第三話 座敷童子とぬらりひょん 結
「ふんっ」
「こいつは手間賃だ。うちのバカのせいで迷惑をかけちまったからな」
「…………」
遠然坊は何も言わずに、その毬を受け取った。
近林斎はもう一度鼻を鳴らすと、ここには何の用もないとばかりにまっすぐに屋敷の外へと向かう。
「とっとと帰るぞ、海坊主。もたもたすんな」
「へ、へいっ!」
主の後ろを大柄な小心者が続く。
海坊主は、幾度か振り返って遠然坊とミナトに申し訳なさそうにしていたが、やがてその背は遠のいていった。
「ミナトくん」
遠然坊は
「師匠のバカ……」
ミナトはぽつりと呟いた。
「どうして、ぬらりひょんが座敷童子を消すのを止めなかったのさ? 何でこんなことになったのさ?」
ミナトはありったけの恨みを込めて遠然坊を睨みつけた。その目から涙がぽろぽろと零れ落ちていた。
遠然坊はその涙が自分の不手際のせいであることに心を痛める。
今の彼にできる償いは、少年に包み隠さず真実を伝えることだけであった。
「いいですか、ミナトくん。座敷童子という妖怪は――」
遠然坊は片膝をついて、ミナトと視線を合わせながらに言う。
「家族に認識されなくなった子供なんです」
「認識されなくなった……子供?」
ミナトはしゃくりあげながら、遠然坊の言葉を繰り返す。
「そうです」
続けて、遠然坊は座敷童子という妖怪の成り立ちについて語った。
「以前、話しましたよね? ミナトくんが妖怪を見ることができるようになったのは、それまで認識していなかった妖怪を認識するようになったからだと。
座敷童子はその逆。家族に認識されなくなったために、妖怪になってしまった――人間の子供なんです」
「人間が……妖怪になるの?」
衝撃の事実に目を丸くするミナト。
それこそ、自分のこれまでの認識を根こそぎひっくり返すような話だった。
「ええ。人間から妖怪へ、妖怪から人間へ。すべては周りの人間にどう認識されるかです。
私たちの存在というのは、そのくらい
「……座敷童子が家族に見向きもされなくなった子供だっていうのは分かったけど、それでどうして殺さないといけないの?
だって座敷童子は幸運を運んでくる、いい妖怪なんでしょ?」
「確かに。座敷童子には運勢を操作する力があります。人を幸運にできる。それは逆に人を不幸にもできるということ」
「どういうこと?」
「考えてもみてください。自分の存在を忘れ、自分を妖怪にした家族を、ミナトくんなら幸せにしたいと思いますか?」
「…………」
遠然坊の問いにミナトは押し黙った。
しかし、答えは聞くまでもない。
座敷童子は家族を呪い、不幸にしようとするだろう。
「でも、それじゃあ何で座敷童子を見たら幸せになる、とか言われているの?
だって、そういう妖怪だって認識されているのなら、やっぱりいい妖怪じゃないとおかしいじゃないか」
「幸せも不幸せも相対的なものです。座敷童子の力で不幸になった家族は、きっとこう思うのでしょう。
『座敷童子が見えていたとき』――つまり、まだ子供が妖怪になりきっていなかった『普通の日常』が……幸せであったと」
「じゃあ、この家の人たちも――」
「どうやら、この屋敷は売りに出されているようです。
今、あの座敷童子の家族がどこにいるか、生きているかも分かりませんが、きっとこの屋敷での日々が幸せだったと、思ったでしょうね。
そしてそれは――きっと座敷童子も同様に」
遠然坊はすべてを話し終えると、ゆっくりと立ち上がった。
「さて、我々もそろそろお
そう言って歩き出した遠然坊の後ろを、少し間を置いてからミナトは追いかけ始めた。
「でも……何で僕にだけ、あの子が見えたんだろう?」
「彼女は、君と一緒に遊びたかったんですよ」
遠然坊は振り向かないままに答えた。
「この毬は
「じゃあ、座敷童子はその毬の力で、僕の心を引き付けて自分に気付いてもらおうとしたってこと?」
「ええ。ですから、やはり座敷童子は存在してはいけない妖怪なのです。ただ――」
遠然坊は先程と同じ言葉を、一抹の寂しさを
「彼女は、君と一緒に遊びたかったんですよ」
「そっか……」
ミナトは立ち止まり、もう一度、座敷童子のいた場所を振り返った。
「あ……」
「どうしました、ミナトくん?」
「ううん、今。座敷童子が見えたような気がして……」
それが気のせいであることは、遠然坊にもミナトにも十分に分かっていた。
しかし、どんなに小さくともそこにいてほしいという想いが、こうあって欲しいという願いが。
妖怪の在り方を変えていくのだ。
だから、遠然坊はミナトの言葉を信じることにした。
そして、その小さな想いに自分の気持ちを重ね合わせるのだった。
「そうですか、ではきっと、いいことがあるでしょうね」
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