」

 何だか最後の勢いに負けて、ミナトは思わず拍手までして感心してしまった。

 ただ遠然坊、そして火達磨は勢いに誤魔化されることはなかった。

「ちょっと待ってください」

 先に声を上げたのは遠然坊。

「何かしら?」

「結局、雪女さんはなぜお七さんや火達磨に近付くことができたんですか? もしや、本物の『火鼠の皮衣』を見つけて――」

「何言っているの? 『火鼠の皮衣』が簡単に見つかる代物でないことは、遠然坊さんが一番よくご存知でしょう?」

「では、一体どうやって?」

 皆目見当がつかない遠然坊。お菊は何も答えず、ただくいっと顎で火の見櫓の上を示した。

 そこではいまだ、雪女とお七の熱い抱擁(ほうよう)が交わされている。

 それを見ても何も分からない風な遠然坊に、お菊は呆れたように答えを示した。

「愛よ愛。雪女は愛の力で、熱という障害を乗り越えたのよ」

「あ、愛……?」

 あまりに滅茶苦茶な理論に遠然坊の混乱は増すばかりだった。

「で、では、一度溶けてしまった雪女さんが元に戻ったのは……?」

「それも愛よ。愛はすべての不可能を可能にするの」

 そんなことも知らないのか、とばかりにお菊は言う。

 とうとう遠然坊の思考回路はショートしてしまい、呆然とする他なかった。

「では、拙僧からもよいか」

 今度は火達磨からの問い。

「拙僧は以前、八百屋お七に言われた。恋慕の炎が鎮まらぬから抑えてくれ、と。あれは一体何だったのか?」

 雪女がお七を好きだったのはよいとしても、火達磨の中ではお七の気持ちは自分に向いていたはずだったのである。

 火達磨には目の前の光景との矛盾が理解できなかった。

 お菊さんはそんな火達磨に、何とも冷め切った瞳を向けて言うのだった。

「何ってそのまんまの意味よ。雪女への気持ちを抑えられずに体から出る炎が抑えられないから、同じ火の妖怪であるあなたに相談したって言っていたわよ。

 でも、あなたは何も知らない役立たずだったから、うちに相談にきたんだって」

 この言葉で、火達磨の中に残っていたわずかな火種も消え失せた。

 思考停止して動かなくなった遠然坊ともはやただの達磨と化した火達磨。

 お菊さんはそんな二人を見て、説明会のお開きを決めたのだった。

「どうやら、もう聞きたいことはないみたいね。では、ごきげんよう。勘違い男さんたち」

 お菊さんが去り、途端に静かになった場に耐え切れず、ミナトもそそくさとその場を後にする。

「ぼ、僕も帰るよ。じゃあね、師匠。火達磨」

 後に残ったのは冷え切った地に横たわる男二人と、空の上で熱く愛を確かめ合う女二人。

 残酷なまでに別たれた明暗に、今回の敗北者が誰なのかは火を見るよりも明らかだった。

 やがて、火達磨が口を開いた。

「……遠然坊殿」

「……何ですか?」

「あの『天の羽衣』を貸してもらえぬか? 此度のこと……すべて忘れてしまいたい」

「それはいいですね。私もすべて忘れてしまいたいです……」

 もちろん、『天の羽衣』の記憶消去はそんな都合の良いものではない。

 この顔から火が出るほどに恥ずかしい思い出は、二人の記憶にはっきりと焼き付いたのだった。 

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